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旅はじめ(2023年9月)
第4話 熱海をブラブラ 後編
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旅館を出て、初島行きの遊覧船を横目に通り過ぎて、およそ15分ほどでロープウェイ乗り場に到着。最初の便がちょうど出発してしまったところで、しばらく四角いスツールに座って待機した。待っているうちにどんどん乗客が増えていく。8人ほどが乗り込み、いざ山の上へ。体感2分程度で頂上に着いたが、高所恐怖症の僕は下を見ずに遠景をスマホで録画していた。
山頂から眺める熱海の街や海は美しかった。海は空の色を跳ね返すように蒼く染まっており、キラキラと輝いている。街にはホテルが乱立しているのだけれど、都会のようないやらしさはなくて、それすらも観光地としての風情を演出しているような気がした。
柵に近づくと足が震えだすので、少し離れた場所で20分ほど海を見ていた。もし次の日が仕事だったりしたら、こんなにのんびりと景色を楽しむようなことは出来なかったんじゃないか。昨日の宴会に来ていた会社員さんたちみたいに、風呂に入っていても仕事のことを考えてしまったかも知れない。
僕は両腕を空に突き出すように伸びをして、大きく深呼吸をした。さて、観光を続けよう。
この眺望の良い場所が山頂かと思っていたら、トリックアート迷宮館はさらに坂を上った所にあった。鋭い直射日光を浴びながらチケット売り場に辿り着く。熱海城のチケットも同時に買うと割引ありとのことだが、時間の都合で迷宮館のチケットだけ購入した。
チケット売り場は熱海城の方にあり、トリックアート迷宮館は隣の建物だ。汗を拭きながら歩いて行くと、大学生の団体がバスから降りてくる。これはまさか、そのまま迷宮館になだれ込んで来るのでは……。
景色の写真を撮ったりグループで自撮りし始めた大学生たちを横目に、建物の中へ入る。
「涼しいっ!」
思わず声を漏らす。迷宮館の中はしっかりと冷房が効いていた。僕の前に待機の客はおらず、すぐにマスクをつけた係の方による案内が始まった。どうやら最初に写真の撮り方を教えてくれるようだ。このトリックアート迷宮館、ひとりで訪れる人はあまりいないっぽい。僕以外は家族連れか、友達同士、あるいはカップルだった。トリックアートの中に立ってもしくは座って写真を撮ることになるから、ひとりだと係の方に写真を撮ってもらうか、所々に設置されているカメラ台を使う必要があった。
結局、スマホを渡して何枚か写真を撮ってもらい、あとは自分を写真に入れずパシャパシャとトリックアートを撮って周った。滞在は短時間だったけれど、人間の目って誤魔化されるモンだなぁと感心して、たくさん写真を撮って迷宮館を後にした。入れ替わるようなタイミングで大学生の団体が入って行った。15人くらいだろうか。
もう一度じっくり海を眺めてから、帰りのロープウェイに乗った。乗り場に併設されている大人の秘宝館とやらが気になったものの、入っても詳細を人に言えなさそうだし、どこにも書けなさそうだからやめておいた。ロープウェイの中で案内音声が流れる。熱海という地名の由来は、昔、海から熱湯が出たということに因んでいるらしい。
今回の観光はこれで終わり。ビーチに沿って歩き、天気が良いので海の写真を数枚撮り、海水に触れてその温度を確かめた。砂浜を歩いて完全に乾いている所と少し濡れた所の柔らかさも確かめる。これは小説で書くため。ベンチに座って休憩しながら、海の表現をどうするか考えていた。
そして100段くらいはあるんじゃないかという階段を上がって、さらにそこそこ急な坂を上って熱海駅に通じる商店街へ。土産に熱海プリンと温泉まんじゅうを買い、単品で出来たてのまんじゅうとか、はんぺんとか、かき氷を食べる。朝食をたらふく食べたのでそれで十分だった。
午後2時ごろ、熱海駅から帰りの電車に乗った。夕方のラッシュを避けることが出来て、1泊2日のお試し旅行はすんなりと終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある程度の近場で旅の練習をしてみたわけだけど、初めて行った熱海は素晴らしい観光地だった。歩いてるだけでも面白いなんてズルいなと思う。
それで、今後の日本周遊について、自分の中で見直すべき点がいくつか出てきた。まず、一気にぐるっと周るのではなく、北海道から北日本にかけてと、東海・北陸、そして西日本は分けても良いんじゃないか。1泊2日ですらものすごく疲れてしまうのだから、それぞれを5泊か7泊くらいで周るのが限界ではないか、そう思った。
あと、電車移動はあまり面白くなかった。フェリーで移動自体を旅として楽しむか、さっと飛行機で北海道まで飛んでしまおうか。飛行機は苦手だけど……。
最後に、僕は美味い食べ物よりも景色とか体験を求めているということ。旅を終えてしっかりと脳裏に焼き付いているのは、あのマリンブルーだった。あとは五右衛門風呂の熱い温泉とか、恥ずかしながら人に撮ってもらったトリックアート。そうなると、しっかりと経路を下調べしておいて、興味の向く観光地を巡るのが最善ではないかと思う。だから少し小分けにして旅をしたい。
色々と考えさせられる2日間の旅行でございました。しばらくは旅行誌やら人の旅動画を参考にプランを練りつつ、完全に止まっている小説の続きを書いていこうと思うわけであります。
以上、熱海をひとりでブラブラ、でした。
山頂から眺める熱海の街や海は美しかった。海は空の色を跳ね返すように蒼く染まっており、キラキラと輝いている。街にはホテルが乱立しているのだけれど、都会のようないやらしさはなくて、それすらも観光地としての風情を演出しているような気がした。
柵に近づくと足が震えだすので、少し離れた場所で20分ほど海を見ていた。もし次の日が仕事だったりしたら、こんなにのんびりと景色を楽しむようなことは出来なかったんじゃないか。昨日の宴会に来ていた会社員さんたちみたいに、風呂に入っていても仕事のことを考えてしまったかも知れない。
僕は両腕を空に突き出すように伸びをして、大きく深呼吸をした。さて、観光を続けよう。
この眺望の良い場所が山頂かと思っていたら、トリックアート迷宮館はさらに坂を上った所にあった。鋭い直射日光を浴びながらチケット売り場に辿り着く。熱海城のチケットも同時に買うと割引ありとのことだが、時間の都合で迷宮館のチケットだけ購入した。
チケット売り場は熱海城の方にあり、トリックアート迷宮館は隣の建物だ。汗を拭きながら歩いて行くと、大学生の団体がバスから降りてくる。これはまさか、そのまま迷宮館になだれ込んで来るのでは……。
景色の写真を撮ったりグループで自撮りし始めた大学生たちを横目に、建物の中へ入る。
「涼しいっ!」
思わず声を漏らす。迷宮館の中はしっかりと冷房が効いていた。僕の前に待機の客はおらず、すぐにマスクをつけた係の方による案内が始まった。どうやら最初に写真の撮り方を教えてくれるようだ。このトリックアート迷宮館、ひとりで訪れる人はあまりいないっぽい。僕以外は家族連れか、友達同士、あるいはカップルだった。トリックアートの中に立ってもしくは座って写真を撮ることになるから、ひとりだと係の方に写真を撮ってもらうか、所々に設置されているカメラ台を使う必要があった。
結局、スマホを渡して何枚か写真を撮ってもらい、あとは自分を写真に入れずパシャパシャとトリックアートを撮って周った。滞在は短時間だったけれど、人間の目って誤魔化されるモンだなぁと感心して、たくさん写真を撮って迷宮館を後にした。入れ替わるようなタイミングで大学生の団体が入って行った。15人くらいだろうか。
もう一度じっくり海を眺めてから、帰りのロープウェイに乗った。乗り場に併設されている大人の秘宝館とやらが気になったものの、入っても詳細を人に言えなさそうだし、どこにも書けなさそうだからやめておいた。ロープウェイの中で案内音声が流れる。熱海という地名の由来は、昔、海から熱湯が出たということに因んでいるらしい。
今回の観光はこれで終わり。ビーチに沿って歩き、天気が良いので海の写真を数枚撮り、海水に触れてその温度を確かめた。砂浜を歩いて完全に乾いている所と少し濡れた所の柔らかさも確かめる。これは小説で書くため。ベンチに座って休憩しながら、海の表現をどうするか考えていた。
そして100段くらいはあるんじゃないかという階段を上がって、さらにそこそこ急な坂を上って熱海駅に通じる商店街へ。土産に熱海プリンと温泉まんじゅうを買い、単品で出来たてのまんじゅうとか、はんぺんとか、かき氷を食べる。朝食をたらふく食べたのでそれで十分だった。
午後2時ごろ、熱海駅から帰りの電車に乗った。夕方のラッシュを避けることが出来て、1泊2日のお試し旅行はすんなりと終わった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ある程度の近場で旅の練習をしてみたわけだけど、初めて行った熱海は素晴らしい観光地だった。歩いてるだけでも面白いなんてズルいなと思う。
それで、今後の日本周遊について、自分の中で見直すべき点がいくつか出てきた。まず、一気にぐるっと周るのではなく、北海道から北日本にかけてと、東海・北陸、そして西日本は分けても良いんじゃないか。1泊2日ですらものすごく疲れてしまうのだから、それぞれを5泊か7泊くらいで周るのが限界ではないか、そう思った。
あと、電車移動はあまり面白くなかった。フェリーで移動自体を旅として楽しむか、さっと飛行機で北海道まで飛んでしまおうか。飛行機は苦手だけど……。
最後に、僕は美味い食べ物よりも景色とか体験を求めているということ。旅を終えてしっかりと脳裏に焼き付いているのは、あのマリンブルーだった。あとは五右衛門風呂の熱い温泉とか、恥ずかしながら人に撮ってもらったトリックアート。そうなると、しっかりと経路を下調べしておいて、興味の向く観光地を巡るのが最善ではないかと思う。だから少し小分けにして旅をしたい。
色々と考えさせられる2日間の旅行でございました。しばらくは旅行誌やら人の旅動画を参考にプランを練りつつ、完全に止まっている小説の続きを書いていこうと思うわけであります。
以上、熱海をひとりでブラブラ、でした。
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