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第21話 はじまり

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 折られた左足が、鼓動の度ににぶく痛む。ちかられようとすると激痛が走る。何度も顔を殴られたからくちの中に血の味が広がっている。両手を縛られていて動かせないし、ずっとそばで監視されている。

 起き上がることが出来なくて、視線だけを動かしてみる。分厚い半透明の窓から淡い光が拡散して、古めかしい調度品を浮かび上がらせている。顔の右側はほこりっぽい床板にくっついていて、吸う息と一緒にかび臭さが鼻にはいってくる。

 ひどい耳鳴りとともに、見知らぬ男たちの会話が響いてくる。

「……メギエスからの使いはまだか」
「おい、こいつ涙を流してるぞ。ハハ……安心しろ、もうじき痛みとは別れられる。お前は死ぬんだからな」
「騎士団の半分は城を出た。オレたちの仕事は終わりだろう。それなのに、いつまで待たせるんだよ」

 男が3人。さっき戦った時の動きからして雇われの暗殺者アサシンか。魔導士団第一隊の隊長メギエス、確かにその名が聞こえた。城の守りを手薄にすることが狙いか。
 まずい、団長に伝えないと。でもどうやって? 短剣ダガーを急所に刺されたら終わりだ。この体勢ではけるすべすら無い。痛みと情けなさで涙が出る。それをぬぐうことも出来ずにいる。

「……天空神の涙が落ちてきたな」
「それはしらせだ。みなローブをかぶるから、まぎれて逃げやすくなるじゃねぇか」
「おい、使いはまだなのかよ」

 男たちは随分と焦ってる。さっさと殺して逃げたいのだろう。おそらく雇い主のメギエスから連絡がなければ、これ以上のことはされない。両手を縛っている紐を切るのは簡単だが、片足だけで逃げるのは無理ムリだ。天空神の涙……水の精霊に助けを? いや、今そこまでのちからは出せない。精霊と話すことが出来るポレイトをうらやましく思う。

 黒い鳥、まるで周りの光を全て吸い取るような黒色の鳥が朽ち果てた屋根の隙間から広いこの部屋にはいって来た。この鳥は、闇の魔術か? まさかメギエスは、禁忌きんきおか悪魔あくまと契約したのか。

「……よし、この女を殺して逃げよう。銀貨は三夜待てだと」
「なんだよ、それ。本当に払う気があるのか?」
「メギエスは羽振りがい。心配すんな。……さて」

 髪をつかまれ、頭を少し持ち上げられた。首に冷たい感触。

 ……誰か、……助けて……。

 その時、部屋の扉の向こうで何かが盛大にひっくり返ったような音がした。
 さらに人の声が響いてくる。

「なんだあの音は?」
「見張りの声だ! もう見つけた? そんなはず……」

 大部屋の扉が両側同時に勢いひらかれた。それに驚いたのか、首元に当てられた刃先が遠のき、頭を床に落とされた。右の耳を激しく打ちつけてまた耳鳴りが起きる。

 頭がぼうっとして視界もぼやける。男たちは扉からの侵入者に手持ちの短剣ダガーを投げつける。土色のまくがそれを受け止める。……ミディア? まくを飛び越えて、素早い動きで男のひとりを躊躇ためらいなく斬ったのはモナークか。
 あのずんぐりした巨体はディロス……。男が腰から引き抜いた鉄剣アイアンソードを斧で弾く。男の胸ぐらをつかみ、すごいちからで投げ飛ばしてしまった。

 ポレイトはカタナをやたらめったら振り回して、苦戦しているようだ。やはり、にわか稽古では本職に敵わないのだろう。助けてあげたいが、残念ながらこちらも動けない。
 相手は両手に短剣ダガーを持ち、防戦一方のポレイトを壁際に追い詰めていく。モナークが斬った男は、傷が浅かったせいかそのまま彼女につかみかかっていて、ディロスもしぶとく起き上がってきた男に手を焼いている。

 ミディアは……あたふたしている。誰を支援したらいのか分からない様子だ。おそらくポレイトを助けるべきだが、それを伝えようとしても声がかすれて届きそうにない。ダメだ、ポレイトがやられる。

 遂にポレイトはあとがなくなる。彼は人を斬れなくて、戦いではその優しさがいのち取りになる。
 逃げて。逃げてポレイト……。

 ミディアがポレイトの不利に気付いた。茶色の光弾を飛ばして彼の目の前の男に当てる。だが威力が足りない。ミディアもまた戦闘には向いていないようだ。相手を殺すつもりがないから強いちからを放てない。

 男はこざかしい攻撃をするミディアに狙いを変え、彼女に向かい短剣ダガーを……。

 男の背中が斬られた。
 斬ったのは……、ポレイトだ。

 男はよろめいて、うつ伏せに倒れた。

 モナークとディロスも相対する敵を倒したところだった。
 3人が駆け寄ってくる。

「ティーナ、生きてる!」
「足を折られたと聞いたぞ。ワシがかつごう。少し痛むかも知れんが我慢してくれ」
「ちょっと待って。手の紐をほどかないと」

 ポレイトは遅れて辿々しく歩いて来る。浅く斬られたのか、腹に手を当てている。……その後ろで、さっき斬られた男が立ち上がった。

「ポレイ……ト! 後ろ!」

 かすれた声が届いたか、彼はカタナを握り直して振り返る。
 短剣ダガーを振り上げた男が間近に迫って……。

 ポレイトは、男の首をねた。

 あれは……、本当にポレイト?

 両手を縛りつけている紐をモナークが切ってくれた。
 ディロスにかつぎ上げられた時、折られた足がズシンと痛んだ。
 ミディアが心配そうな顔でのぞき込んでくる。

 ポレイトが苦悶の表情を浮かべながら歩み寄って来た。……瞳には光が映っているから偽物ニセモノではなさそうだ。

「ティーナすまない。遅くなった」
「……ううん。あと少し遅かったらウチは殺されてた。助けてくれて……ありがとう」
「こいつらは何者だ。何があった?」
「魔導士団の隊長メギエスが雇った暗殺者アサシン……ゥ、ゴホォッ!」

 咳き込んで、口の中の血を吐き出してしまった。ああ、きっと顔も赤くれ上がっているんだろう。恥ずかしいからあんまり見ないでほしい。

「……奴の狙いは城の騎士団の戦力をぐことよ。早く団長に……、伝えないと」
「ディロス、ティーナを治療所に連れて行ってくれ」
「ダメ! ……ウチも行くよ。王都の一大事いちだいじに、怪我くらいで休んでられない」
「でも、足が痛むだろ。それに……」
「いいの。すまないけどディロス、ウチを城に連れてって。もう二度と歩けなくなってもいい。顔がどうなっててもいい。王都を……守りたいの」
「分かった。なるべく揺らさないようにするが、耐えられなくなったら言うのだぞ」
「うん。気絶したらその辺りに放っておいて」

 ポレイトがほおに手を当ててくる。彼の手はすごくあたたかい。

「俺たちはそんなことしない。だって仲間だろ」

 優しい真っ直ぐな瞳……。良かった。やっぱり本物のポレイトだ。
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