22 / 22
第22話 愉快な仲間たち
しおりを挟む
時は流れて、3月。
木々は芽吹き、春の足音が近付いてきた頃。文芸部の部室はザワザワと騒がしくなっていた。
「この制服、いい匂いねクンカクンカ」
「イッチーさぁ、最終話を奇妙な台詞から始めるのやめてもらっていいかな」
12月に提出した作品の、プレゼンの日が来たのだ。一子がプロデュースした文芸部制作のパズルゲームは、第一次選考と第二次選考を通過した。本日のオンラインプレゼン後の審査で最終結果が決まる。
プレゼンはプロデューサーがやるべきと全員一致で決まり、制服は輝羅が余りを持っていたので貸すことになった。そうして江九里高校の制服を着た一子は、オンラインプレゼン用のノートパソコンの前に座り待機している。
「あの……、篠崎先輩。もう髪は触っていただかなくて大丈夫ですよ。もう十分セット出来てると思います」
「そう? でも一子ちゃんの髪、艶があって綺麗だからいじりたくなっちゃうのよね」
今作ではほとんど出番のなかった篠崎萌絵奈は、美術大学への進学を決めていた。すでに幾つかの作品展で受賞しており、ゆくゆくはイラストレーターになろうと考えているとかなんとか。
「萌絵奈は前々回出番があった私に嫉妬してるの。最終話くらいはきちんと出たかったんだって」
奥山霧子は父親の紹介で、有名なジャズベーシストに師事することになった。現在所属しているインディーズバンドのベーシストとしても引き続き活動していくそうだ。
「プロフェッサー、前のグループのプレゼンはあとどのくらい?」
北川輝羅は横浜の理系大学に合格した。情報学部でソフトウェアについての知識を得て、有名なゲーム会社に入り売れるゲームを作ることが今の目標だ。
「あと3分の予定だ。紫乃木 さん、操作は問題ないか?」
高島は……まあ、どうでもいいか。ずっと教師を続けるんだろう。
「問題ありません。ミイナ。カンペはもうちょっと左でお願い」
「はいはい。……あ、下の名前」
「なによ、下の名前で呼んじゃダメなの?」
「ううん。とっても嬉しいよ」
一子は耳を赤くして、ふいっと窓の方を見た。麗がそっとミイナに耳打ちする。
「お姉ちゃん、ずっとこうやって呼びたかったみたいです。部屋で練習してましたから」
「ちょっと麗、余計なこと……」
「紫乃木 さん、出番だ。カメラとマイクがオンになったら話し始めてくれ。3……、2……、1……」
高島が手で合図する。一子は震える両手に力を込めて、精一杯の笑顔を作り、カメラを見た。
「江九里高等学校、文芸部2年の紫乃木一子です。この度は……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミイナと史緒里は校庭にある古びたベンチに座っていた。
「惜しくも受賞は逃しました……か。ゴメンね、史緒里ちゃん。受賞歴を作ってあげたかったのに」
「いいさ。まだまだチャンスはあるんだし、ゲームじゃないグラフィックコンテストだってたくさんあるからね。ボクらの可能性は、いつだって無限大だよ」
「すっごいポジティブ。いいなぁ天才は」
「天才なんかじゃ……。あ、そうだ。ボクが卒業後に入ろうと思ってる会社、プログラマーの募集もしてるんだけど、一緒にどう?」
「高卒かー。お母さんが許すかなぁ。あと輝羅……今度、ちらっと話してみるね」
青空を飛行機が滑って行く。あの一直線に引かれた飛行機雲みたいに、まっすぐ夢へ向かっていける人はどのくらいいるんだろうか。
「無料配布したハクスラもイマイチな評価だったし、こんなんじゃ新入生にアピール出来ないよねぇ」
「今年は新歓、頑張ろうか。簡単プログラミング講座とか、3Dグラフィック制作体験とかやってみる?」
「それ、良いかも。目指せ文芸部存続! プロジェクトだね」
空を見上げながら喋っていると、2階の渡り廊下から輝羅の声がした。
「そんな所にいたのね。麗さんが次のゲームのアイデア大発表会をするから、部室に戻って来て」
「うん! すぐ行くよ」
ミイナと史緒里は立ち上がる。ひと伸びして、史緒里が微笑んで言う。
「ついに世界をあっと言わせるゲームの誕生かな?」
「どうだろう。案外、普通のRPGかも知れないよ」
ふたりは笑う。
まっすぐ進めなくても、壁にぶつかっても、あたしたちなら大丈夫。
あの場所にはいつだって、愉快な仲間たちがいるんだから!
〈了〉
木々は芽吹き、春の足音が近付いてきた頃。文芸部の部室はザワザワと騒がしくなっていた。
「この制服、いい匂いねクンカクンカ」
「イッチーさぁ、最終話を奇妙な台詞から始めるのやめてもらっていいかな」
12月に提出した作品の、プレゼンの日が来たのだ。一子がプロデュースした文芸部制作のパズルゲームは、第一次選考と第二次選考を通過した。本日のオンラインプレゼン後の審査で最終結果が決まる。
プレゼンはプロデューサーがやるべきと全員一致で決まり、制服は輝羅が余りを持っていたので貸すことになった。そうして江九里高校の制服を着た一子は、オンラインプレゼン用のノートパソコンの前に座り待機している。
「あの……、篠崎先輩。もう髪は触っていただかなくて大丈夫ですよ。もう十分セット出来てると思います」
「そう? でも一子ちゃんの髪、艶があって綺麗だからいじりたくなっちゃうのよね」
今作ではほとんど出番のなかった篠崎萌絵奈は、美術大学への進学を決めていた。すでに幾つかの作品展で受賞しており、ゆくゆくはイラストレーターになろうと考えているとかなんとか。
「萌絵奈は前々回出番があった私に嫉妬してるの。最終話くらいはきちんと出たかったんだって」
奥山霧子は父親の紹介で、有名なジャズベーシストに師事することになった。現在所属しているインディーズバンドのベーシストとしても引き続き活動していくそうだ。
「プロフェッサー、前のグループのプレゼンはあとどのくらい?」
北川輝羅は横浜の理系大学に合格した。情報学部でソフトウェアについての知識を得て、有名なゲーム会社に入り売れるゲームを作ることが今の目標だ。
「あと3分の予定だ。紫乃木 さん、操作は問題ないか?」
高島は……まあ、どうでもいいか。ずっと教師を続けるんだろう。
「問題ありません。ミイナ。カンペはもうちょっと左でお願い」
「はいはい。……あ、下の名前」
「なによ、下の名前で呼んじゃダメなの?」
「ううん。とっても嬉しいよ」
一子は耳を赤くして、ふいっと窓の方を見た。麗がそっとミイナに耳打ちする。
「お姉ちゃん、ずっとこうやって呼びたかったみたいです。部屋で練習してましたから」
「ちょっと麗、余計なこと……」
「紫乃木 さん、出番だ。カメラとマイクがオンになったら話し始めてくれ。3……、2……、1……」
高島が手で合図する。一子は震える両手に力を込めて、精一杯の笑顔を作り、カメラを見た。
「江九里高等学校、文芸部2年の紫乃木一子です。この度は……」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ミイナと史緒里は校庭にある古びたベンチに座っていた。
「惜しくも受賞は逃しました……か。ゴメンね、史緒里ちゃん。受賞歴を作ってあげたかったのに」
「いいさ。まだまだチャンスはあるんだし、ゲームじゃないグラフィックコンテストだってたくさんあるからね。ボクらの可能性は、いつだって無限大だよ」
「すっごいポジティブ。いいなぁ天才は」
「天才なんかじゃ……。あ、そうだ。ボクが卒業後に入ろうと思ってる会社、プログラマーの募集もしてるんだけど、一緒にどう?」
「高卒かー。お母さんが許すかなぁ。あと輝羅……今度、ちらっと話してみるね」
青空を飛行機が滑って行く。あの一直線に引かれた飛行機雲みたいに、まっすぐ夢へ向かっていける人はどのくらいいるんだろうか。
「無料配布したハクスラもイマイチな評価だったし、こんなんじゃ新入生にアピール出来ないよねぇ」
「今年は新歓、頑張ろうか。簡単プログラミング講座とか、3Dグラフィック制作体験とかやってみる?」
「それ、良いかも。目指せ文芸部存続! プロジェクトだね」
空を見上げながら喋っていると、2階の渡り廊下から輝羅の声がした。
「そんな所にいたのね。麗さんが次のゲームのアイデア大発表会をするから、部室に戻って来て」
「うん! すぐ行くよ」
ミイナと史緒里は立ち上がる。ひと伸びして、史緒里が微笑んで言う。
「ついに世界をあっと言わせるゲームの誕生かな?」
「どうだろう。案外、普通のRPGかも知れないよ」
ふたりは笑う。
まっすぐ進めなくても、壁にぶつかっても、あたしたちなら大丈夫。
あの場所にはいつだって、愉快な仲間たちがいるんだから!
〈了〉
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
ひいきが勝てません!
おくむらなをし
現代文学
サトルはプロ野球好きで、とある弱小チームの大ファン。
ある日、自分の行動で、贔屓のチームの勝ち負けが変わるのでは、と思い立つ。
そこから、彼の様々な試みが始まるのであった。
◇この小説はフィクションです。全15話、完結済み。
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
いつかの月ひとめぐり
おくむらなをし
現代文学
毅(たけし)は会社の金をくすねてボコボコにされ河川敷に捨てられた。
その日、父親からの連絡で聞かされたのは、兄が職場で倒れ意識不明の状態だという事。
ワケあって兄に預けていた娘の今後について話し合うため、毅は一時帰省する。
たったひと月、けれど大切なひと月の話。
◇この物語はフィクションです。全31話、完結済み。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ぐれい、すけいる。
羽上帆樽
現代文学
●時間は過ぎる。色を載せて。
近況報告代わりの日記帳です。描いてあるのは、この世界とは別の世界の、いつかの記録。とある二人の人生の欠片。1部1000文字程度、全50部を予定。毎週土曜日に更新します。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる