上 下
24 / 55
第1章 血宵の戦士

第24話 呪い

しおりを挟む
 この目に映るもの全て、血の色がかかって見える。
 気付くと、リリシアとウォトリスは黒いもやに半身を取り込まれてぐったりしている。

 目の前には、あの時の姿で、あいつが立っている。
 おれはこの男の名前を知っている。

「勇者ダイフ。お前は死ぬことが出来ずに、ずっとここにいたのか」
「そうだ。長い、長い夜だった……この場所に縛られたまま。ここでずっと、お前を待っていたんだ。最期にもう一度だけ会いたくてな」

 いにしえの勇者は、おれと出会ったあの時と同じ、爽やかな笑顔で言った。

「なあ、キヴリ。俺はもう、消えたいよ。お前の手で」

 潤んだ瞳でおれを見る勇者の顔は、悲しみと喜びの色を帯びている。

「分かった、おれがお前の呪いを断ち切ってやる」

 勇者は涙を流しながら、両腕を開き、大剣グレートソードを床に落とす。
 おれがあかく光る長剣ロングソードを構え、一歩前に出ると、勇者の身体から黒い胞子が噴き出し、その身を包んだ。

「ぐ……ごぁああ!」

 勇者の顔から生気が失せ、首や腕の肉が裂けていく。黒く濁った血が流れ出し、肉が溶け落ちていく。

 おれの呪いと、奴が受けた呪いの、最期の戦いか。
 身体の半分が溶けて骨が見える勇者は、操られるように緩慢な動きで大剣グレートソードを拾い上げる。剣に黒い闇がまとわりつく。

 おれと勇者はじりじりと間合いを詰める。
 勇者が小さくつぶやく。

「東の砂漠クライモニスに行け」

 大剣グレートソードを下からすくうように振り上げてくる。
 おれはあかく光放つ長剣ロングソードで受け止める。

 勇者がうめきながら大剣グレートソードに力を込め、長剣ロングソードはおれの喉元まで押し込まれる。
 ふっと大剣グレートソードから力が抜けるのを感じた。

 おれは勇者の剣を横に流し、そのまま斜めに振り切った。
 にぶい音を立てて勇者の身体が2つに裂ける。
 黒い霧となった身体は、ゆっくりと空へ溶けていった。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「……!」

 遠くで何かが叫んでいる。
 青い光が見え、おれはそれに手を伸ばす。
 光は少しずつ近付いてくる。
 懐かしい匂いがした。

「アーメル……」
「私、リリシアだけど」

 目を開けると、リリシアが困惑した表情でおれの肩を抱いていた。
 おれは仰向けになっており、両腕に力が入らない。リリシアの助けで、身体を起こすことができた。

「あいつは?」
「骸骨なら黒いのと一緒に消えたよ。それで僕らも解放された」
「それより、さっきの骸骨の遠吠えは、凄いのも起こしちゃったみたいよ」

 おれは立ち上がり、リリシアの指差す方向、崩れた外壁の向こうの景色を眺める。
 そこには、山よりも大きく、2つの角と鋭く光る眼を持つ獣の様な生き物が、四肢ししを伸ばして咆哮ほうこうをあげていた。

「神獣……なのか?」
「あんなのが暴れたら、ここはすぐに崩れるわ。逃げないと」

 獣は、この城からひと山ほど先で、本格的に動き始める前の準備をしているように見える。

 背後から大きな物が倒れる音がして、振り返ると、扉が吹き飛ばされている。凍りついていた扉も氷柱も、魔物の群れに破壊されていた。
 部屋になだれ込んでくる魔物から逃げるため、おれ達は反対の方向に走り出す。

「ルキ、その先には何もないぞ!」

 ウォトリスが必死の形相で叫ぶ。
 おれは全力で走りながら答える。

「魔物に喰われるか、あの獣に潰されるか、飛び降りるか、選んでいいぞ!」
「でかいのが来たわよ!」

 ちらりと巨大な獣の方を見遣みやると、確かにこちらに向かってくるところだった。
 おれは崩れかかっている外壁に長剣ロングソードを投げつける。石壁が崩れ落ち、開いた穴は人が通れるくらいに広がった。

 そこから思い切り外へ飛び出し、中空を泳ぐように四肢をばたつかせる。期待した通り外は崖になっており、おれ達はそのまま冷たい海へ落ち始める。落ちながらおれは、さっきまでおれ達がいた場所が、獣の一撃で吹き飛ばされるのを見た。

 おれ達を追うように、崩れ飛ばされた石壁が落ちてくる。
 下から押し寄せる風の圧で、おれは意識を失いそうになる。

 もうすぐ海へぶつかろうという時、おれが最後に見たのは、リリシアの描いたあおく光る魔法陣だった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛情のない夫婦生活でしたので離婚も仕方ない。

ララ
恋愛
愛情のない夫婦生活でした。 お互いの感情を偽り、抱き合う日々。 しかし、ある日夫は突然に消えて……

わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますの。

みこと。
恋愛
義妹レジーナの策略によって顔に大火傷を負い、王太子との婚約が成らなかったクリスティナの元に、一匹の黒ヘビが訪れる。 「オレと契約したら、アンタの姿を元に戻してやる。その代わり、アンタの魂はオレのものだ」 クリスティナはヘビの言葉に頷いた。 いま、王太子の婚約相手は義妹のレジーナ。しかしクリスティナには、どうしても王太子妃になりたい理由があった。 ヘビとの契約で肌が治ったクリスティナは、義妹の婚約相手を誘惑するため、完璧に装いを整えて夜会に乗り込む。 「わたくし、今から義妹の婚約者を奪いにいきますわ!!」 クリスティナの思惑は成功するのか。凡愚と噂の王太子は、一体誰に味方するのか。レジーナの罪は裁かれるのか。 そしてクリスティナの魂は、どうなるの? 全7話完結、ちょっぴりダークなファンタジーをお楽しみください。 ※同タイトルを他サイトにも掲載しています。

静寂の境界線

にざわ えな
ミステリー
逃げなければならない、でも逃げ場はない。ひたすら砂漠を歩き続ける少女の物語。

『今日も世界で誰かが嘘をついている。超キモい編』

岩崎史奇(コント文学作家)
大衆娯楽
監督としても、人としても尊敬から始まった恋でした。

無能すぎて異世界転生すらさせてもらえませんでした

杜宮波瑠璃
ファンタジー
とくかくなにやってもダメダメ無能クソ陰キャの俺は、ある日ビルの屋上から飛び降りようとした少女を目撃する。らしからぬ雑魚正義感が勝手に背中を押しやがって俺は気付けばその少女を助けようと駆けつける。しかし貧弱な俺は助けるどころか自分がビルの屋上から転落ーーー。 気付けばどうやら異世界転生の入り口にやってきた。ついに俺にも異世界転生が!?と、思ってみたら現れた女神らしき女の口から出た言葉は「あんたみたいな無能クソ陰キャが簡単に異世界転生できると思うなよカス」だった。 え?今から入れる保険ってあります?

いつまでも忘れない思い出

夜白にこ
青春
難病を持ってる少女は 病院以外の外には出られなかった。 そんな少女の隣のベットに 入院してきた少女がいた。 その子はすごく明るくて面白い子だった。 その少女は数日しかいなかったけど 私に新しい景色を見せてくれる子だった。 その少女は自分が退院しても よく遊びに来てくれてた。 私の病気は難病だから高校までしか 生きれなかったけど少女のおかげで 生きれるとこまで生きようと思える物語 *登場人物* 難病の少女 ほのか 入院してきた少女 こはる 看護師さん

お兄様の指輪が壊れたら、溺愛が始まりまして

みこと。
恋愛
お兄様は女王陛下からいただいた指輪を、ずっと大切にしている。 きっと苦しい片恋をなさっているお兄様。 私はただ、お兄様の家に引き取られただけの存在。血の繋がってない妹。 だから、早々に屋敷を出なくては。私がお兄様の恋路を邪魔するわけにはいかないの。私の想いは、ずっと秘めて生きていく──。 なのに、ある日、お兄様の指輪が壊れて? 全7話、ご都合主義のハピエンです! 楽しんでいただけると嬉しいです! ※「小説家になろう」様にも掲載しています。

フリーターは少女とともに

マグローK
キャラ文芸
フリーターが少女を自らの祖父のもとまで届ける話 この作品は カクヨム(https://kakuyomu.jp/works/1177354054891574028)、 小説家になろう(https://ncode.syosetu.com/n4627fu/)、 pixiv(https://www.pixiv.net/novel/series/1194036)にも掲載しています。

処理中です...