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東京編

春の嵐 ―― 3

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 ㈱各務は緑豊かな嵯峨野に建つ
 瀟洒な**階建てビル。

 その威風堂々とした風格のある外観に
 圧倒されつつ私は玄関ホールへと足を踏み入れた。

 1階の総合受付で自分の名前を告げ、
 3時から社長さんと約束がある旨を告げると
 エレベーターで最上階までどうぞと指示され、
 向かった**階で待つこと数分……
 昨日電話で話した秘書の高田さんがやって来た。


「お待たせ致しました、高田と申します」

「和泉です」

「社長がお待ちです、こちらへどうぞ」


 フロアー最奥の部屋のドアを高田さんがノックした。


「和泉様をお連れ致しました」

「どうぞ」


 目線の先、各務広嗣社長が重厚な執務机に
 座っていた。


「やぁ、久しぶりだね、どうぞ」

「失礼致します」


 2人で応接セットのソファーへ移動。
 向かい合わせに座ると高田さんがお茶を
 出してから、出て行った。


「驚いたよ。キミから連絡が来るなんてね」

「りゅ ―― 各務さんからお預かりしていた
 部屋のカギをお返しに参りました」


 私はテーブルへマンションのカードキーを置いた。
 

「出て行くのか?」

「はい」

「そうか」

「……昨夜の新聞を見ました」

「あぁ、あのバカが両親へ神宮寺愛奈さんとの
 婚約は解消したいなんていきなりカムアウトした
 もんだから、ショックのあまりお袋が卒倒して。
 親父は怒り狂って竜二を殴りつけ、臨時役員会の
 満場一致で懲戒解雇処分になった。その後
 すぐあいつは実家に軟禁されたよ」

「そう、ですか……」


 私はひざ上に置いた手を握り直し、
 ゆっくり息をついて切り出した。


「お願いがあります」

「何かな?」

「各務さんの処分を取り消して下さい」

「キミにも分かるだろうが、既に正式決定し
 公表してしまった処分を覆すにはそれなりの
 理由が必要だ。会社の信用問題にも関わるからな」

「分かります」

「……仮にだ、私がキミの願いを聞き入れる
 としたら、キミは私に何を差し出す?」


 見返りも必要ってことね……覚悟はしてきた。
 
 
「今後一切、各務さんには会いません。
 携帯電話も番号を変え、彼からの連絡にも一切
 応じません」

「それをどう、私に信じろと?」

「就職で京都へ戻ります。少なくとも3年は上京も
 しないつもりです」

「……分かった、会長にも相談して、前向きに
 検討してみよう」

「ありがとうございます。では、これで失礼します」


 立ち上がり、一礼して戸口へ向かうと、
 先に外からドアが開いて、静流先輩が現れた。


「絢音……今、利沙から連絡もらったの」


 先輩の顔は心なしか青ざめて見えた。
 利沙から大方の事情を聞いたのだろう。


「そう……って事ですから、落ち着いたら食事でも
 しましょうね。また、連絡します、じゃ」


 先輩にも一礼して廊下へ出た。


『あやっ!』

「追うな」

「どうして?! 
 あなた一体あの子に何を言ったの??」

「他愛無い世間話しさ」

「ふざけないでっ」


 広嗣は廊下に控える高田に言いつける、


「高田」

「はい」

「彼女が来た事、竜二には一切言うな。
 役員達に招集をかけてくれ。集まり次第、
 役員会を開く」

「畏まりました」


 何時になく厳しい面持ちの婚約者を見て不安になり、
 静流は恐る恐る訊ねる。


「……何をする気?」

「予定通り竜二は愛奈さんと結婚させる、
 それだけだ」

「きっと竜二は最後の最後まで足掻くわ」

「それでも動き出してしまった歯車は、もう誰にも
 止められないんだ」

「……」  
 
 
***** ***** *****


 小一時間後、㈱各務本社。
 社長の緊急招集で開かれた役員会も無事(?)
 終わり、
  
 静まり返った会議室に、憮然とした表情の広嗣と
 もぬけの殻のようになった竜二だけが残っていた。


「……あんな決定、俺は承諾しない」

「これは彼女 ―― 和泉さんの希望でもある」

「嘘だっ!」

「今日、会社へ来てお前の処分を取り消してくれと
 言われた」

「ふんっ ―― あんたは他人から言われただけで
 素直に応じるようなタマじゃないだろ」

「……マンションから出て行く事、そして今後一切
 お前とは接触しないという提示をされ、私は
 その条件を呑んだ」

「!!……」

「携帯電話の番号も変えるそうだ。……私の所へ来た
 彼女は手の色が変わる程ギュッと手を握りしめ、
 体も震えてた」

「あや……」

「本気にお前の事を思った末での決断だと思った、
 だからお前も彼女の事はすっぱり忘れろ。
 ……和泉さんの誠意を踏みにじるな」

「何が誠意だ……っ、俺の気持ちは完全無視かよ」


 ショックで呆然とする竜二に「仕事に打ち込め」と
 ひと言残し広嗣は出て行った。

 竜二は震える手でタバコに火を点ける。

 取り出した携帯で絢音の番号へかけてみるが、
  ”お掛けになった電話番号は現在使われて
   おりません”
 と、無機質なテープの声が聞こえてきた。

 あいつが、俺の前からいなくなる?

 姿を消した? ―― 嘘だっ!

 絢音は ”待ってるから、早く帰れ” と
 言ってくれた。

 あいつが俺に嘘などつくハズがない。

 きっとこれは何かの間違い……そう、悪い夢。

 いつものように帰れば、絢音が笑顔で迎えてくれる。

 竜二はタバコをもみ消し立ち上がると、
 小走りでエレベーターへ向かった。 
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