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第2章 光と闇

第40話 大地の神殿

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 あれから幾月が経っただろうか。

 おれは今、沼地にいる。じっとりと暑く、不揃いに並んだ太い木々から下に向かって伸びた蔓が、緑色に揺れる沼に降りている。

 小さな漕ぎ舟で沼の上を進む。
 船頭の男が、振り向いて大声で問う。

「こんな辺鄙へんぴな村に、一体何の用ですかい」

 おれは辺りを眺めながら答える。

「ここには大地の神殿があるはずだ」

 船頭は笑う。

「古い、古い場所だからね、ほとんど崩れて祭壇さいだんも無いような場所だよ」

 舟は小さな村の端の桟橋さんばしに着く。
 舟を降り、船頭に連れられて、この村の長と対面する。
 村長は、かつて神殿だった場所へ立ち入ることを許してくれたが、残念そうに語った。

「祝い事の時に捧げ物をする。願い事をする村人もおる。だが、わしはあそこで、大地の神の声を聞いたことすら無いな」

 村の外れにひっそりと建つ神殿は、時が経つにつれ自然と天井が崩れ、雨曝あまざらしの内部にはこけ蔓延はびこっている。
 陽の光の入らない、祭壇があったと思われる奥の部屋には、つんとした匂いが広がっている。

 おれは目をつむり、いにしえの記憶に身を委ねる。景色が紅く染まっていくのを感じる。ゆっくりと目を開くと、おれの目には、建てられて間もない頃の神殿が映り、目の前に祭壇が現れる。
 やはりここへ、勇者ダイフと共にいにしえの戦いの前、訪れたことがあったようだ。

「我が名はキヴリ、大地の神よ、あなたの力をもう一度お借りしたい」

 おれの両腕から黒い胞子が噴き出す。痺れと痛みを抑え込み、祭壇の前で立ち続ける。
 頭の中に、地の底から沸き上がる様な低い声が響く。

「貴様がどれほどの命を葬ってきたか覚えているか。その手にこびりついた血は、何を望むのか……」

 おれは大地の神に宣言する。

「我は勇者ダイフの使い、共にこの大陸の未来を望む者なり」

 静寂が神殿中に広がる。
 大地の神は問う。

「勇者ダイフはもういないのではないか」
「彼は今も、人々の記憶の中にあり。この大陸は、勇者ダイフの正義を伝え続けている」

 おれが答えると、目に映る神殿は、また寂れた景色へと戻った。

 頭上から咆哮が聞こえる。
 見上げた空と大地の間に、幾重にも岩を連ねた様な、蛇の形をした神獣の姿があった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 幾月か前。
 闘技場にスワビを残して、パナタは西へ、モアーニは北へ、おれは南へと散った。
 おれ達は各地の神殿近くの村や街へ、この言葉を伝えてまわっている。

『我は勇者ダイフの使い、共にこの大陸の未来を望む者なり』

 この大陸において、いにしえから今までに語り継がれる正義の名前。神獣があらそっている場所でも、まだ争っていない場所でも、人々に希望を与え、神獣の力を強くするための言葉。

 おれが旅している大陸の南の地域では、すでにいくつかの小国に、神獣の争いと思われる大きな傷痕きずあとが残っていた。
 旅の最中、遠く景色の向こうに、大きな影が動くのを見た。きっと大陸中で同じ様なことが起きているのだろう。人の子の棲家は神獣達の戦争によって蹂躙じゅうりんされ、地形は破壊され、絶望が支配しようとしている。

 それを覆すための希望の言葉。
 おれ達は大陸中に希望の言葉を広げていく。いにしえの戦いで勇者ダイフがそうしたように、正義の光で大陸を照らしていく。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 蛇の様な形をした、大地の神獣の姿は次第に透き通っていく。どこへ向かうのだろうか。

 神殿に、雲間からあふれた陽の光が射す。
 闇と光が交錯し、舞い上がった砂やちりがきらきらと輝く。

 ふと、光の中でダイフが、あの頃の爽やかな笑顔を見せた気がした。
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