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ドキドキの大阪出張
しおりを挟む「小鳥遊さーん、ちょっといい?」
まだ週明け月曜日なのに、
既に疲れた表情の係長が私の事を呼んだ。
入社して2年経っても慣れない臭い。
整髪料が他の臭いと混じって、
私の胸を気持ち悪くする。
「いきなりで申し訳ないんだけど、
明日の朝イチで大阪に出張できる?
帰りはゆっくりでいいから」
「私がですかっ?」
「ほら、例の新レーベルの話。いよいよ本格的に
稼働する事になってね。一応、西と東も打ち合わせ
ないといけないだろう?」
そう言って懇願するように私を見る係長は、
マジキレするとかなり危ないって噂で。
仕事ならしょうがない……
「……で、大阪支社の担当の方はどなたです?」
「そうか、行ってくれるか ―― いやぁ、助かったよ
あちらさんからは、出来れば人当たりの良い女子を
頼むって言われていたもんだからね」
でも大阪、か……京都、かなり近いよね。
ばったり出くわしてしまいそうで、怖い。
夜、予定だけど2泊分の荷物を準備してから
早めに就寝。
12月の大阪、寒いやろなぁ。
中学の社会科見学で行って以来だから。
もう、かれこれ12年も前の話だ。
どうせ行くなら気の合った同僚と行きたかったな。
でも出張は嫌いじゃないし、
担当の人と会うのも楽しみだったりして。
何より大阪人は人懐っこいって言うから。
広嗣さんとのあの約束を守っていた訳じゃないが、
この2年、ずっと帰省もしなかった。
でも、思いのほか足取りは軽い。
小型のスーツケースを転がしながら、
予約した新幹線に間に合うよう東京駅に向かった。
「さぶぅ……っ」
自然と口を衝いて出てきたのは、
予想を上回った体感温度に対する率直な感想。
「しかも、なんでここなのかな……」
大阪支社の担当・安東さんに指定された待ち合わせ
場所は、神様の悪戯なのか ――
広嗣さんと1対1で話したカフェ。
『―― お待たせしました、小鳥遊さんですね。
お迎えにあがりますので着いたら連絡下さい。
それと、今日の大阪は真冬日なので、
温かい格好でいらして下さいね』
まだ1度しか聞いてないその声は、
電話越しだけどずっと耳に残るような魅力的な声
だった。
ほんのちょっと心が浮き立ち、もしかしたら……
なんて期待してしまう、自分に自嘲的笑み。
「お待たせ致しました。初めまして、木村です」
ネイティブ大阪弁を流暢に話しながら
行き交う人達にボーっと見入る、
私の右耳を擽ったその声は、低くて甘くて、
柔らかい……けど。
「へ? あ、あの ―― 企画営業課の課長さんのお話
では女性社員の方が……」
狼狽える私に木村さんは口の端に小さな笑みを
浮かべこう言った。
「なんだ。和巴は俺じゃ嫌だった?」
「い、いえ! そんなつもりじゃ」
「予定していた女子社員が急病で来られなくなり
ましてね。俺は急遽ピンチヒッター」
「あ、そうだったんですか……」
風の便りに伝え聞いた話しで彼は、
専務の仲介でお見合いしたお嬢さんと
ゴールイン間近という事だった。
やっぱりどんなハンサムさんでも、
パートナーがいる男を恋愛の対象にするのは、
ちょっと……ね。
だけど ―― そんな恋愛対象外にするべき
彼から目が離せなかったのは何故なのだろう……。
外見は相応に年を重ねてきた風格みたいなものが
あって、今よりもっと若い時は
さぞモテたんだろうなぁと思う。
着ているスーツは上着もスラックスもシャツも、
丁寧にアイロンがけされていて。
ぴっかぴかに磨き上げられた革靴も。
耳たぶの位置で切り揃えられた髪の毛も。
清潔感が漂っていて好感が持てた。
「わざわざお呼び立てしてすみません。
よろしくお願いします」
「少し休んでから行こうか」
「はい」
平然を装って木村さんと向かい合って座ったけど、
私の身体は妙に火照っていく。
こんなに惹きつけられるなんて
自分でも軽いって思っちゃうけど……でも
きっと他の女性(ひと)だってそうなっても
おかしくない。
それくらい、木村さんは魅力的だから。
湯気の立ち昇るカップを両手で包み込むように
持ちながら冷え切った手を温める木村さんの左手に、
私の視線がとまった。
やっぱり、そんな上手くいくわけがないんだ。
彼の左薬指には、
未婚女を寄せ付けない幸せの輝きがある。
久方ぶりにときめいた時間は、
一瞬にして終わった。
この短時間で恋をして失恋まで味わったような、
そんな気分。
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