晴れたらいいね

川上風花

文字の大きさ
上 下
22 / 41
成長編

゛始めよければ終わりよし゛とは行かなかったお話 - ②

しおりを挟む

 世良の手が絢音のニットをたくし上げた。

 絢音はそれを元に戻し、同時に半身を起こす。
 世良が仏頂面で呟く。
  
  
「話しは後でじゃだめ?」


 ここまで話しておいて、今さら何だ?!


「私は今、聞きたいの」


 世良は渋々と言った感じで口を開く。


「――うちが欲しいのは嵯峨野書房の駐車場がある土地なんだ」

「!!……」

「実はあそこの隣にある**ビルと後ろに位置する**ビルの買い取りには成功していてね、あとはお宅が立ち退いてくれさえすれば、一気にぶっ壊して新しい商業施設を作る事が出来る」

「……」

「初めは買収なんて手間のかかる事は止めて、社員持ち株会の保有分34%を出来るだけ買い集め、筆頭株主となって事実上の経営権をモノにしてからコトを進める予定だった。しかし、社屋と駐車場の地主は和泉さんだったんだな。たとえ社が乗っ取られようとこの土地だけは手放さない、と言われてやむを得ず深大寺さんにご協力を願ったというワケ」

「……そんな理由でうちを買収……?」

「でも、土地の売買交渉へ入る以前に、うちの叔父貴が和泉さんを激怒させてしまって。取り付く島もないって感じで、すっかり参っちゃってさ」

「あの、温厚な父を怒らせた……?」

「何でも ―― 最初の席で嵯峨野の専務さんに”そうまでしてうちの作品を横取りする気なのか”って言われて、売り言葉に買い言葉で叔父貴が”わざわざ会社を乗っ取ってまで奪いたいと思うような本はお宅にありません”って、言っちゃったらしいんだぁ……」


 それは ―― 激怒されて当然だ。

 出版に携わる人間なら素人目には駄作でも、作家さんが心血を注いで書き上げた作品は欠け替(が)えのない宝物だから。


 絢音は衣服の乱れを整えながら、ベッドから立ち上がった。


「絢音?」

「今後、世良不動産とうちの会社である諸々のトラブル関係で顔を合わせる事はあっても、個人的にはこれでサヨナラね」


 そう言われ初めて世良は取り乱して、絢音にとり縋る。


「離して、世良くん」

「この年になって、こんなにも欲しいと思ったのはキミだけだ。絢音」

「いくら下っ端だって、私にだってねー愛社精神ってもんがあるのっ! あそこまで自分の会社をコケにされちゃ黙っていられないわ」

「でも俺が言った嵯峨野の経営状態は本当の事だ」

 
 『離して!』『嫌だ』 ――の、押し問答と揉み合いは続き。

 さっき整えたハズの衣服もあっという間に乱れてしまう。


「お願いだから待ってくれ絢音っ!!」

「もーうっ ―― しつこいっ!!」


 目にも止まらぬ早業で繰り出された一本背負いが綺麗に決まり、世良は投げつけられ白目を剥いた。


  ※※※※  ※※※※  ※※※※  ※※※※


 乱れた衣服を直すのも忘れ、絢音はホテルの長い廊下を足早に突き進む ――


「何が”3度目の正直”よ……何が”今夜はもう逃がさない”よ。私の本性知る前に自分の化けの皮が剥がれて残念だったわね」


 ようやくエレベーターホールに着き、呼び出しボタンを押す。

 が、怒り心頭のあまり、今日の絢音は理性が正常に働かない。

 エレベーターに八つ当たりする。


「何っこのエレベーター、遅いじゃない?! ったく、今夜は逃がさない、なんて言うくらいなら私の後追って来なさいよ……世良のバカヤロウ……」


 ”チン”と音がして、エレベーター到着。

 その扉が開いたと同時に乗り込んだので、先に乗っていた同乗者に気付かず、危うくぶつかりそうになる。


「あ、ごめんなさい ――」


 その同乗者は2人共サングラスをかけていて、女性は50代半ばくらいのお淑やかな貴婦人。
 男性の方は40代くらいで、何となく見覚えがあるような気がする……


「きゃ~~っ!」


 絢音の乱れた衣服を見た貴婦人が開口一番悲痛な叫びをあげた。


「あ、あなた、その恰好はどうなさったの?」


 そう問われて、絢音は慌てて衣服の乱れを直す。


「あ、いや、こ、これは……」

「ま、まさか! 何処かの部屋に連れ込まれて無理矢理手ごめにされた、とか ――」


 連れ込まれたのは確かだが、手ごめにはされてない。

 貴婦人は当事者の絢音以上に狼狽・動揺し、


「まぁ、大変。こんな時は警察? それともやっぱりホテルの方を呼んだ方がいいのかしら。ねぇ、りゅうくん、どうしましょ」

「(りゅう、くん??……)」


 貴婦人に”りゅうくん”と呼ばれた男性は慌てず・騒がず。


「落ち着けよ。彼女も困ってるだろ」

「でも……」

「こうゆう時は ――」


 と言い、男性が自分の内ポケットから出したサングラスを絢音へ掛けた。


「これで少しは泣きっ面も隠れるハズ」

「あ ―― ども……」


 2人は1階フロントロビーで降りて行ったが、そのすれ違いざまの横顔で男性が誰だったか、やっと思い出した。


「!!てしま、さん……」


 遭遇した時の絢音の恰好ときたら、胸元は大きくはだけ、そこには世良が無遠慮に付けまくったキスマークだらけ、だったのだから。

 あの貴婦人が勘違いしたのも頷ける。

 けど、よりにもよって、これから頻繁に会う事になるかも知れない人に自分のこんな醜態を見られてしまうなんて……と、絢音は当分の間浮上出来ないくらいどっぷり落ち込んだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

【R18 大人女性向け】会社の飲み会帰りに年下イケメンにお持ち帰りされちゃいました

utsugi
恋愛
職場のイケメン後輩に飲み会帰りにお持ち帰りされちゃうお話です。 がっつりR18です。18歳未満の方は閲覧をご遠慮ください。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

これ以上ヤったら●っちゃう!

ヘロディア
恋愛
彼氏が変態である主人公。 いつも自分の部屋に呼んで戯れていたが、とうとう彼の部屋に呼ばれてしまい…

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...