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第1章 血宵の戦士

第2話 魔物と魔導珠

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 森の手前の、低木がまばらな草深い地。

 巨体ビッグトードの舌がこちらに向かって鋭く伸びてくる。
 おれは長身の剣を振り、左にさばき受け流す。

 魔物の舌から離れ飛んだ飛沫しぶきがかかると、手の甲が熱く、ヒリヒリと痛みだした。
 こいつの体液をまるっと浴びると身体が溶けて無くなってしまうらしい。おれはできるだけ間合いを取る。

 おれが気を引いているうちに、パナタが右側から走り寄り、巨体蛙の後ろ脚に槍を突き刺す。
 槍には熊にも効く痺れ薬が塗り込んである。

 巨体蛙に痺れの効果が現れる。片脚を引きずるようにして、その巨躯きょくを崩し土埃をあげる。

 なおも長い舌をむちのようにしならせて威嚇いかくを続ける巨体蛙の頭上に、モアーニが飛びかかる。
 鎌のような形の剣で硬い皮膚に剣先を引っ掛けて、振り落とされないように踏んばる。
 
 巨体蛙の眼があかく光り、怒り狂っているのが分かる。
 混乱しながらも、前脚と後ろ脚をバタつかせながら、おれ達を牽制けんせいしている。

「これでとどめを!」

 スワビが投げた大ぶりのダガーが回転しながら魔物の頭上に向かう。モアーニは手を伸ばし、それをつかもうとする。
 ダガーは彼の手を通り過ぎて、魔物の硬い皮膚に突き刺さった。モアーニはダガーの柄を逆手で握る。

「ちょっとれたな!」

 ニヤリとしてスワビを睨んだあと、ダガーを抜き、魔物の急所に刺し直す。
 巨体蛙ビッグトードが咆哮を上げながら、さらに激しく巨躯を上下に揺さぶる。

 モアーニの身体は宙に浮きながらも、引っかかった鎌の剣をしっかりと握り、必死に巨体蛙の頭に食らいついている。そのまま何度も大ぶりのダガーを抜いては刺し、抜いては刺していく。
 おれやパナタは巨体蛙の舌の攻撃がモアーニに向かないよう、常に魔物の目に入る場所で剣やナイフを打ち鳴らし、高い音で気を逸らし続ける。

 モアーニの執拗しつような攻撃で頭の皮膚が剥がれ、巨体蛙の眼と眼の間に魔導珠まどうじゅあらわになる。振り落とされないように右腕に力を入れたまま、左腕を肉の間に突っ込み、魔導珠に触れる。
 左手を掻き回すように動かして、魔導珠の熱さを手中に感じると、思い切りそれを引っ張り出す。

 巨体蛙は最期の咆哮ほうこうをあげる。
 激しく振動した後、皮膚を残して魔物の肉が溶け落ちていく。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

「後片付けはお手のモンだよ」

 スコップで穴を掘りながら、土のついた顔をぬぐったスワビが言う。

「戦うのは苦手だけどね。オイラこっちは頑張るよぉ」
「すまないがおれ達は疲れちまってな」

 モアーニが草の上に寝転びながら、苦い表情で息を整えながら呟く。

 巨体蛙ビッグトードは魔導珠を抜くと、ほとんどが溶け落ちて悪臭を放ち始める。残った皮膚も匂いがきついので、普通は穴を掘って埋めるか大量の油を使って燃やしきってしまうしかない。

 冒険者は魔導珠を街や王都に持っていき研究所に売り払うことで、いくばくかのお金を手に入れることができる。だが、この辺りの街には引き取ってくれる研究所が無い。そのうち王都に行かねばならないだろう。

 おれとパナタも、スワビと交替しながら穴を掘り、巨体蛙だった薄っぺらく硬い皮膚を土深く埋め、宿場に戻ることにした。
 
 今回の巨体蛙ビッグトードは弱かった。これより大きなやつは人の手には余る。大きな魔物ほど人里から離れたところに棲んでいる。宿場の近くまで出てくるような小さな魔物は、冒険者が数人でかかれば倒すことができるのだ。

 おれがこの宿場リミルガンにたどり着いてから幾月もの間、戦いで命を落としたような話は聞いていない。というよりも魔物があまり出没していない。だから魔物を倒すような職は必要がなくなり、盗賊から積荷を守るような仕事に就く若者が多い。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 疲れて言葉もなくトボトボと歩き、夕焼けが遠くの空をあかく染める刻、4人は宿場まで戻ってきた。
 全員が空腹のため、そのまま何を言うでもなく食堂に向かう。

 食堂の扉を開けると、いつもの喧騒であふれている。
 おれは全体を見廻みまわし、この間の3人組がいないことを確認した。
 空いているテーブルに4人座り、各々で注文をする。まだ疲れは残っているので、形だけの祝杯をあげ、ゆっくりと酒で喉を潤す。

 そうして静かに食事をしていると、食堂の入り口の扉が開き、大きな竪琴を持った男が入って来た。

「吟遊詩人だな」

 パナタが目を細めてつぶやく。
 男は入口から奥の方へ進み、竪琴を置いてスツールに腰を下ろす。
 喧騒がざわめきに変わり、そして静寂に包まれる。
 深緑のマントで身を包み、同じ色のハットの下には皺の多い顔。

 男は口を大きく開け息を吸う。竪琴を両手でかき鳴らしながら、いにしえから伝わる物語をささやき始める。
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