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第1章 血宵の戦士
第4話 トーエン山脈
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雲を突き刺すように高くそびえる山脈の麓の村を通り抜け、荷馬車は進んでいく。
「ここいらでよござんすか」
行商人が振り向きざま、大きな声で4人に話しかける。
揺れがひどかったために俯いて吐き気を堪えるスワビを介抱しながら、黒く長い顎髭をたくわえたモアーニは応える。
「ああ、ここまでで結構だ」
宿場でトーエン山脈の方面へ向かう行商人をつかまえ、護衛と引き換えにこの山脈の麓まで3日ほど、積荷とともに揺られてきた。
おれとパナタは飛び降りるようにして、荷馬車から離れる。スワビほど辟易してはいないが、気持ちの良い旅でもなかった。
「ワシは村に届け物をして、その後もしばらくおりますんで」
何が可笑しいのか大きな声で笑いながら、行商人は村へ戻っていった。
身体を天に向けて伸ばしながら、パナタが暫くぶりに口を開ける。
「さて、夕暮れまでに行ける分は歩かないとね」
陽射しが強く、立っているだけでも汗が噴き出してくる。
「途中に水場があるといいねぇ」
木陰で休みながら、スワビが涸れた声で言う。
4人で山登りするのは、宿場で依頼を受けたからだ。
トーエン山脈の麓の村から半日ほど登ったところに、高級な薬の材料である薬草が生い茂っているらしい。人里近くでも同じものを育てようという計画があるものの、なかなか土地に定着しない。
そこで、研究所に顔を出しているパナタが声をかけられ、薬草と草場の土を採取しつつ、その環境の調査をすることになった。
人の住処から離れると魔物が出没するかもしれないからと言って、他の研究者は当たり前のようについてこなかった。おれたちは酒場で飲んだくれているときにパナタに声をかけられて、強引にこの件に引き込まれたのであった。
報酬がどのくらいになるかは分からない。薬草をたくさん持って帰ることさえできれば、研究所だけでなく商人に売り捌けるかもしれないが、すでに動物や魔物に喰われているかもしれない。
今さらここまで来たことを後悔しながら、おれ達はパナタに続いて山を登り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陽が少し傾き始めた頃、おれ達は眼下に平野を見渡せる場所まで登っていた。朝に通り過ぎた村が、指でつまめるくらいの大きさに見える。
まだ目的の場所へは辿り着かず、おれ達は少し休憩することにした。
ここまで水場が無かったから水の補給ができなかった。誰かが水の魔術が使えるといいのだが、残念ながら、唯一魔術を習っていたパナタは風と土の精霊との契約をしている。土の精霊と水の精霊の仲は悪いらしい。
喉がカラカラで足も攣り気味なので、地面の上で横になり、雨でも降らないかと空を仰ぐ。
薄い色の雲がゆったりと流れて行くだけだ。
「水、もっと持ってくればよかったねぇ」
スワビも横になりながら、あきらめた様な卑屈な笑顔を浮かべて言う。
山の麓に川が流れていたので、中腹には水場があるという思い込みによる失敗だった。
モアーニが岩にゆっくりと腰掛けて、3人に話しかける。
「一度、村まで戻るのでもいいかもしれないな」
全員が遠くに小さく見える村の方を向く。来た道を何も取らずに戻るのは、冒険者として辛いことだ。
すると、何か思いついたようにパナタが立ち上がる。
「探知してみるよ」
そう呟くと、パナタは目を瞑り、腕を伸ばして左手を空に向けた。
左手からは風の精霊による緑色の光が、くるくると渦を巻きながら広がっていく。
そのまま光は広がって、徐々に空へと溶けていった。
「もう少し上に登ったところに水場があるかも知れない」
「風の魔術で水場の場所が分かるのか」
おれは眉を顰めてパナタに尋ねる。
「他より冷えてる場所があるのを精霊が見つけただけだよ。だから、違うのかも知れないし」
戦士は魔術に疎い。おれがあまり精霊と関わろうとも思わないのは資質の問題か。
ひとまず、おれ達は少しの希望を得て山の中腹へ、草場と水場を求め静かに歩き始めた。
「ここいらでよござんすか」
行商人が振り向きざま、大きな声で4人に話しかける。
揺れがひどかったために俯いて吐き気を堪えるスワビを介抱しながら、黒く長い顎髭をたくわえたモアーニは応える。
「ああ、ここまでで結構だ」
宿場でトーエン山脈の方面へ向かう行商人をつかまえ、護衛と引き換えにこの山脈の麓まで3日ほど、積荷とともに揺られてきた。
おれとパナタは飛び降りるようにして、荷馬車から離れる。スワビほど辟易してはいないが、気持ちの良い旅でもなかった。
「ワシは村に届け物をして、その後もしばらくおりますんで」
何が可笑しいのか大きな声で笑いながら、行商人は村へ戻っていった。
身体を天に向けて伸ばしながら、パナタが暫くぶりに口を開ける。
「さて、夕暮れまでに行ける分は歩かないとね」
陽射しが強く、立っているだけでも汗が噴き出してくる。
「途中に水場があるといいねぇ」
木陰で休みながら、スワビが涸れた声で言う。
4人で山登りするのは、宿場で依頼を受けたからだ。
トーエン山脈の麓の村から半日ほど登ったところに、高級な薬の材料である薬草が生い茂っているらしい。人里近くでも同じものを育てようという計画があるものの、なかなか土地に定着しない。
そこで、研究所に顔を出しているパナタが声をかけられ、薬草と草場の土を採取しつつ、その環境の調査をすることになった。
人の住処から離れると魔物が出没するかもしれないからと言って、他の研究者は当たり前のようについてこなかった。おれたちは酒場で飲んだくれているときにパナタに声をかけられて、強引にこの件に引き込まれたのであった。
報酬がどのくらいになるかは分からない。薬草をたくさん持って帰ることさえできれば、研究所だけでなく商人に売り捌けるかもしれないが、すでに動物や魔物に喰われているかもしれない。
今さらここまで来たことを後悔しながら、おれ達はパナタに続いて山を登り始めた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
陽が少し傾き始めた頃、おれ達は眼下に平野を見渡せる場所まで登っていた。朝に通り過ぎた村が、指でつまめるくらいの大きさに見える。
まだ目的の場所へは辿り着かず、おれ達は少し休憩することにした。
ここまで水場が無かったから水の補給ができなかった。誰かが水の魔術が使えるといいのだが、残念ながら、唯一魔術を習っていたパナタは風と土の精霊との契約をしている。土の精霊と水の精霊の仲は悪いらしい。
喉がカラカラで足も攣り気味なので、地面の上で横になり、雨でも降らないかと空を仰ぐ。
薄い色の雲がゆったりと流れて行くだけだ。
「水、もっと持ってくればよかったねぇ」
スワビも横になりながら、あきらめた様な卑屈な笑顔を浮かべて言う。
山の麓に川が流れていたので、中腹には水場があるという思い込みによる失敗だった。
モアーニが岩にゆっくりと腰掛けて、3人に話しかける。
「一度、村まで戻るのでもいいかもしれないな」
全員が遠くに小さく見える村の方を向く。来た道を何も取らずに戻るのは、冒険者として辛いことだ。
すると、何か思いついたようにパナタが立ち上がる。
「探知してみるよ」
そう呟くと、パナタは目を瞑り、腕を伸ばして左手を空に向けた。
左手からは風の精霊による緑色の光が、くるくると渦を巻きながら広がっていく。
そのまま光は広がって、徐々に空へと溶けていった。
「もう少し上に登ったところに水場があるかも知れない」
「風の魔術で水場の場所が分かるのか」
おれは眉を顰めてパナタに尋ねる。
「他より冷えてる場所があるのを精霊が見つけただけだよ。だから、違うのかも知れないし」
戦士は魔術に疎い。おれがあまり精霊と関わろうとも思わないのは資質の問題か。
ひとまず、おれ達は少しの希望を得て山の中腹へ、草場と水場を求め静かに歩き始めた。
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