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第2章 東京編
友の危機
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車から降り立つと ――
『ノーコメントッッ!!』
と、叫ぶように言って、稽古場となるWDCの
スタジオへ向かう男が2人 ――
ミュージカル『ジゼル』の芸術監督・宗方と
チーフプロデューサー・哀川だ。
『業界内の噂じゃ、神宮寺藍子さんの代役はもう
決定済で、間もなく本稽古に入るってのが大方の
予想なんですがね』
『どーなんですか?! 監督、神代さん』
神代は群がってくる報道陣へ向けて
「会見等を開く予定もなしっ」と、テレビカメラの
レンズから逃れようと虚しい努力をするが、
大した効果はない。
建物の駐車場側出入り口はもう目と鼻の先に
あるのに群がってくる報道陣のせいでちっとも
前へ進めない。
そして、マイクはしつこく無慈悲に2人を
追い続ける。
『ヒントだけでも貰えませんか』
『後生ですから、コメント下さいよぉ』
*** *** ***
さっき宗方と哀川に群がっていた報道陣の1人が
叫んでいた『―― 間もなく本稽古に入るってのが
大方の予想なんですがねっ』という言葉は正解で。
神宮寺藍子バージョンの『ジゼル』の本稽古は
既に始まっており。
団員仲間曰く、通常時と稽古の時とでは180°
人格が変わる、と言われてる九条の容赦ない
怒号の嵐は今日も絶好調で吹き荒れていた……。
ま、いくら相手が大物女優だって、
トップアイドルだって、
傍目にも分かるほど変わられたら
周りにいる方が恥ずかしいような気もするが。
ちょ~~~~っとも、
優しくなるという事はないし、
相変わらず豊富な語彙で藍子を罵倒し続けている。
それも、リアルタイムで。
今回の公演で藍子が九条と絡む最も重要な
パ・ドゥ・ドゥで、何度やっても九条の言うような
タイミングで合わせられない藍子に九条の怒号が
飛ぶ。
「ジャンプ、高さが全然足りてねぇ」
「手と足の表情が硬すぎ」
「だーっ! てめぇふざけてんのか!!
お前の腐った脳みそほじくり出して
ゴミでも詰めた方がまだマシだっつんだよ!」
それは無いでしょう、九条さん。
「聞いてんのか? こんな凡ミスぺーぺーの新人だって
やんねえだろうが!」
「はい。すみません。」
「次、お前のミスで進行止めやがったら、
お前アンダースタディーに降格な」
―― アンダースタディーに降格。
それは、事実上の戦力外通告。
藍子は、以前のステージで九条がしていた
タイミングを頭の中で必死に思い出しながら、
次に挑んだ。
……音楽が止まった。
固唾を呑んで見守る共演者さん達。
” アンダースタディに降格 ”
その事ばかりが頭の中にちらついて、
気が気じゃなかった。
九条はニヤリと微笑んで。
「―― やりゃあ出来んじゃん。
おっし、30分休憩」
九条は気分爽快な表情で上手側に去り。
それと同時にその場へへたり込んだ藍子に、
ホッとした表情の共演者さん達が駆け寄ってきた。
「はぁ~~っ、一時はどうなる事かとヒヤヒヤしたよ」
「勇人の奴、今日は特に機嫌悪かったしねぇ」
「ゲネプロまで後3日、頑張って行こう」
「はいっ」
ゲネプロとは、本番通りの衣装を身に付け、
本番の劇場舞台で踊る通し稽古だ。
運営者側にしてみればもう”神宮寺藍子”で
いくしかないのだが、何事も完璧主義の宗方と
九条から駄目が出れば、ゲネプロの時点で主役
入れ替えという事態にもなり兼ねない。
皆、神にも祈る心境でゲネプロの日を待っているの
だった。
そんな折も折。
和巴にとって寝耳に水の大事件が勃発する。
イヤ ”和巴自身に”とか”京都の家族に”とか
いうのではなく。
まだ和巴が大卒後の進路に悩んでいた頃、
同窓会をきっかけに和巴へ言い寄って来た
世良忍の会社”世良不動産”が東京地検特捜部の
強制捜査を受け。
東京支社勤務の世良忍自身も任意取り調べの申し出を
受けたのだ。
本当に他人のたてる噂というのは無責任なもので、
そこに悪意のある・なしに関わらず尾びれ背びれをつけ
初めの話しとは大幅に様相を変え音速で広まっていくもので ――。
世良関連の噂も、
”任意取り調べの申し出を受けた”
という事実から
”既に取り調べ中だ”に変わり、
それはすぐに”逮捕も時間の問題”と
囁かれるようになって。
『ノーコメントッッ!!』
と、叫ぶように言って、稽古場となるWDCの
スタジオへ向かう男が2人 ――
ミュージカル『ジゼル』の芸術監督・宗方と
チーフプロデューサー・哀川だ。
『業界内の噂じゃ、神宮寺藍子さんの代役はもう
決定済で、間もなく本稽古に入るってのが大方の
予想なんですがね』
『どーなんですか?! 監督、神代さん』
神代は群がってくる報道陣へ向けて
「会見等を開く予定もなしっ」と、テレビカメラの
レンズから逃れようと虚しい努力をするが、
大した効果はない。
建物の駐車場側出入り口はもう目と鼻の先に
あるのに群がってくる報道陣のせいでちっとも
前へ進めない。
そして、マイクはしつこく無慈悲に2人を
追い続ける。
『ヒントだけでも貰えませんか』
『後生ですから、コメント下さいよぉ』
*** *** ***
さっき宗方と哀川に群がっていた報道陣の1人が
叫んでいた『―― 間もなく本稽古に入るってのが
大方の予想なんですがねっ』という言葉は正解で。
神宮寺藍子バージョンの『ジゼル』の本稽古は
既に始まっており。
団員仲間曰く、通常時と稽古の時とでは180°
人格が変わる、と言われてる九条の容赦ない
怒号の嵐は今日も絶好調で吹き荒れていた……。
ま、いくら相手が大物女優だって、
トップアイドルだって、
傍目にも分かるほど変わられたら
周りにいる方が恥ずかしいような気もするが。
ちょ~~~~っとも、
優しくなるという事はないし、
相変わらず豊富な語彙で藍子を罵倒し続けている。
それも、リアルタイムで。
今回の公演で藍子が九条と絡む最も重要な
パ・ドゥ・ドゥで、何度やっても九条の言うような
タイミングで合わせられない藍子に九条の怒号が
飛ぶ。
「ジャンプ、高さが全然足りてねぇ」
「手と足の表情が硬すぎ」
「だーっ! てめぇふざけてんのか!!
お前の腐った脳みそほじくり出して
ゴミでも詰めた方がまだマシだっつんだよ!」
それは無いでしょう、九条さん。
「聞いてんのか? こんな凡ミスぺーぺーの新人だって
やんねえだろうが!」
「はい。すみません。」
「次、お前のミスで進行止めやがったら、
お前アンダースタディーに降格な」
―― アンダースタディーに降格。
それは、事実上の戦力外通告。
藍子は、以前のステージで九条がしていた
タイミングを頭の中で必死に思い出しながら、
次に挑んだ。
……音楽が止まった。
固唾を呑んで見守る共演者さん達。
” アンダースタディに降格 ”
その事ばかりが頭の中にちらついて、
気が気じゃなかった。
九条はニヤリと微笑んで。
「―― やりゃあ出来んじゃん。
おっし、30分休憩」
九条は気分爽快な表情で上手側に去り。
それと同時にその場へへたり込んだ藍子に、
ホッとした表情の共演者さん達が駆け寄ってきた。
「はぁ~~っ、一時はどうなる事かとヒヤヒヤしたよ」
「勇人の奴、今日は特に機嫌悪かったしねぇ」
「ゲネプロまで後3日、頑張って行こう」
「はいっ」
ゲネプロとは、本番通りの衣装を身に付け、
本番の劇場舞台で踊る通し稽古だ。
運営者側にしてみればもう”神宮寺藍子”で
いくしかないのだが、何事も完璧主義の宗方と
九条から駄目が出れば、ゲネプロの時点で主役
入れ替えという事態にもなり兼ねない。
皆、神にも祈る心境でゲネプロの日を待っているの
だった。
そんな折も折。
和巴にとって寝耳に水の大事件が勃発する。
イヤ ”和巴自身に”とか”京都の家族に”とか
いうのではなく。
まだ和巴が大卒後の進路に悩んでいた頃、
同窓会をきっかけに和巴へ言い寄って来た
世良忍の会社”世良不動産”が東京地検特捜部の
強制捜査を受け。
東京支社勤務の世良忍自身も任意取り調べの申し出を
受けたのだ。
本当に他人のたてる噂というのは無責任なもので、
そこに悪意のある・なしに関わらず尾びれ背びれをつけ
初めの話しとは大幅に様相を変え音速で広まっていくもので ――。
世良関連の噂も、
”任意取り調べの申し出を受けた”
という事実から
”既に取り調べ中だ”に変わり、
それはすぐに”逮捕も時間の問題”と
囁かれるようになって。
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