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第2章 いろどり

第12話 実家にて

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「あらあらあら、まあまあまあ」

 予想通りにかあさんが驚きの声を上げる。街の観光をして実家に戻ったら、母さんはすでに夕食の準備をしていた。俺と母さんの分しか作ってなかったので、ちょっと待っててねと言って、買い物に出掛けてしまった。

「夕食終わったら、帰ろうか」
「そうだね。私も明日は練習があるから。できれば、もう1日くらい一緒にいたかったなぁ」

 ライブが終わったら、と言おうとしてやめた。その先のことを考えるのは、今の彼女には少しこくなことだろう。

 弦の錆びたエレキベースを紹介したり、大学生の頃に読んだ本を一緒に眺めていると、かあさんが戻ってきた。

「すぐに準備するから、待っててね」
「手伝います」

 彼女は、自分のことを話しながら、母さんと夕食の準備をした。俺はまたもや手持ち無沙汰で、その光景をただ眺めていた。母さんは少し戸惑いながらも、嬉しそうに見えた。

「お父さんにはまだ、会わない方がいいわ。こんな可愛い子が彼女だなんて知ったら、血圧が上がって死んじゃうもの」

 夕食中、不謹慎な言葉を発してホホホと笑う母さんに、栗谷さんは引きった笑顔で答える。

「それは困りますけど……また今度、ゆっくりできる時に一緒に来ます。お父さんには折を見て、先にお伝えください」
「母さん、俺たち一応、ずっと付き合ってくつもりだから」
「……一応?」

 俺の言葉に、彼女の冷たい視線が刺さる。

「えと、俺は長続きしない性格なの知ってると思うけど、今回は違う。ずっと一緒って、約束したんだ。そのために正規の仕事も探してる」
「あれだけお父さんに『継続は力なり』って言われても、なんでもかんでもすぐにやめちゃったのにね。人は変われるのねぇ」

 そう言って今度は溜息混じりで笑う。言い返す言葉も無い。

「ほまれちゃん。ウチの子をよろしくね。気だけは優しい、良い子だから」
「はい!」

 彼女はキラキラした笑顔で答えた。

 夕食が終わり、かあさんに見送られながら、実家をあとにした。駅へと向かう道すがら、彼女はまた俺に腕を絡める。ふわりと不思議な温かさが伝わってくる。やっぱり、彼女と触れ合っている時の俺の世界は、たくさんの色と温もりであふれている気がする。

「そういえば、千登世ちとせちゃんをフッたんだって?」
「西山くん、歩く拡声器かな」
「びっくりした。だって、私なんかよりずっと魅力的な子だもの」
「いっつも思うんだけど、なんでそんなに卑屈なの。栗谷さんは歌もギターもめちゃくちゃ上手いし、可愛いし、俺なんかのことを好きでいてくれる最高の女性じゃないか」
「あなただって、俺なんかって言ってるじゃない。吉田くんは色んな人に愛されてる、すごく優しい人。なんかなんて言わないの」
「……そうだな。自分に自信がないのは、俺も同じか」

 笑いながら、駅へと歩いて行く。冬の到来を告げるような冷たい風も、彼女と一緒ならね除けられる。俺も彼女も、卑屈だった自分を、この街に捨てていくことにした。

 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇

 学生課のカウンターから大西くんが書類を整えるのを眺めながら、俺と竹内さんはささやき声で話す。

「なんでずっと内緒にしてたんだよ。カミングアウトできるタイミング、何回もあっただろ」
「いいじゃない。結果的に上手くいったんだから。素直に感謝しなさいよ」
「感謝はしてるよ。……強制されたら、ひねくれ者の俺はどうしてたんだろうな」
「ほらね。私はアンタの性格、よく分かってるの。でも、あの子が傷ついてどん底の時に、偶然でも吉田さんと出会ってくれて良かったよ。私だけじゃ、あんなに回復させられなかったから」
「そうか。日雇いの現場で出会ったのは演出じゃない、奇跡みたいなもんか」

 竹内さんが吹き出して笑う。

「自分で奇跡って、よく恥ずかしげもなく言えるね。アンタ、やっぱり面白いわ」

 笑い声に気付き、大西くんがカウンターへ歩いて来る。

「なんか楽しそうですね。こっちはまだ学祭の引き継ぎが終わらなくて大変です」
「2年生が少ないんだっけ。来年は俺いなくなるから、竹内さんが相談に乗ってくれると思うよ」
「私も来年はいないかも、だけどね」

 俺と大西くんは同時に驚いて竹内さんを見る。彼女は無表情で続ける。

「まあ、なんていうか、色々あって。もしかすると、だけど」

 なんだ、このぎこちなさは。何か隠してるな。俺が追撃で質問をしようとすると、肩から三角巾で腕を吊った西山さんが身を乗り出して来た。

「なんの話、してるんですか?」
「今、竹内さんが……」
「もういいの。やめてこの話」

 竹内さんが俺の腕を小突く。

「西山さん、もう動いていいの? 腕以外は大丈夫って、お兄さんから聞いてるけど、頭も打ったんだろ」
「精密検査ではなんともなかったみたいです。昨日は病院に泊まって、もういいよって帰されました」
「不幸中の幸い、って言えばいいのかな」
「あーあ、ほまれさんにギター教えてもらおうと思ってたのになぁ。大会が終わってほとんど引退してたのに、後輩の指導のために演技をしたらこのざまですよ」

 西山さんはカウンターに、動かせる方の左腕を置いて、がっくりと溜息をく。ふと、俺は係長の席を見る。良かった、今は席を外してた。あの人がいるとここで話しづらいんだよな。
 大西くんから提出された書類を点検しながら、竹内さんが言う。

「それで思い出した。クリスマス・イヴだよね、ほまれちゃんのバンドの最終公演。私はもちろん行くけど、吉田さんも行くよね」
「行くよ。もちろん」
「僕も行きたいです」
「私もー」

 そう。栗谷さんの音楽家としての旅は、もうすぐ終わろうとしている。

 <第2章 いろどり:終>
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