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第1章 血宵の戦士
第24話 呪い
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この目に映るもの全て、血の色がかかって見える。
気付くと、リリシアとウォトリスは黒いもやに半身を取り込まれてぐったりしている。
目の前には、あの時の姿で、あいつが立っている。
おれはこの男の名前を知っている。
「勇者ダイフ。お前は死ぬことが出来ずに、ずっとここにいたのか」
「そうだ。長い、長い夜だった……この場所に縛られたまま。ここでずっと、お前を待っていたんだ。最期にもう一度だけ会いたくてな」
古の勇者は、おれと出会ったあの時と同じ、爽やかな笑顔で言った。
「なあ、キヴリ。俺はもう、消えたいよ。お前の手で」
潤んだ瞳でおれを見る勇者の顔は、悲しみと喜びの色を帯びている。
「分かった、おれがお前の呪いを断ち切ってやる」
勇者は涙を流しながら、両腕を開き、大剣を床に落とす。
おれが紅く光る長剣を構え、一歩前に出ると、勇者の身体から黒い胞子が噴き出し、その身を包んだ。
「ぐ……ごぁああ!」
勇者の顔から生気が失せ、首や腕の肉が裂けていく。黒く濁った血が流れ出し、肉が溶け落ちていく。
おれの呪いと、奴が受けた呪いの、最期の戦いか。
身体の半分が溶けて骨が見える勇者は、操られるように緩慢な動きで大剣を拾い上げる。剣に黒い闇が纏わりつく。
おれと勇者はじりじりと間合いを詰める。
勇者が小さく呟く。
「東の砂漠クライモニスに行け」
大剣を下からすくうように振り上げてくる。
おれは紅く光放つ長剣で受け止める。
勇者が呻きながら大剣に力を込め、長剣はおれの喉元まで押し込まれる。
ふっと大剣から力が抜けるのを感じた。
おれは勇者の剣を横に流し、そのまま斜めに振り切った。
鈍い音を立てて勇者の身体が2つに裂ける。
黒い霧となった身体は、ゆっくりと空へ溶けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……!」
遠くで何かが叫んでいる。
青い光が見え、おれはそれに手を伸ばす。
光は少しずつ近付いてくる。
懐かしい匂いがした。
「アーメル……」
「私、リリシアだけど」
目を開けると、リリシアが困惑した表情でおれの肩を抱いていた。
おれは仰向けになっており、両腕に力が入らない。リリシアの助けで、身体を起こすことができた。
「あいつは?」
「骸骨なら黒いのと一緒に消えたよ。それで僕らも解放された」
「それより、さっきの骸骨の遠吠えは、凄いのも起こしちゃったみたいよ」
おれは立ち上がり、リリシアの指差す方向、崩れた外壁の向こうの景色を眺める。
そこには、山よりも大きく、2つの角と鋭く光る眼を持つ獣の様な生き物が、四肢を伸ばして咆哮をあげていた。
「神獣……なのか?」
「あんなのが暴れたら、ここはすぐに崩れるわ。逃げないと」
獣は、この城からひと山ほど先で、本格的に動き始める前の準備をしているように見える。
背後から大きな物が倒れる音がして、振り返ると、扉が吹き飛ばされている。凍りついていた扉も氷柱も、魔物の群れに破壊されていた。
部屋になだれ込んでくる魔物から逃げるため、おれ達は反対の方向に走り出す。
「ルキ、その先には何もないぞ!」
ウォトリスが必死の形相で叫ぶ。
おれは全力で走りながら答える。
「魔物に喰われるか、あの獣に潰されるか、飛び降りるか、選んでいいぞ!」
「でかいのが来たわよ!」
ちらりと巨大な獣の方を見遣ると、確かにこちらに向かってくるところだった。
おれは崩れかかっている外壁に長剣を投げつける。石壁が崩れ落ち、開いた穴は人が通れるくらいに広がった。
そこから思い切り外へ飛び出し、中空を泳ぐように四肢をばたつかせる。期待した通り外は崖になっており、おれ達はそのまま冷たい海へ落ち始める。落ちながらおれは、さっきまでおれ達がいた場所が、獣の一撃で吹き飛ばされるのを見た。
おれ達を追うように、崩れ飛ばされた石壁が落ちてくる。
下から押し寄せる風の圧で、おれは意識を失いそうになる。
もうすぐ海へぶつかろうという時、おれが最後に見たのは、リリシアの描いた蒼く光る魔法陣だった。
気付くと、リリシアとウォトリスは黒いもやに半身を取り込まれてぐったりしている。
目の前には、あの時の姿で、あいつが立っている。
おれはこの男の名前を知っている。
「勇者ダイフ。お前は死ぬことが出来ずに、ずっとここにいたのか」
「そうだ。長い、長い夜だった……この場所に縛られたまま。ここでずっと、お前を待っていたんだ。最期にもう一度だけ会いたくてな」
古の勇者は、おれと出会ったあの時と同じ、爽やかな笑顔で言った。
「なあ、キヴリ。俺はもう、消えたいよ。お前の手で」
潤んだ瞳でおれを見る勇者の顔は、悲しみと喜びの色を帯びている。
「分かった、おれがお前の呪いを断ち切ってやる」
勇者は涙を流しながら、両腕を開き、大剣を床に落とす。
おれが紅く光る長剣を構え、一歩前に出ると、勇者の身体から黒い胞子が噴き出し、その身を包んだ。
「ぐ……ごぁああ!」
勇者の顔から生気が失せ、首や腕の肉が裂けていく。黒く濁った血が流れ出し、肉が溶け落ちていく。
おれの呪いと、奴が受けた呪いの、最期の戦いか。
身体の半分が溶けて骨が見える勇者は、操られるように緩慢な動きで大剣を拾い上げる。剣に黒い闇が纏わりつく。
おれと勇者はじりじりと間合いを詰める。
勇者が小さく呟く。
「東の砂漠クライモニスに行け」
大剣を下からすくうように振り上げてくる。
おれは紅く光放つ長剣で受け止める。
勇者が呻きながら大剣に力を込め、長剣はおれの喉元まで押し込まれる。
ふっと大剣から力が抜けるのを感じた。
おれは勇者の剣を横に流し、そのまま斜めに振り切った。
鈍い音を立てて勇者の身体が2つに裂ける。
黒い霧となった身体は、ゆっくりと空へ溶けていった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……!」
遠くで何かが叫んでいる。
青い光が見え、おれはそれに手を伸ばす。
光は少しずつ近付いてくる。
懐かしい匂いがした。
「アーメル……」
「私、リリシアだけど」
目を開けると、リリシアが困惑した表情でおれの肩を抱いていた。
おれは仰向けになっており、両腕に力が入らない。リリシアの助けで、身体を起こすことができた。
「あいつは?」
「骸骨なら黒いのと一緒に消えたよ。それで僕らも解放された」
「それより、さっきの骸骨の遠吠えは、凄いのも起こしちゃったみたいよ」
おれは立ち上がり、リリシアの指差す方向、崩れた外壁の向こうの景色を眺める。
そこには、山よりも大きく、2つの角と鋭く光る眼を持つ獣の様な生き物が、四肢を伸ばして咆哮をあげていた。
「神獣……なのか?」
「あんなのが暴れたら、ここはすぐに崩れるわ。逃げないと」
獣は、この城からひと山ほど先で、本格的に動き始める前の準備をしているように見える。
背後から大きな物が倒れる音がして、振り返ると、扉が吹き飛ばされている。凍りついていた扉も氷柱も、魔物の群れに破壊されていた。
部屋になだれ込んでくる魔物から逃げるため、おれ達は反対の方向に走り出す。
「ルキ、その先には何もないぞ!」
ウォトリスが必死の形相で叫ぶ。
おれは全力で走りながら答える。
「魔物に喰われるか、あの獣に潰されるか、飛び降りるか、選んでいいぞ!」
「でかいのが来たわよ!」
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おれは崩れかかっている外壁に長剣を投げつける。石壁が崩れ落ち、開いた穴は人が通れるくらいに広がった。
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