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25 強がり
しおりを挟む「―― お世話様でしたぁ」
『お疲れ様です。では、見本刷りは確かにお預かり致しましたので』
「では、失礼します」
中央印刷の通用口から出て来た絢音は腕時計で時間を確認しつつ昇降口へと急いだ。
12月半ばの夕暮れは早く、辺りはもう暗くなりかけている。
表通りに出て、しばらく歩いたところでマナーモードのスマホがポケットの 中で ブルブルブル ――って振動した。
ディスプレイの発信者名は ”速水”
それを見て、まだメモリーを削除してなかった事に気が付いた。
道の端に寄って壁にもたれつつ、まだ鳴り続けているスマホをじっと凝視する。
………… …………
!!それにしても、しつこいっ。
たま~に、忘れた頃かけてきても、すぐ切ってしまうのに、今夜に限って切れる事なく鳴り続けている。
このまま放置してやろうか、なんて考えも浮かんだけど。
もしかしたら、何か急用があってかけて来たのかも、って思いもあって……ポチッ ――
通話ボタンを押してしまった。
「……」
『……』
「……そっちからかけて来たんやから、ウンとかスンとか言いなさいよ」
『あ、いや……絢音、わしの事なんぞ忘れてしもうた思って……』
「いっそ忘れられたらなんぼ楽やったか……急用ないなら切るわよ」
『あぁ、待ってぇな。実は俺、出向の内示受けたんや』
「捨てた女にわざわざ電話で出世自慢?」
『捨てた?! 捨てられたんは、俺の方やろ』
「はぁ~~っ……それで、ご用件は何なの?」
『内示受けたん ―― 東京地検なんだわ』
「!! へぇ~、えらい出世やねぇ」
『なんや、ごっつ棘のある言い方やな』
「……」
『でも、地検には行かへん』
「ふ~ん、行かへ ―― えぇっ?! どうしてっ。あの口煩い小母さんがよう許してくれたな」
『母さんだけにじゃなく、親父からも勘当されたよ』
深刻な問題を話してる割りに、ジロの口調は楽観的だ。
『で、いい機会やから弁護士になったろうと思ってな。今度の週末そっちに行く事にした』
「……そっか。ほんなら、こっちに来たら一緒に飲も。利沙もあつしも幸作もこっちにおるんよ」
『へぇ~、なつかしな。ほな、その時また』
「あ、ジロちゃん ――」
『なん?』
「……電話くれておりがと」
『ん。こっちこそおおきに。おやすみ』
”タロちゃん”こと、速水 二朗は、京大・法科大学院から法務省へ入省したエリート。
だけど中学時代私にちょっかい出して、ナツさんに省かれたボーイフレンドのひとり。
生来、気の弱い彼はナツさんからちょっと強く意見されただけですっかり逃げ腰になってしまい。
グループ交際から発展した、月に2回程度しか会えないデートもだんだん素っ気ないものになっていき。
お互い違う高校へ進学したと同時に、付き合いも自然消滅した。
あいつとはあの時、終わったと思ったけど。
通話を切った絢音は、どっと疲れを覚えその場にしゃがみ込んだ。
知らず知らず、大きなため息が漏れる。
考えなくてはならない事が重過ぎて、いっそ全て投げ出してしまいたいような気持ちに駆られる。
都村と過ごした短い日々の思い出が走馬灯のように脳裏を過ぎっていく。
中学の卒業式でファーストキス。
初めての2人っきりデートは、夢にまで見た、ディズニーランドのカウントダウンパーティー。
―― そんな昔の事を思い出し、速水の声も思い出したら、何だか無性に涙が込み上げてきた……。
何なのよ、情けないっ!
でも、一旦盛り上がってしまった感情は、自分でどうにか出来るもんでもない。
立ち上がって。
人気がない場所を探して、近くの路地へ入った。
建物の壁にもたれたまま崩れるようしゃがみ込んだ。
さっきまで無理に抑えていた涙が溢れ出て来る。
やだ、もうっ! 何なの……?!
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