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第8話 一つ眼との闘い

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 しげるは砂の上をずるずると滑り続けていた。感覚としては平坦な地であるはずなのに、仰向けになったまま自然と足の方向へ引っ張られている。

 両足で踏ん張ろうとしても砂がえぐれるだけ、背中にかついださやに収まったままの日本刀は何の抵抗力にもならず一緒に引っ付いてくるし、手足全部でジタバタしてもその勢いを削ぐことは出来ず、川流れのようにただその体を持っていかれる。

 横を見れば同じように仰向けで滑っていくシイラの姿。彼女はどうしたものかという感じで腕を組んで進行方向をじっと眺めている。この先にあるものが分かっているのか、何か秘策でもあるのか。

「シイラ! これどうなるんだよ!」

 かろうじて声が届いたらしく、シイラはしげるに顔を向け、右腕を振って見上げてみるよううながしてくる。

 視線を上げた先には薄くなった砂のまくの向こうに巨大な……ひとの怪物がその巨躯をもたげようとしていた。はっきりとは分からないが、見た目全高30メートルほどあるのでは。そりゃあんなのが立ち上がろうとしたら、周りで砂の波みたいな現象が起きても不思議ではない。

 怪物の動きによりあたりの風の流れが変わる。砂嵐が幾分か大人しくなって、次第に視界はひらけてくる。

 徐々に体を滑らすちからも弱まってきた。怪物はまだ起立しただけで、次にどう動くのか不明だ。
 しげるは体を起こして景色を観察する。数十人の騎士と数十頭の天馬ペガサスが同じように流されてきたらしく、そこかしこで倒れていた。

「何してんだけろ!」
「へ?」

 間抜けな声で反応したしげるをローブごと引っ張り、シイラが走る。その強いちからしげるは体の自由が効かないまま高速で引きられる。何度も尻がバウンドしてその度に衝撃が発生する。

 尻の痛みに耐えながらもう一度見上げた眼前を、大きな石柱や石床など何かの構造物の一部がもの凄い速さで通過していく。
 どうやらあの怪物は巨大な建物の中にいて、やたらめったらにそれを破壊している最中のようだ。

 ポイッと放り捨てられてしげるは顔から砂に埋もれる。荒っぽい助けかただが、助けてくれただけマシととらえるべきだろう。

 シイラは立ち止まって目をつむり、何かブツブツつぶやいている。

「……リュミオがこっちに来る。だったら」

 彼女は両腕を天に向けて振り上げる。

「弱らせとくかぁ!」

 一振ひとふりの巨大な斧が宙に生まれ、ひとの怪物に突撃していく。気付いた怪物は砂に埋もれたこれまた重量のありそうな左腕をググッと持ち上げて、前腕にあたる部分で斬撃を受け止める。

 また砂地に波が起き足元がフラつくも、しげるはなんとか耐えながら事の成り行きを見守る。

 シイラはその場で踊り狂うように両腕を振り回し、それに合わせて巨大な斧もいだり回転したり振り下ろされたり、忙しく怪物を襲い続けるがしかし……。

「おい、全然効いてないみたいだけど」
「おっかしいなぁ。ならこれでどうだ?!」

 巨大な斧がいったん崩れ落ちて砂に変わり、もう一度結集して、怪物よりもずっと高い位置に何かをかたちづくる。遠すぎて輪郭は曖昧だが、おそらくハンマーに似せたものだ。
 シイラが天に向けていた両手をすぃっと前に振り下ろす。

 さっきの斧よりもずっと大きなハンマーひとの怪物の頭に勢い良く落下する。
 それを受け止めようと怪物は両腕を上昇させて頭の上で組む。

 衝突の瞬間に激しい光の拡散、遅れて風圧と轟音がやって来た。
 風は砂塵さじんを引き連れており目をけているのがつらくなる。

 薄目をけ怪物の様子をぼんやり眺めていると、何かを吐き出すようなアクション。それは……こちらに向かって来る!

「シイラ!」

 しげるは彼女の体に抱きついて、そのまま横っ飛びする。
 シイラがいた場所を真っ黒な岩石が通り過ぎてゴロゴロと転がっていった。

退け!」

 シイラに突き飛ばされてしげるは宙を舞い、だらしない姿勢で砂地に落ちた。
 怪物の両腕に弾き返された土色のハンマーは、シイラの腕の動きに合わせて再び振り下ろされる。

 さらに、後方から弓矢や投げ槍が一斉に飛び、怪物へと流れていった。リエム率いる騎士団が体勢を立て直したのだろう。

 あまりにも巨大な敵に対して、そのチマチマした攻撃は意味を成さない。怪物はしつこいハンマーを弾くために足を踏み込み直した。
 奴の一つ一つの動きで風の流れが変化していく。横から迫る風圧で傾いたシイラの体を、しげるが逆側から引っ張って支える。

「クッソぉこれじゃ捕まえられねぇっ! あんたも攻撃してくれよ!」
「俺?!」

 ちょうどその時、弱まった砂嵐の中を駆けて来るモナークたちの姿が見えた。攻撃、攻撃……、組み合わせたら……?

「ミディア!」

 叫んだしげるに気付いたミディアへ大袈裟おおげさなジェスチャーで、とあるお願い事を示してみる。
 意をんだのか、ミディアは手を大きく振ってこたえてくれた。

 あとは……。

 しげるは天然石のネックレスをつかみ、いるかどうかも分からない風の精霊に強く願う。
 すると、いつもより淡い色で風の精霊が現れた。

『こんな所に呼びつけないでよね! 息苦しいったらありゃしないんだから!』
「頼む。一回だけちからを貸してくれ」
『いやいやこれ何回目よ?! ……まぁいいや、何をするつもり?』

 風の精霊をじっと見つめながら、しげるは願いの内容をイメージする。言葉よりもずっと伝わりやすいはずだ。

『……分かった。成功しても失敗しても、たくさんちからを使うからキミはもう動けなくなるよ!』
「それでいい。ミディアの動きに合わせて頼むよ」

 文句なのか詠唱なのか分からないつぶやごえのこして、風の精霊はその姿を消した。
 遠景では、怪物対シイラのハンマーによる迫力満点の押し戻しが続いている。

 そして、しげるは少し離れた場所のミディアに、手を振り回してゴーのサインを送った。彼女は大きくうなずき両手を前に出す。

 どこからともなく茶色の光が集まってきて、しげるとミディアの間の宙に直径3メートルほどの土色の球体が現れた。ミディアは前に出した腕をプルプルと振るわせ、早くしろとでも言わんばかりの表情をしげるに向ける。
 しげるが慌てて大声で叫ぶ。

「行け! あいつの腹にぶち込んでやれ!」

 緑色の光が握りこぶしのような形を成し球体を押し始める。最初はグググとゆっくり、次第に速く進んでいく。

 狙いに気付いたか、怪物がまたもやクチから黒い岩石を吐き出す。
 どんどん速度を増す球体は岩石との衝突をけて進み続ける。行く当てないように見えた岩石はミディアへ向かっていた。

 しげるはミディアに駆け寄ろうとするが、足のちからを失って倒れつんいになった。ディロスは……誰かをかついでる。

「モナーク! 止めてくれ!」

 長剣を引き抜き、モナークは左打席用のバッティングフォームで構える。以前ベヒーモスをやっつけた時のように、今度は剣で岩石を弾き返すつもりか。

「うぉぉおおおおぉおお!!」

 叫んで、随分と洗練されたフォームで長剣を振り抜き岩石に当てる。
 岩石の勢いに押されて剣が揺れる。
 モナークの両眼があか色に発光し、岩石を押し戻していく。

 ヒビがはいり、全体に広がる。
 岩石は破裂して、大小の欠片かけらがバラバラと砂地に落ちていった。

 それはさておき球体に視線を戻す。
 強風で揺れながらも、緑色に光るこぶしに押されて怪物の腹へ近付いている。だが速度が出ていない。これでは当たったとしても、そっと触れた程度の衝撃しか与えられない。

「もっと速く、強く!」

 ちからなく震える手で天然石のネックレスに触れ、精霊に強く願う。
 ……全部使っていいから、もっと!

 しげるの意思に呼応して、強い光が球体をつつみ込む。そしてグンと速度と勢いを増したまま怪物の腹に激突した。

 怪物の腕のちからが抜けたのを、シイラは見逃さなかった。

「うらぁ! いいかげん潰れなよ!」

 巨大なつちが徐々に怪物の腕を押し下げる。
 耐えきれず、その巨躯は仰向けにひっくり返る。砂を含んだ強風がぶあっと吹き抜け、そのあとには静寂だけが残った。

「リュミオ、縛れ!」

 ディロスに担がれたまま、リュミオと呼ばれた女は怪物を見ながら右手を上げる。
 倒れたひとの怪物に割れた石柱や床石、壁石や装飾の欠片かけらがピタピタ引っ付いていく。あっという間にその体躯をつつみ込み、まるで……巨大な石のひつぎを作り上げてしまった。

「あれが……城を襲った山みたいなやつの正体か」

 起き上がるちからすら失ったしげるつぶやく。
 シイラは冷たい表情でしげるを見下ろしながら歩み寄り、右手に武器を作り出そうとする。彼女もまたちからを使い果たしたと見え、茶色の光はあっけなく霧散した。

 溜息をひとつき、シイラはピュィッと指笛を鳴らす。
 どこに隠れていたのかニ、三百体ほどの土蜘蛛スパイダーが現れる。怪物を圧縮し続けるひつぎに群がり、数の暴力でその巨大なかたまりを持ち上げてしまった。

 そして、巨大な人面から蜘蛛の脚を生やした異形の魔物が走り寄り、シイラの横で停止した。そいつは大きなふたつの眼をキョロキョロ動かし周りを観察している。
 遅れてもう一体、同じ形の魔物がディロスを起点にくるっと一周して停まった。高さ3メートルほどで、目とクチが異様に大きく、長時間見るにえないバランスの悪い風貌ふうぼうだ。

 モナークがしげるに駆け寄る。彼女に抱き起こされながら、しげるはシイラを見る。

「シイラ、なんで……城を襲ったんだ」
姉様ねえさまの言いつけだ。アタイたちは姉様の、一部ってとこかな」
「姉様って誰のことか、教えてくれないか」
「嫌だね。あんた、名は?」
「ポ……ポレイト」
「違うだろ。本当の名を言え」

 どうしてそのことを……?

「言えない。捨てたんだ。……ここで生きるために」
「ならアタイも教えないっ」

 シイラは異形の魔物にふわりと飛び乗った。
 ディロスにかつがれていたリュミオは、もう一体の異形の魔物がクチひらいて出したベロによってさらわれ、運び上げられた。魔物の唾液にまみれたディロスは困惑し、砂地の上で身体を硬直させている。

「ポレイト」

 相変わらずの冷たい表情だが、シイラは少しだけ口端を上げた。

「姉様と話してみるよ。王都じゃないトコで遊ぼうってさ」
「助か……、他の所を攻めるのもやめてくれよ」

 一転、今度は満面の笑みを見せる。

「やだ! クライモニスにはなんもないんだよ! なーんにも!」

 シイラの乗った異形の魔物が蜘蛛の脚を激しく動かして去って行く。魔物の移動によって作り出された砂煙をもろに受け、しげるとモナークは咳き込んだ。

 もう一体の異形の魔物の上で、リュミオが無表情のまま小さく手を振る。ディロスは魔物の唾液のにおいで失神しそうになりながら、精一杯の作り笑顔で手を振りかえす。
 その一方で、騎士団がリュミオに向けて一斉に弓を構える。

「やめろ! この者をれば、あのひとの神獣が解放されてしまうぞ!」

 めたのはリエムだ。彼が右手を振りろすと、騎士たちは弓をげた。
 それを見届けて、リュミオを乗せた異形の魔物は砂の上を泳ぐように去って行く。さらに遅れて土蜘蛛スパイダーの大群も、巨大な石のひつぎに納められた神獣を持って行ってしまった。

 いつの間にやら砂の嵐はどこかへ過ぎ去り、砂漠には崩壊した遺跡と半壊した騎士団が取り残されていた。
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