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第1章 星宮沙織 編
第6話 Battlefield(戦場)
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「ちょっとずつでいいから、こっちに来て!」
以前は野球の試合に使われていた吹き抜けのグラウンドで、私はアウルと対峙していた。
頭の中で、白いフクロウを手招きする。
アウルは、蛇のような1本脚を揺らし土煙を上げながら、私の居る場所に向かってゆっくりと進んで来る。
観客席から拡声器を使って、御堂さんが次の指令を出してくる。
「次は、そこのドラム缶を持たせてみてくれ。できたら、持ち上げて、あそこのターゲットに投げられないかな」
ターゲットは、バックネットのところに置いた大きなトタンの板だ。赤いスプレーで大きな丸が描かれている。
イメージに現れる白いフクロウの両脚には4本の指がある。でも、アウルの両腕から生えている指は3本ずつだ。とりあえず、頭の中のフクロウに目の前のドラム缶を掴んでもらうようイメージしてみる。
アウルの左腕がドラム缶に伸びる。少し期待感を持って見守る。
ゆっくりとドラム缶を持って……。
3本の指で、空のドラム缶を握り潰してしまった。グシャッという音が虚しく響く。
「流石にまだ、細かいことは無理かな」
呟いた私に笑いかけるかのように、アウルの目が鈍い光を放った。
「でも、この子は、何をエネルギーにして動いてるんだろう」
私は観客席に座って、グラウンドの上からじっとこちらを見ているアウルを眺めながら、御堂さんに聞いた。
「まったく分からないな。例えば、どこかが破壊されたりして中身が少しでも露出すれば、何か分かるかもだけど」
「それは嫌。アウルには傷ついて欲しくないから」
御堂さんはやれやれといった感じで溜息を吐く。
「そういえば、鮎保少佐がインドへ向かった。あっちにも人間に懐いた機体がいるらしい。観に行ってくるって、張りきってチャーター機で飛んで行ったよ」
私は立ち上がり、伸びをする。
「ここにいると世界が終わったみたいに感じるけど、他の場所では、何も問題なく今まで通り暮らしてたりするんだよね」
観客席から景色を見渡す。風下の、私の家があった方向に、高いバリケードが聳え立っているのが見える。屍人の粉がばら撒かれた地域は完全に封鎖された。その中で生きてる人もいるのかも知れないが、一切、出入りはできない。私の親も、五十嵐さんの娘さんも、あのバリケードの向こうのどこかにいるはずだ。たとえ……。
「おー、コレが機体か。近くで見るとデカいなぁ」
「アウルって名前ですよ。甲斐さん」
男の人の声に、御堂さんが反応した。
振り向くと、いつの間にか、包帯だらけの男の人が3列後ろの席に座っていた。さらにその後ろには、5人の軍服の人たちが立ち並んでいる。
少しウェーブのかかった黒髪に、精悍な顔立ちで、目は切れ長だ。痛々しい姿の割には、楽しそうな表情でアウルを眺めている。
「君が星宮くんかい。あと二日でアイツの操縦を出来るようになってもらわないと、東京が壊滅するかもよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アウルが動くと色々なものを破壊する恐れがあるということで、またクレーン車で吊られたまま、工場跡地に戻された。何度見ても、切ない光景だ。
私たちは計算室に集合する。インドに向かっているコウさんの顔が、横長のディスプレイに大映しになっている。
『甲斐、観測艦を爆破したそうじゃない。何があったの』
「思い出したくもないんだけどね……」
甲斐さんは、これまでに起きた事を話す。
まず、アウルが私の学校に堕ちた後、あの子がどこから飛んで来たのかを確認したらしい。気象用のカメラ映像や、衛星からの画像、目撃情報などから、出所の海域がほぼ特定された。
甲斐さん率いる海上部隊は、無人探査船やミサイルを収容した海洋観測艦を繰り出して、その海域で調査を始めた。
無人探索機を海底目指して潜航させていたところ、異様な光景がカメラに映った。
「それが、この化け物だ」
黒板くらいの大きさのディスプレイの3分の1はコウさん、残りの領域ではカメラの映像が流れる。
暗い海の中を、探査機から出たビーム状の光が照らす。しばらくすると、大きな影が光を遮った。
『機体……?』
リモート映像のコウさんが驚いた表情に変わる。
カメラは、アウルとは全然違う形の機体を捉えた。それは明らかに海の色とは違い、濁ったような白色だった。
「映像から推測されるコイツの身長は、およそ30メートル。アウルと同じくらいだ。だが問題は大きさじゃない」
次の映像は、軍服を着た人たちが、他の人を襲う姿だった。私は学校での惨劇を憶い出し、顔を背けた。
「無人探査機を回収した者が、次々と屍人に変わってしまった。おそらく、先ほどの機体は屍人の粉を撒き散らしながら海底を進んでいる。探査機はかなり近付いていたから、粉が付着した状態で艦に戻ってしまったんだろう」
コウさんが、深刻な表情で問う。
『甲斐、その機体はどこへ向かっているの?』
「その説明は、海洋研究所の楠木さんにしてもらおうと思う。楠木さん、お願いします」
ディスプレイの右の方に、白髪の男性が表示された。
「楠木です。まず、形状からその機体はベヒモスと呼ぶことにします。サイに似て四足歩行ですが、2本の長い角を持ち、小さな翼を持っています」
楠木さんの隣に、手書きのイメージ図が表示された。確かに、化け物と呼んで差し支えない風貌だ。
「海洋研究所からも無人探査機を出しています。中周波ソナーで測定した、時間ごとの位置から割り出すと、ベヒモスは直線的に進んでいます。このまま進めば、あと二日で日本の、千葉県銚子港に到達すると考えます」
計算室内が騒つく。コウさんが声を出す。
『場所が分かってるなら、対潜ミサイルを撃ち込めばいいじゃない』
「うちの艦は屍人に襲われて、俺たちが逃げる時に爆破したから使えない。アメリカの本部も機能してないから、他国の軍や自衛隊に根回しできない。実際、日本政府と交渉しようとしてみたが、謎の民間企業の話なんざ聴きやしなかったよ。最初の屍人騒ぎからマスコミは大騒ぎなのに、まだ政府は渋々あの一帯を封鎖しただけで、あとは何一つ決めてないんだぜ」
楠木さんが話を引き継ぐ。
「甲斐さんの依頼で、海洋研究所からもアプローチしてみましたが、どうにも日本という国は、どこが責任を取るかという議論に終始していて、いつまで経っても何も決められないようです。役人が稟議書を回覧してハンコを押しているうちに、東京は滅亡するでしょうね」
甲斐さんが頷き、私を見る。
「だから、俺たち生き残りはここに来た。星宮くん、アウルでベヒモスを止めてくれ。銚子港が決戦場所だ」
以前は野球の試合に使われていた吹き抜けのグラウンドで、私はアウルと対峙していた。
頭の中で、白いフクロウを手招きする。
アウルは、蛇のような1本脚を揺らし土煙を上げながら、私の居る場所に向かってゆっくりと進んで来る。
観客席から拡声器を使って、御堂さんが次の指令を出してくる。
「次は、そこのドラム缶を持たせてみてくれ。できたら、持ち上げて、あそこのターゲットに投げられないかな」
ターゲットは、バックネットのところに置いた大きなトタンの板だ。赤いスプレーで大きな丸が描かれている。
イメージに現れる白いフクロウの両脚には4本の指がある。でも、アウルの両腕から生えている指は3本ずつだ。とりあえず、頭の中のフクロウに目の前のドラム缶を掴んでもらうようイメージしてみる。
アウルの左腕がドラム缶に伸びる。少し期待感を持って見守る。
ゆっくりとドラム缶を持って……。
3本の指で、空のドラム缶を握り潰してしまった。グシャッという音が虚しく響く。
「流石にまだ、細かいことは無理かな」
呟いた私に笑いかけるかのように、アウルの目が鈍い光を放った。
「でも、この子は、何をエネルギーにして動いてるんだろう」
私は観客席に座って、グラウンドの上からじっとこちらを見ているアウルを眺めながら、御堂さんに聞いた。
「まったく分からないな。例えば、どこかが破壊されたりして中身が少しでも露出すれば、何か分かるかもだけど」
「それは嫌。アウルには傷ついて欲しくないから」
御堂さんはやれやれといった感じで溜息を吐く。
「そういえば、鮎保少佐がインドへ向かった。あっちにも人間に懐いた機体がいるらしい。観に行ってくるって、張りきってチャーター機で飛んで行ったよ」
私は立ち上がり、伸びをする。
「ここにいると世界が終わったみたいに感じるけど、他の場所では、何も問題なく今まで通り暮らしてたりするんだよね」
観客席から景色を見渡す。風下の、私の家があった方向に、高いバリケードが聳え立っているのが見える。屍人の粉がばら撒かれた地域は完全に封鎖された。その中で生きてる人もいるのかも知れないが、一切、出入りはできない。私の親も、五十嵐さんの娘さんも、あのバリケードの向こうのどこかにいるはずだ。たとえ……。
「おー、コレが機体か。近くで見るとデカいなぁ」
「アウルって名前ですよ。甲斐さん」
男の人の声に、御堂さんが反応した。
振り向くと、いつの間にか、包帯だらけの男の人が3列後ろの席に座っていた。さらにその後ろには、5人の軍服の人たちが立ち並んでいる。
少しウェーブのかかった黒髪に、精悍な顔立ちで、目は切れ長だ。痛々しい姿の割には、楽しそうな表情でアウルを眺めている。
「君が星宮くんかい。あと二日でアイツの操縦を出来るようになってもらわないと、東京が壊滅するかもよ」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
アウルが動くと色々なものを破壊する恐れがあるということで、またクレーン車で吊られたまま、工場跡地に戻された。何度見ても、切ない光景だ。
私たちは計算室に集合する。インドに向かっているコウさんの顔が、横長のディスプレイに大映しになっている。
『甲斐、観測艦を爆破したそうじゃない。何があったの』
「思い出したくもないんだけどね……」
甲斐さんは、これまでに起きた事を話す。
まず、アウルが私の学校に堕ちた後、あの子がどこから飛んで来たのかを確認したらしい。気象用のカメラ映像や、衛星からの画像、目撃情報などから、出所の海域がほぼ特定された。
甲斐さん率いる海上部隊は、無人探査船やミサイルを収容した海洋観測艦を繰り出して、その海域で調査を始めた。
無人探索機を海底目指して潜航させていたところ、異様な光景がカメラに映った。
「それが、この化け物だ」
黒板くらいの大きさのディスプレイの3分の1はコウさん、残りの領域ではカメラの映像が流れる。
暗い海の中を、探査機から出たビーム状の光が照らす。しばらくすると、大きな影が光を遮った。
『機体……?』
リモート映像のコウさんが驚いた表情に変わる。
カメラは、アウルとは全然違う形の機体を捉えた。それは明らかに海の色とは違い、濁ったような白色だった。
「映像から推測されるコイツの身長は、およそ30メートル。アウルと同じくらいだ。だが問題は大きさじゃない」
次の映像は、軍服を着た人たちが、他の人を襲う姿だった。私は学校での惨劇を憶い出し、顔を背けた。
「無人探査機を回収した者が、次々と屍人に変わってしまった。おそらく、先ほどの機体は屍人の粉を撒き散らしながら海底を進んでいる。探査機はかなり近付いていたから、粉が付着した状態で艦に戻ってしまったんだろう」
コウさんが、深刻な表情で問う。
『甲斐、その機体はどこへ向かっているの?』
「その説明は、海洋研究所の楠木さんにしてもらおうと思う。楠木さん、お願いします」
ディスプレイの右の方に、白髪の男性が表示された。
「楠木です。まず、形状からその機体はベヒモスと呼ぶことにします。サイに似て四足歩行ですが、2本の長い角を持ち、小さな翼を持っています」
楠木さんの隣に、手書きのイメージ図が表示された。確かに、化け物と呼んで差し支えない風貌だ。
「海洋研究所からも無人探査機を出しています。中周波ソナーで測定した、時間ごとの位置から割り出すと、ベヒモスは直線的に進んでいます。このまま進めば、あと二日で日本の、千葉県銚子港に到達すると考えます」
計算室内が騒つく。コウさんが声を出す。
『場所が分かってるなら、対潜ミサイルを撃ち込めばいいじゃない』
「うちの艦は屍人に襲われて、俺たちが逃げる時に爆破したから使えない。アメリカの本部も機能してないから、他国の軍や自衛隊に根回しできない。実際、日本政府と交渉しようとしてみたが、謎の民間企業の話なんざ聴きやしなかったよ。最初の屍人騒ぎからマスコミは大騒ぎなのに、まだ政府は渋々あの一帯を封鎖しただけで、あとは何一つ決めてないんだぜ」
楠木さんが話を引き継ぐ。
「甲斐さんの依頼で、海洋研究所からもアプローチしてみましたが、どうにも日本という国は、どこが責任を取るかという議論に終始していて、いつまで経っても何も決められないようです。役人が稟議書を回覧してハンコを押しているうちに、東京は滅亡するでしょうね」
甲斐さんが頷き、私を見る。
「だから、俺たち生き残りはここに来た。星宮くん、アウルでベヒモスを止めてくれ。銚子港が決戦場所だ」
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