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第2話 先輩の足跡

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 2つの月っぽい球体から放たれる淡い光を頼りに、ゴツゴツした岩だらけの道なき道を歩いて進んでいると、しげるのお腹が盛大に鳴った。夢なのにお腹がくものなのか。いや、もういいかげん、夢じゃないという事実を受け止めるべきか。

「コレ、美味おいしいぞ」

 微笑みながらモナークが、腰に着けた小さなカバンから何か取り出し、放って寄越した。両手で受け取って見ると、トマトに似た形状で、橙色だいだいいろの丸いモノだ。

「食べられるのか?」
「皮ごと食べられるから、かじってみな。しっかし、本当に何も覚えてないんだねぇ。イルモなんて、子供でも知ってるんだけどな」

 イルモとかいう柔らかい食べ物を言われた通りかじると、口いっぱいに甘みが広がった。同時に鼻をレモンのような酸っぱい香りが通り抜けていく。何かの風味に似ている気がしたが、思い出せなかった。

 だが、味覚も嗅覚もあるということは、やはり夢ではない説が濃厚になってきた。そういえば、この山に辿たどり着いてからずっと、かすかに硫黄いおうの臭いが鼻をついていた。そろそろ、現実だということを前提にものを考えるべきかも知れない。

 イルモを口に含みながら、しげるはモナークにく。

「今は、どこに向かってるんだ?」
「この山の向こうに、小さな村があってな。そこの村長は術士シャーマンだから、アンタが何者か診てもらおうと思ってる。あたしにはもう翼を使う力が残ってないから、このまま歩いていくしかない」

 モナークはそう言いながら、スイスイと岩を登ったりりたりして進んでいく。しげるも腰に着けたマントを汗で濡らしながら、必死に手足を使って岩を乗り越えついていく。

 ふと、岩に挟まるように、こぶし大の、丸いコンクリートのようなものが落ちていることに気付いた。
 拾い上げて、岩にコンコンと当ててみる。素材としては、やはりコンクリートに似ている。匂いを嗅ぐ。草の香りが強いものの、完全に固まる前のコンクリートから出る匂いに似ている。

「それ、魔物のフンだよ」

 しげるフンを宙に放り投げた。

「ぎゃあっ!」

 顔面蒼白になりながら、フンを持っていた手を、腰に巻いたマントでしっかりと拭く。モナークが腹を抱えて笑っている。

「面白いことするじゃないか。めるまで放っておけばよかった」

 しげるはがっくりと肩を落として、また岩場を進み始めた。しかし、あれはどう考えてもコンクリートだった気がする。あるいは、かなりの便秘だったのだろうか……。

 随分と酷使したため、しげるの腕に力が入らなくなってきた。顔を上げると、ひときわ大きな岩の上で、モナークが手招きしている。
 もうひと踏ん張り、なんとか岩を登り、差し出されたモナークの手を取って岩の上へ引き上げられると、朝陽に照らされる小さな村が確認出来た。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 村には、石を積んだだけの壁に、木製の屋根がついていたり、廃材で作ったのかと思うようなほったて小屋があったりと、なんだか適当に建てられたような家が点在していた。およそ30棟くらいが無計画に建ち並び、まともに整備された道も無い。

 日中はどこかへ出掛けているのか、ほとんど村人の姿を見かけない。
 かごに野菜のようなものを乗せて運んできた村人の女が、いぶかしげにしげるの姿をにらみながら通り過ぎていった。

「なあ、村長ってのに会う前に、俺は服を着た方がいんじゃないか?」
「大丈夫、大丈夫。村長も似たような格好だから」

 村の中央には広場があり、その広場を抜けると、他のとは違う雰囲気の家があった。
 しげるは、その白っぽい壁を眺めてつぶやく。

「これは……漆喰しっくいだ。どうしてここだけ……」

 入り口から中へ入りかけたモナークが、早く来いと手招きする。
 扉の無い入り口から中をのぞくと、奥に半裸で腰巻きを着けたオッサンが椅子に座っていた。確かに、マントを腰に巻いたしげると似たような格好だ。これが村長か。
 モナークは、しげるの肩に手を置いて、彼を村長に紹介する。

「聖エルフの里の近くで倒れていた人族だ。ポレイトと言う名らしい」

 ポレイトはお前が勝手に決めたんだろと思いながら、しげるは頭を下げる。村長は、うつろまなこしげるをしばらく見つめていたかと思うと、急にカッと目を見開く。怖い。

「もしや、ニッポンジンか?!」
「え」

 突然出てきた言葉ワードに、しげるは驚く。やっぱり夢を見ているような気がしてきた。

「確かに、俺は日本人ニッポンジンだけど、ここは一体……」

 村長は椅子から立ち上がり、奥の部屋でゴソゴソと何かを探す。そして、A4ノートくらいの大きさの石板を持って戻ってきた。
 村長が説明をしながら、石板を手渡してくる。

「何年か前に、少しの間だけこの村にいた者が書いたんだ。わたしたちには複雑すぎて解読出来なかったが。どうだろう、読めるか?」

 その石板には、日本語が彫り込まれていた。しげるは、ゆっくりと音読する。

『この世界は面白いぞ。技術は中世くらいだけれども、魔物が素材を生み出すんだ。素材にできる植物もたくさんある。もっと色々なものを作ってみたかったが、この世界の水や空気は僕には合わなかったみたいだ。僕はもうすぐ死ぬだろう。これを読んだ人へ頼みたい。オリハルコンを作り出してくれ。この世界で一番硬い最高の素材だ。きっとどこかにあるはず。まずは王都で調べてみてくれ。 片瀬那智』

「片瀬……先輩?」

 しげるの脳裏に、会社に入ったばかりの頃の記憶がよみがえってきた。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「片瀬さん、また残業ですか?」

 会社に入ったばかりで研修期間のしげるは、定時で上がる準備をしていた。窓際の席でいつも忙しそうにしている片瀬が目に入り、初めて自分から声をかけてみた。

「ああ、君は……新人の三叉さんまたくんだね。どうだい、この会社は」
「まだ研修に参加してるだけなので、早く会社に貢献出来るように頑張ります!」

 片瀬は、にこりとして、うつむいた。

「頑張る、かぁ。懐かしい響きだ。今じゃ、やらなきゃならないことに追われて、何も考えずにただ処理をし続けているだけだから……。っとゴメン、ゴメン。新人に聞かせる話じゃなかったね」
「いえ、早く戦力になって、片瀬さんの仕事を少しでも分けてもらえるよう勉強します」
「なかなか、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。じゃ、楽しみにしてるよ」

 それが、しげる片瀬かたせの最後の会話となった。

 片瀬はその日、会社のデスクで血をいて倒れた。翌朝最初に出勤した社員が発見した時には、すでに心臓が止まっていたという。
 葬式には同じ部署のしげるも参加した。奥さんと息子さんがずっと泣いていたと記憶している。
 いつも帰りが午前2時くらいになっていたらしく、会社へ申告せずにかなりの長時間残業を繰り返した末の過労死と判断された。それで以後、残業に関しては、かなり厳しいチェックが入るようになった。

「片瀬さんは、亡くなったあとにこの世界に来てたのか……。村長、これを書いた人は、いつ頃ここにいたんですか?」
「3年か4年か、そのくらい前だ。ふらっと現れて。そうだ、そこの壁も不思議な土で塗っていたな。研究をしたいんだとか言っていたが、ちょうど村で病が流行っていて、それにかかってすぐに逝ってしまったよ」

 ……あの漆喰の壁は、片瀬先輩が塗ったのか。

 にわかに、外が騒がしくなる。
 モナークに続いて外へ出ると、人間と同じくらいの大きさの巨大なはちが一匹、羽音をうならせて宙を舞っていた。
 さっきまで姿の見えなかった村人たちが、逃げ惑っている。森から誰かが引き連れて来てしまったのか。

「モナーク、あれが魔物か?!」
「そうだ。時々、村に迷い込んでくるんだ。普段ならみんな、家に隠れるんだろうが……」

 モナークは、肩に掛けた長剣をすらりと抜いて、蜂の進行方向を塞ぐ。
 巨大な蜂がモナーク目掛け、図太いはりを向けて突撃していく。

「こんな弱い魔物は、あっという間に退治してやるよ!」

 駆け出したモナークは飛び上がると、突き出された針の上に乗り、さらにもう一度ジャンプした。
 身体をひねりながら左手の長剣を振り切ると、魔物の表皮の長い毛をつかんでもう一段飛び、ついには蜂の頭を追い越すほど高く舞い上がった。

 初撃にひるんだ蜂を長剣で叩き割るかのように、思いっ切り上から剣を振り下ろす。

 バリバリと音を立てて魔物の体が真っ二つに裂けていく。そしてその姿はどろどろと溶けて、ボトボト地上に落ちていった。

「すごいな、とんでもないアトラクションを間近で見てるみたいだ」

 ふわっと地上に降りたモナークは、剣を収めながらしげるほうへ歩いてきた。

「ただ、ここで倒すと問題がある。あのどろどろしたものは、しばらくすると固まって、すごく重くなるんだよ。捨てるのが大変なんだ」
「固まる?」

 しげるは、かつて魔物だった液体に歩み寄り、指で少しすくってみる。かなり粘着質な素材で、人差し指と親指でねていると、確かに固まってきた。この変化には心当たりがある。

「これは、接着剤? 匂いは……まるで木工用ボンドだ」

 そうか、この世界の魔物は「素材」なのか。それなら……。

 モナークに向かい、しげるたずねる。

「オリハルコンって、手に入れるのは難しいのか?」
「そうねぇ。稀少なモノは、大体ドラゴンから手に入るみたいだから、結構難しいんじゃないかな。あたしは戦ったこと無いけど。どこにいるのかも知らないし。オリハルコンなんて、伝説みたいなもんよ」
「じゃあ、ドラゴンを探す旅に出るって言ったら、ついて来てくれるか?」

 しげるの問いかけに、モナークはニヤリと微笑み、うなずく。

「いいよ! どうせ暇過ぎて、聖エルフの里にちょっかいかけてたくらいだからね!」

 暇潰しでちょっかいかけてたんかーい! というのはさておき、この長い夢の目的が決まり、強い戦士も仲間になった。あとは……。

 しげるは、村長に真面目な表情で頼む。

「服、ください」
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