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第17話 次の手は
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学校はまだまだ夏休み。お盆のちょっと前、幽霊部員を除く現役メンバー4人全員が集まった文芸部の部室にて。
ミイナが両肘をデスクの上に置き両手を顔の前で組み、ゆっくりとした口調で喋り始める。
「今のゲームと、これから作るゲームのことを決めようと思うんだけど」
麗はデスクから身を乗り出すようにして、ミイナに訊ねる。
「これから作るゲームって、何のことですか?」
「今作ってるハクスラ、面白くないからさ。そりゃ完成はするだろうけど、きっと達成感は無いと思う。だとしたら、もう次の目標を持って進んでいった方が良いんじゃないかな」
「面白くないって、はっきり言いましたね……」
珍しく黙って聞いていた一子が、ミイナの顔をしっかりと見据えて低めの声を出す。
「動画はどうするの? もうやめる?」
「動画投稿は続けてもらいたいな。今のゲームはちゃんと完成させて、コンテストに応募して、そのあとPCゲームの販売サイトで無料配布するつもりだから」
「販売サイト……無料ねぇ。それは何のため?」
「史緒里ちゃんのため。せっかくの凄いグラフィック、出来たらたくさんの人に見てもらいたいんだよ。コンテストで落ちても、それなら史緒里ちゃんの仕事は無駄にならないでしょ」
「まあ、そうね。星川はそれでいいの?」
史緒里は急に話を振られて目を見開く。少し俯きかげんで考えて、顔を上げた。
「ボクは、もっさんに任せる。あり合わせで用意した分も含めて手は抜いてないから、全世界に公開してもらって構わないよ」
一子はひとつ息を吐いて、ノートパソコンで動画サイトのアナリティクスをチェックした。
「既に動画で全世界に公開してるんだけど。まだ登録者数60人ちょっとだし、何でか知らないけど日本以外からのアクセスが多いから、まぁ今のところ誰にも知られてないようなものね」
ミイナも一子のパソコンの画面を覗き、ウンウンと納得したように頷いた。
「で、ここからが本題なんだけど。次に作るゲームのことね」
いつになく真剣な表情のミイナに、麗は少しの不安を覚える。文芸部で誰かが真剣な顔をするとロクなことがないからだ。それはさておき、ミイナは表情を緩めることなく続ける。
「もう一つ年末締め切りのゲーム開発コンテストがあって、それにも応募するつもり。……そのゲームのプロデュースは、イッチーに任せたい」
麗と一子は目を見合わせる。そして一子は目をぱちくりさせてミイナに向き直った。
「麗の手助けじゃなくて私が作るってことは……。どうしてもコンテストで賞を獲りたいのね」
「うん。ゴメンね麗ちゃん。でも来年部員を増やすためには絶対、賞を獲らなきゃいけないと思うんだ」
「あ、えーと、わたしはいいんですけど、お姉ちゃんはどうなんだろう」
ミイナと麗は同時に一子の顔を見つめた。一子は口を真一文字にして、ウムムと唸っている。
壁掛け時計の、秒針の小さな動作音が部室の中に響く。
しばらく待っていると、眉を顰めたまま意を決したように口を開く一子。
「私は佐久羅高校の……」
「無理なら、もうこの部室には来ないで欲しい。これはお願いじゃないから」
「いやいやいやちゃんと最後まで聞きなさいよ! やるわ、やるってば! もう……、今めちゃくちゃカッコ良いこと言おうとしたのに」
ミイナはニコッと笑って、ありがと、と呟く。麗はそんなミイナの強気な姿にちょっとビビっていた。いつでもほんわかタイプというわけではなかったのか、と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お姉ちゃん、本当によかったの? 多分、佐久羅高校もそのコンテストに出品するでしょ」
部活からの帰り道、麗はなぜか3歩下がってついてくる一子に声をかけた。会議の後も、一子はずっと険しい表情のままだった。ミイナの気迫に押されてなのかプロデュース依頼を承諾したものの、まだ心に引っ掛かることがあるに違いない。
「それは別に……。何を作るか悩んでるだけよ」
「えっ、そうなんだ。こっちに集中しろって言われたことで悩んでるのかと思ってた」
「なに言ってるの、私は文芸部員よ。来年だって夏まではそうなんだから、部活のためになることなら喜んで受けるに決まってるじゃない」
立ち止まる麗の横を通り過ぎた一子が、怪訝な顔で振り返った。
「何? おかしなことは言ってないでしょ」
「もしかして、……わたしのため? 来年、部員が入らないと部が無くなっちゃうから?」
一子はその長い黒髪を手でバサっと払い、また歩き出す。
「さぁねー、どうだか。下村が悪いのよ。私の決め台詞をちゃんと最後まで聞こうとしなかったんだから」
「じゃあ、さっきの続き、わたしだけに聞かせてよ。ねっ」
「イヤでーす。シチュエーションとか情緒とかが大事なの。過ぎ去った刻は、もう戻らないのよ」
「なにさ、ドケチ!」
一子があっかんべをして走り出す。麗も割と本気で追いつこうと駆け出した。結局、家まで全力疾走してヘトヘトになる紫乃木姉妹であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、ミイナと史緒里は学校の自転車置き場にいた。
「あ、史緒里ちゃん、明日お祭りだね。輝羅が浴衣貸してくれるんだって。行くでしょ?」
「もちろん行くよ。ちなみにその浴衣は元々ウチのなんだけどね」
「そうなんだぁ。まるで前からいっぱい持ってるみたいな言い方してたけど」
「昔から、輝羅はそういうヤツだよ。小学生の時に貸した色鉛筆だって、まだ返してもらえてないんだ」
ミイナはポンと手を合わせる。
「そうなんだよね。やられた方はずっと憶えてるんだけど、やらかした方はすぐ忘れちゃうんだよ」
「そうそう。まあ被害額も少ないし、今となってはどうでもいいんだけどさ」
そうかー、と納得して自転車を漕ぎ出そうとするミイナを、史緒里は呼び止める。
「あの……さ、もっさん」
「ん?」
「……いや、なんでもない。じゃあ、また明日。昼過ぎに輝羅の家に行くよ」
「お疲れさま。お祭り、楽しもうね」
笑顔で手を振って先に正門を出て行くミイナ。ポツンと残されて、史緒里は独り呟く。
「どうやって言ったらいいんだろ……」
ミイナが両肘をデスクの上に置き両手を顔の前で組み、ゆっくりとした口調で喋り始める。
「今のゲームと、これから作るゲームのことを決めようと思うんだけど」
麗はデスクから身を乗り出すようにして、ミイナに訊ねる。
「これから作るゲームって、何のことですか?」
「今作ってるハクスラ、面白くないからさ。そりゃ完成はするだろうけど、きっと達成感は無いと思う。だとしたら、もう次の目標を持って進んでいった方が良いんじゃないかな」
「面白くないって、はっきり言いましたね……」
珍しく黙って聞いていた一子が、ミイナの顔をしっかりと見据えて低めの声を出す。
「動画はどうするの? もうやめる?」
「動画投稿は続けてもらいたいな。今のゲームはちゃんと完成させて、コンテストに応募して、そのあとPCゲームの販売サイトで無料配布するつもりだから」
「販売サイト……無料ねぇ。それは何のため?」
「史緒里ちゃんのため。せっかくの凄いグラフィック、出来たらたくさんの人に見てもらいたいんだよ。コンテストで落ちても、それなら史緒里ちゃんの仕事は無駄にならないでしょ」
「まあ、そうね。星川はそれでいいの?」
史緒里は急に話を振られて目を見開く。少し俯きかげんで考えて、顔を上げた。
「ボクは、もっさんに任せる。あり合わせで用意した分も含めて手は抜いてないから、全世界に公開してもらって構わないよ」
一子はひとつ息を吐いて、ノートパソコンで動画サイトのアナリティクスをチェックした。
「既に動画で全世界に公開してるんだけど。まだ登録者数60人ちょっとだし、何でか知らないけど日本以外からのアクセスが多いから、まぁ今のところ誰にも知られてないようなものね」
ミイナも一子のパソコンの画面を覗き、ウンウンと納得したように頷いた。
「で、ここからが本題なんだけど。次に作るゲームのことね」
いつになく真剣な表情のミイナに、麗は少しの不安を覚える。文芸部で誰かが真剣な顔をするとロクなことがないからだ。それはさておき、ミイナは表情を緩めることなく続ける。
「もう一つ年末締め切りのゲーム開発コンテストがあって、それにも応募するつもり。……そのゲームのプロデュースは、イッチーに任せたい」
麗と一子は目を見合わせる。そして一子は目をぱちくりさせてミイナに向き直った。
「麗の手助けじゃなくて私が作るってことは……。どうしてもコンテストで賞を獲りたいのね」
「うん。ゴメンね麗ちゃん。でも来年部員を増やすためには絶対、賞を獲らなきゃいけないと思うんだ」
「あ、えーと、わたしはいいんですけど、お姉ちゃんはどうなんだろう」
ミイナと麗は同時に一子の顔を見つめた。一子は口を真一文字にして、ウムムと唸っている。
壁掛け時計の、秒針の小さな動作音が部室の中に響く。
しばらく待っていると、眉を顰めたまま意を決したように口を開く一子。
「私は佐久羅高校の……」
「無理なら、もうこの部室には来ないで欲しい。これはお願いじゃないから」
「いやいやいやちゃんと最後まで聞きなさいよ! やるわ、やるってば! もう……、今めちゃくちゃカッコ良いこと言おうとしたのに」
ミイナはニコッと笑って、ありがと、と呟く。麗はそんなミイナの強気な姿にちょっとビビっていた。いつでもほんわかタイプというわけではなかったのか、と。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「お姉ちゃん、本当によかったの? 多分、佐久羅高校もそのコンテストに出品するでしょ」
部活からの帰り道、麗はなぜか3歩下がってついてくる一子に声をかけた。会議の後も、一子はずっと険しい表情のままだった。ミイナの気迫に押されてなのかプロデュース依頼を承諾したものの、まだ心に引っ掛かることがあるに違いない。
「それは別に……。何を作るか悩んでるだけよ」
「えっ、そうなんだ。こっちに集中しろって言われたことで悩んでるのかと思ってた」
「なに言ってるの、私は文芸部員よ。来年だって夏まではそうなんだから、部活のためになることなら喜んで受けるに決まってるじゃない」
立ち止まる麗の横を通り過ぎた一子が、怪訝な顔で振り返った。
「何? おかしなことは言ってないでしょ」
「もしかして、……わたしのため? 来年、部員が入らないと部が無くなっちゃうから?」
一子はその長い黒髪を手でバサっと払い、また歩き出す。
「さぁねー、どうだか。下村が悪いのよ。私の決め台詞をちゃんと最後まで聞こうとしなかったんだから」
「じゃあ、さっきの続き、わたしだけに聞かせてよ。ねっ」
「イヤでーす。シチュエーションとか情緒とかが大事なの。過ぎ去った刻は、もう戻らないのよ」
「なにさ、ドケチ!」
一子があっかんべをして走り出す。麗も割と本気で追いつこうと駆け出した。結局、家まで全力疾走してヘトヘトになる紫乃木姉妹であった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
一方、ミイナと史緒里は学校の自転車置き場にいた。
「あ、史緒里ちゃん、明日お祭りだね。輝羅が浴衣貸してくれるんだって。行くでしょ?」
「もちろん行くよ。ちなみにその浴衣は元々ウチのなんだけどね」
「そうなんだぁ。まるで前からいっぱい持ってるみたいな言い方してたけど」
「昔から、輝羅はそういうヤツだよ。小学生の時に貸した色鉛筆だって、まだ返してもらえてないんだ」
ミイナはポンと手を合わせる。
「そうなんだよね。やられた方はずっと憶えてるんだけど、やらかした方はすぐ忘れちゃうんだよ」
「そうそう。まあ被害額も少ないし、今となってはどうでもいいんだけどさ」
そうかー、と納得して自転車を漕ぎ出そうとするミイナを、史緒里は呼び止める。
「あの……さ、もっさん」
「ん?」
「……いや、なんでもない。じゃあ、また明日。昼過ぎに輝羅の家に行くよ」
「お疲れさま。お祭り、楽しもうね」
笑顔で手を振って先に正門を出て行くミイナ。ポツンと残されて、史緒里は独り呟く。
「どうやって言ったらいいんだろ……」
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