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第3章 星の記憶 編
第22話 Eden(楽園)
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「2週間かぁ。地上が恋しいなー!」
私が海に向かって叫んでいると、ヘリの出発準備をしている五十嵐さんが笑った。
「沙織ちゃん、また楽園についてくるか?! 荷物を下ろすだけのつまらん飛行だけどな!」
私は大きな身振りで固辞した。2日前にもヘリに乗ったから、本当にただ荷物を置いてくるだけの退屈な行程だと分かってる。
日本の東に建造中のとんでもなく広いプールみたいな施設、私たちが楽園と呼んでいる場所は、機体たちの新しい住処だ。
防護服を着けた人々と機体たちによって、護岸工事や、それほど深くない海底に神殿のようなものの建造が行われている。
それ自体は目的ではなく、事態の解決への対応策が決まるまでの時間稼ぎでしかない。機体を生み出していると思われるマザーと交信できれば良いのだが、その方法は未だに模索の段階ですらなかった。つまり、何も進展していない。
「なぁに難しい顔してんだ。可愛い顔が台無しだぜ」
「そんなお世辞言っても、何にも出ませんよ。それに……」
私の言葉を、スピーカーから出た甲斐さんの大きな声が遮る。
『星宮くん! 五十嵐さん! すぐに来てくれ、スクランブルだ!』
五十嵐さんと私は顔を見合わせ、コントロールルームへ急いだ。
中に入ると、大型ディスプレイに海岸が映っていた。後ろに荒野が見える。
「米軍のドローン映像だ。少し巻き戻そう」
甲斐さんが部下に指示すると、映像は5分ほど前まで戻された。大きな細長い影がとぐろを巻きながら、海岸線を動いている。
「物凄く大きく見えますね……。蛇? ドラゴン?」
「楠木さんの、地の神ベヒモスの呼び名と同じ感覚で言えば、海の神レヴィアタンだ。リヴァイアサンと言った方が分かりやすいのかな」
「レヴィアタン……何メートルくらいあるんですか?」
「映像から推測すると、およそ50メートルくらいか。アウルの2倍弱ってとこだ」
映像の中で、恐竜の形の機体たちが、レヴィアタンの尾の攻撃で吹き飛ばされている。この中には、クロエの仲間も含まれているのだろうか。
「星宮くんは今、アウルと交信できるか? 出来たら、飛べる機体を至急アメリカに向かわせて欲しい。あんなのが上陸したら、ひとつの州が丸ごと壊滅させられるぞ」
……アウル、聴こえる? ……アウル……。
「ダメです。全く返事がありません。楽園まで行かないと」
甲斐さんは頷いて、五十嵐さんを見る。
「荷物の運搬は後回しです。すぐに楽園へ向かいましょう」
「おう! どのみち準備してたとこだ。いつでも飛べるぜ!」
五十嵐さんはコントロールルームを飛び出す。甲斐さんは部下に指示を出して、機材を抱えると、私を呼んだ。
「俺が機材を運ぶから、星宮くんはコウに連絡しておいてくれ」
「分かりました。連絡したら、私もすぐに行きます」
私はコントロールルームに備え付けの衛星電話を取った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヘリは全速力で楽園を目指す。
「そろそろ見えてくるだろう。星宮くん、まだアウルと交信できない?」
「やってみます」
私は目を瞑り、アウルに呼びかける。
『沙織、どうしたの?』
「アウル、かなり離れた場所に、大きな龍みたいなのがいるけど。分かるかな」
『あいつだよ、僕が大嫌いな奴だ。でもめちゃくちゃ強いんだ。あいつに勝てる子はいないよ』
私は甲斐さんに伝える。
「アウルによると、あの龍……レヴィアタンは相当強いみたいです」
「アウルだけじゃなくて、現地の機体とか、楽園の機体を集めても無理そうかい?」
……アウル、皆で力を合わせたら止められないかな。そうしないと、また私たちの世界が壊れてしまうの。
『じゃあ、ここにいる子らに訊いてみるよ。できるだけたくさん連れていけばいいんだよね』
私は目を開ける。背中が汗でびっしょりだ。着替えは持ってないから、我慢するしかなさそう。
甲斐さんがタオルを手渡ししてくれた。
「顔が汗まみれだ。拭いておきな」
「ありがとう。でも、まだ出発すらしてないんで、この後どこまでアウルと意思疎通できるか分かりませんけどね」
「いいんだ。俺たちは、出来ることをやるまでさ」
五十嵐さんが大声を出す。
「奴さんたちが飛んでいくぜ! 3体だ。あの数でどうにかなるのか?!」
アウルと、飛龍と、巨大な蝶が飛んで行く。
「甲斐さん、あの蝶知ってますか?」
「知らないな。自分の意思で楽園に棲みついてたのかな」
まあとにかく、味方は、多いに越したことはない。
「五十嵐さん、ヘリはどれくらい飛べますか?」
「あと30分くらいで引き返さないと、燃料が切れるぜ。あとはもう、あいつらに任せたらいいんじゃないか」
そういうわけにはいかない。私は、この世界を守るために出来るだけのことをするって決めたんだ。
「甲斐さん、私は今からずっとアウルと意識を繋ぎます。私が死んだら後のことはお願いします」
甲斐さんは真剣な顔で私の肩を掴む。
「それ、冗談で言ってたら許さないぞ」
「本気です。生命を賭けて、レヴィアタンを止めます」
甲斐さんが私の目をしばらく見詰め、ふっと息を吐いた。
「俺には、何が出来るかな」
「私が意識をアウルに飛ばしても倒れないように支えておいてください。あと、手を繋いでください」
「分かった。絶対、離さないよ」
甲斐さんは、私の身体を引き寄せて手を握る。私は温もりに包まれながら、目を閉じた。
そして、私の最後の戦いが始まった。
私が海に向かって叫んでいると、ヘリの出発準備をしている五十嵐さんが笑った。
「沙織ちゃん、また楽園についてくるか?! 荷物を下ろすだけのつまらん飛行だけどな!」
私は大きな身振りで固辞した。2日前にもヘリに乗ったから、本当にただ荷物を置いてくるだけの退屈な行程だと分かってる。
日本の東に建造中のとんでもなく広いプールみたいな施設、私たちが楽園と呼んでいる場所は、機体たちの新しい住処だ。
防護服を着けた人々と機体たちによって、護岸工事や、それほど深くない海底に神殿のようなものの建造が行われている。
それ自体は目的ではなく、事態の解決への対応策が決まるまでの時間稼ぎでしかない。機体を生み出していると思われるマザーと交信できれば良いのだが、その方法は未だに模索の段階ですらなかった。つまり、何も進展していない。
「なぁに難しい顔してんだ。可愛い顔が台無しだぜ」
「そんなお世辞言っても、何にも出ませんよ。それに……」
私の言葉を、スピーカーから出た甲斐さんの大きな声が遮る。
『星宮くん! 五十嵐さん! すぐに来てくれ、スクランブルだ!』
五十嵐さんと私は顔を見合わせ、コントロールルームへ急いだ。
中に入ると、大型ディスプレイに海岸が映っていた。後ろに荒野が見える。
「米軍のドローン映像だ。少し巻き戻そう」
甲斐さんが部下に指示すると、映像は5分ほど前まで戻された。大きな細長い影がとぐろを巻きながら、海岸線を動いている。
「物凄く大きく見えますね……。蛇? ドラゴン?」
「楠木さんの、地の神ベヒモスの呼び名と同じ感覚で言えば、海の神レヴィアタンだ。リヴァイアサンと言った方が分かりやすいのかな」
「レヴィアタン……何メートルくらいあるんですか?」
「映像から推測すると、およそ50メートルくらいか。アウルの2倍弱ってとこだ」
映像の中で、恐竜の形の機体たちが、レヴィアタンの尾の攻撃で吹き飛ばされている。この中には、クロエの仲間も含まれているのだろうか。
「星宮くんは今、アウルと交信できるか? 出来たら、飛べる機体を至急アメリカに向かわせて欲しい。あんなのが上陸したら、ひとつの州が丸ごと壊滅させられるぞ」
……アウル、聴こえる? ……アウル……。
「ダメです。全く返事がありません。楽園まで行かないと」
甲斐さんは頷いて、五十嵐さんを見る。
「荷物の運搬は後回しです。すぐに楽園へ向かいましょう」
「おう! どのみち準備してたとこだ。いつでも飛べるぜ!」
五十嵐さんはコントロールルームを飛び出す。甲斐さんは部下に指示を出して、機材を抱えると、私を呼んだ。
「俺が機材を運ぶから、星宮くんはコウに連絡しておいてくれ」
「分かりました。連絡したら、私もすぐに行きます」
私はコントロールルームに備え付けの衛星電話を取った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヘリは全速力で楽園を目指す。
「そろそろ見えてくるだろう。星宮くん、まだアウルと交信できない?」
「やってみます」
私は目を瞑り、アウルに呼びかける。
『沙織、どうしたの?』
「アウル、かなり離れた場所に、大きな龍みたいなのがいるけど。分かるかな」
『あいつだよ、僕が大嫌いな奴だ。でもめちゃくちゃ強いんだ。あいつに勝てる子はいないよ』
私は甲斐さんに伝える。
「アウルによると、あの龍……レヴィアタンは相当強いみたいです」
「アウルだけじゃなくて、現地の機体とか、楽園の機体を集めても無理そうかい?」
……アウル、皆で力を合わせたら止められないかな。そうしないと、また私たちの世界が壊れてしまうの。
『じゃあ、ここにいる子らに訊いてみるよ。できるだけたくさん連れていけばいいんだよね』
私は目を開ける。背中が汗でびっしょりだ。着替えは持ってないから、我慢するしかなさそう。
甲斐さんがタオルを手渡ししてくれた。
「顔が汗まみれだ。拭いておきな」
「ありがとう。でも、まだ出発すらしてないんで、この後どこまでアウルと意思疎通できるか分かりませんけどね」
「いいんだ。俺たちは、出来ることをやるまでさ」
五十嵐さんが大声を出す。
「奴さんたちが飛んでいくぜ! 3体だ。あの数でどうにかなるのか?!」
アウルと、飛龍と、巨大な蝶が飛んで行く。
「甲斐さん、あの蝶知ってますか?」
「知らないな。自分の意思で楽園に棲みついてたのかな」
まあとにかく、味方は、多いに越したことはない。
「五十嵐さん、ヘリはどれくらい飛べますか?」
「あと30分くらいで引き返さないと、燃料が切れるぜ。あとはもう、あいつらに任せたらいいんじゃないか」
そういうわけにはいかない。私は、この世界を守るために出来るだけのことをするって決めたんだ。
「甲斐さん、私は今からずっとアウルと意識を繋ぎます。私が死んだら後のことはお願いします」
甲斐さんは真剣な顔で私の肩を掴む。
「それ、冗談で言ってたら許さないぞ」
「本気です。生命を賭けて、レヴィアタンを止めます」
甲斐さんが私の目をしばらく見詰め、ふっと息を吐いた。
「俺には、何が出来るかな」
「私が意識をアウルに飛ばしても倒れないように支えておいてください。あと、手を繋いでください」
「分かった。絶対、離さないよ」
甲斐さんは、私の身体を引き寄せて手を握る。私は温もりに包まれながら、目を閉じた。
そして、私の最後の戦いが始まった。
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