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第1章 星宮沙織 編
第5話 Learn to Fly(飛躍)
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ヘリを降りると、コウさんは洗浄しようと向かってくる人たちを無視して、大股で足早に歩いて行く。
私たちはしっかりと洗浄を受け、防護服を脱がせてもらい、さらに洗浄液の入った浴槽に浸かり、髪を乾かし服を着替えた。
御堂さんと一緒に計算室へ赴くと、フードを外しただけの防護服姿のコウさんが仁王立ちしていた。
「なんで本部に繋がらないの! だったら海上部隊の艦に繋いで。ミサイルを撃ったのはあそこでしょ!」
横長の大きなディスプレイに、どこかの海の風景が映る。人影はなさそうだ。
「誰もいない……?」
コウさんが呟くと同時に、手がフレームインしてきた。ベッタリと血が付いている。次に、額から血を流した男の人が映る。
『コレ、今、映ってるのか……。この艦はなんとか守ったが、どうやらおかしな奴等が動き始めてる……。人だけど、人じゃないような……』
「甲斐?! こっちの声、聴こえてるの? 何があったの?!」
『……駄目だな、うまく通信できてないか。もし俺の声が届いてたら、本部を信用するな。アイツらも汚染されてる可能性がある。俺は逃げるよ。もう、やってらんねぇ』
そう言って、画面に血糊の色だけを残して、男の人は画面から消えた。
御堂さんが、私に説明する。
「本部はアメリカにあるけれど、機能を失ってしまったみたいだ。きっと、屍人の粉は始まりに過ぎないんだろう。もしかすると、日本で起きていない事象が、他の国では既に起きているのかも知れない」
コウさんが、手に持っていたフードをディスプレイに投げつけて、扉を蹴り飛ばして部屋から出て行った。
……激しい人だなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
また2台のクレーン車で吊られ、自分で空けた天井の穴から工場跡地に降ろされていく機体を視界の端に入れながら、気分転換の散歩をする。
ヘリポートの横を通ると、五十嵐さんが作業をしていた。
「点検ですか?」
私の言葉に、少し面倒臭そうに振り向いて、五十嵐さんは頷く。
「搭乗前にも、後にも点検しないとな。ブレード1本ヒビが入ってるだけで俺たちは全滅だ。ロッドにテールローター、タンクにバッテリー。全部がきちんと動くから飛べるんだ。人間みたいにどっかしら悪くてもなんとか動くようなモンじゃねぇんだよ」
私は吊られている機体を見る。その視線に気付いたのか、五十嵐さんが問う。
「名前は?」
「えと、星宮沙織です」
五十嵐さんは笑う。
「俺が聞きてぇのは、あのロボットみたいなヤツの名前だよ。沙織ちゃん」
「名前ですか……? 機体って呼んでます」
「それじゃロボットって言ってるのと一緒だろ。犬に、イヌって名前付けるのか?」
そういえば、そうか。確かに、それは可哀想だ。
「アイツは、2回も沙織ちゃんを助けたそうじゃねぇか。しかも、さっきはこの場所に自分の意思で戻って来たんだ。ペットみたいなもんだろ。名前くらい付けてやんなよ」
「分かりました。……あの、五十嵐さんは優しいんですね」
作業の手を止めて、彼が私の目を見つめる。真剣な表情だ。
「俺の娘、大学生だったんだが、通ってる大学が屍人の粉の範囲に入ってたんだ」
「え……。じゃあ、娘さんは……」
「多分、もう死んでるよ。さっきのフライトの前に監視カメラの映像を観てたんだが、道には死体だらけだった。あの一帯は封鎖されちまったから、もう二度と顔を見ることすらできんだろうな」
この人は、なんでこんな話を普通にできるんだろうか。
五十嵐さんは、口の端を上げて言う。
「それでも今、俺たちは日本の、いや、地球のために戦おうとしてるんだ。悲しんでる暇があったら手を動かさないとな。沙織ちゃんには、沙織ちゃんにしかできないことがあると思うぜ」
風が、私の髪を靡かせる。辛いのは私だけじゃない。大切な人を失っても、それでもなお、自分の使命を果たそうとしている人がいる。
「あの、ありがとうございます。私、あの子と話してみます」
私が頭を下げると、彼は照れくさそうに手を振って作業に戻った。
強く地を蹴り、私はあの子の元へ急ぐ。
天井が破壊された工場跡地に入り、階段を勢い良く上がって3階の、フクロウに似た大きな頭の前に立つ。
私は目を瞑る。
……お願い。あなたに心があるのなら、あなたの気持ち、教えて欲しい。もう、私の大切だった人たちは居なくなってしまった。だけど、まだ諦めたくない。あの幸せだった世界を取り戻したいの。みんなのために……。
まぶたの奥の暗闇から、白いフクロウが飛んで来た。
私は、両手を伸ばす。フクロウが、私の両手の上に乗り、毛繕いを始める。
目を開けると、私が伸ばした腕の先、両手に大きな指の先端が当たっていた。温もりが、手の平を通して伝わってくる。
「……星宮さん、どうやったの?」
声のした方を向くと、コウさんが驚いた顔をして、私とこの子を交互に見ていた。遅れて御堂さんも歩いて来た。
「この子はフクロウ。私に白いフクロウの姿で会いに来てくれました」
「フクロウねぇ、なんだか呼びにくいわね」
御堂さんが手を挙げて言う。
「英語だとアウルですね」
私は、試しに大きな指の先端に両手を当てたまま、名前を呼んでみる。
「アウル! あなたはアウルって呼べば良いかな!」
その時、アウルの両目に淡く紅い光が灯った。
私は御堂さんに笑顔を向ける。
「アウルでいいみたい。もっと話しかけたら、一緒に飛んでくれたりするかな?」
「あの速さだと、風圧で君は死ぬと思うけどね」
「夢がないなぁ。ねえ、アウル」
コウさんが目を輝かせ、腰に手を当てて宣言する。
「よし、アウルと一緒に、皆で世界を救うわよ! この地球は、絶対に守り切ってやる!」
私たちはしっかりと洗浄を受け、防護服を脱がせてもらい、さらに洗浄液の入った浴槽に浸かり、髪を乾かし服を着替えた。
御堂さんと一緒に計算室へ赴くと、フードを外しただけの防護服姿のコウさんが仁王立ちしていた。
「なんで本部に繋がらないの! だったら海上部隊の艦に繋いで。ミサイルを撃ったのはあそこでしょ!」
横長の大きなディスプレイに、どこかの海の風景が映る。人影はなさそうだ。
「誰もいない……?」
コウさんが呟くと同時に、手がフレームインしてきた。ベッタリと血が付いている。次に、額から血を流した男の人が映る。
『コレ、今、映ってるのか……。この艦はなんとか守ったが、どうやらおかしな奴等が動き始めてる……。人だけど、人じゃないような……』
「甲斐?! こっちの声、聴こえてるの? 何があったの?!」
『……駄目だな、うまく通信できてないか。もし俺の声が届いてたら、本部を信用するな。アイツらも汚染されてる可能性がある。俺は逃げるよ。もう、やってらんねぇ』
そう言って、画面に血糊の色だけを残して、男の人は画面から消えた。
御堂さんが、私に説明する。
「本部はアメリカにあるけれど、機能を失ってしまったみたいだ。きっと、屍人の粉は始まりに過ぎないんだろう。もしかすると、日本で起きていない事象が、他の国では既に起きているのかも知れない」
コウさんが、手に持っていたフードをディスプレイに投げつけて、扉を蹴り飛ばして部屋から出て行った。
……激しい人だなぁ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
また2台のクレーン車で吊られ、自分で空けた天井の穴から工場跡地に降ろされていく機体を視界の端に入れながら、気分転換の散歩をする。
ヘリポートの横を通ると、五十嵐さんが作業をしていた。
「点検ですか?」
私の言葉に、少し面倒臭そうに振り向いて、五十嵐さんは頷く。
「搭乗前にも、後にも点検しないとな。ブレード1本ヒビが入ってるだけで俺たちは全滅だ。ロッドにテールローター、タンクにバッテリー。全部がきちんと動くから飛べるんだ。人間みたいにどっかしら悪くてもなんとか動くようなモンじゃねぇんだよ」
私は吊られている機体を見る。その視線に気付いたのか、五十嵐さんが問う。
「名前は?」
「えと、星宮沙織です」
五十嵐さんは笑う。
「俺が聞きてぇのは、あのロボットみたいなヤツの名前だよ。沙織ちゃん」
「名前ですか……? 機体って呼んでます」
「それじゃロボットって言ってるのと一緒だろ。犬に、イヌって名前付けるのか?」
そういえば、そうか。確かに、それは可哀想だ。
「アイツは、2回も沙織ちゃんを助けたそうじゃねぇか。しかも、さっきはこの場所に自分の意思で戻って来たんだ。ペットみたいなもんだろ。名前くらい付けてやんなよ」
「分かりました。……あの、五十嵐さんは優しいんですね」
作業の手を止めて、彼が私の目を見つめる。真剣な表情だ。
「俺の娘、大学生だったんだが、通ってる大学が屍人の粉の範囲に入ってたんだ」
「え……。じゃあ、娘さんは……」
「多分、もう死んでるよ。さっきのフライトの前に監視カメラの映像を観てたんだが、道には死体だらけだった。あの一帯は封鎖されちまったから、もう二度と顔を見ることすらできんだろうな」
この人は、なんでこんな話を普通にできるんだろうか。
五十嵐さんは、口の端を上げて言う。
「それでも今、俺たちは日本の、いや、地球のために戦おうとしてるんだ。悲しんでる暇があったら手を動かさないとな。沙織ちゃんには、沙織ちゃんにしかできないことがあると思うぜ」
風が、私の髪を靡かせる。辛いのは私だけじゃない。大切な人を失っても、それでもなお、自分の使命を果たそうとしている人がいる。
「あの、ありがとうございます。私、あの子と話してみます」
私が頭を下げると、彼は照れくさそうに手を振って作業に戻った。
強く地を蹴り、私はあの子の元へ急ぐ。
天井が破壊された工場跡地に入り、階段を勢い良く上がって3階の、フクロウに似た大きな頭の前に立つ。
私は目を瞑る。
……お願い。あなたに心があるのなら、あなたの気持ち、教えて欲しい。もう、私の大切だった人たちは居なくなってしまった。だけど、まだ諦めたくない。あの幸せだった世界を取り戻したいの。みんなのために……。
まぶたの奥の暗闇から、白いフクロウが飛んで来た。
私は、両手を伸ばす。フクロウが、私の両手の上に乗り、毛繕いを始める。
目を開けると、私が伸ばした腕の先、両手に大きな指の先端が当たっていた。温もりが、手の平を通して伝わってくる。
「……星宮さん、どうやったの?」
声のした方を向くと、コウさんが驚いた顔をして、私とこの子を交互に見ていた。遅れて御堂さんも歩いて来た。
「この子はフクロウ。私に白いフクロウの姿で会いに来てくれました」
「フクロウねぇ、なんだか呼びにくいわね」
御堂さんが手を挙げて言う。
「英語だとアウルですね」
私は、試しに大きな指の先端に両手を当てたまま、名前を呼んでみる。
「アウル! あなたはアウルって呼べば良いかな!」
その時、アウルの両目に淡く紅い光が灯った。
私は御堂さんに笑顔を向ける。
「アウルでいいみたい。もっと話しかけたら、一緒に飛んでくれたりするかな?」
「あの速さだと、風圧で君は死ぬと思うけどね」
「夢がないなぁ。ねえ、アウル」
コウさんが目を輝かせ、腰に手を当てて宣言する。
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