7年目の本気

川上風花

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第2章 東京編

友の危機

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 車から降り立つと ――

 
『ノーコメントッッ!!』


 と、叫ぶように言って、稽古場となるWDCの
 スタジオへ向かう男が2人 ―― 
 ミュージカル『ジゼル』の芸術監督・宗方と
 チーフプロデューサー・哀川だ。


『業界内の噂じゃ、神宮寺藍子さんの代役はもう
 決定済で、間もなく本稽古に入るってのが大方の
 予想なんですがね』

『どーなんですか?! 監督、神代さん』


 神代は群がってくる報道陣へ向けて
 「会見等を開く予定もなしっ」と、テレビカメラの
 レンズから逃れようと虚しい努力をするが、
 大した効果はない。
  
 建物の駐車場側出入り口はもう目と鼻の先に
 あるのに群がってくる報道陣のせいでちっとも
 前へ進めない。

 そして、マイクはしつこく無慈悲に2人を
 追い続ける。


『ヒントだけでも貰えませんか』

『後生ですから、コメント下さいよぉ』


 ***  ***  *** 


 さっき宗方と哀川に群がっていた報道陣の1人が
 叫んでいた『―― 間もなく本稽古に入るってのが
 大方の予想なんですがねっ』という言葉は正解で。
 
 神宮寺藍子バージョンの『ジゼル』の本稽古は
 既に始まっており。
 
 団員仲間曰く、通常時と稽古の時とでは180°
 人格が変わる、と言われてる九条の容赦ない
 怒号の嵐は今日も絶好調で吹き荒れていた……。


 ま、いくら相手が大物女優だって、
 トップアイドルだって、
 傍目にも分かるほど変わられたら
 周りにいる方が恥ずかしいような気もするが。

 ちょ~~~~っとも、
 優しくなるという事はないし、
 相変わらず豊富な語彙で藍子を罵倒し続けている。

 それも、リアルタイムで。


 今回の公演で藍子が九条と絡む最も重要な
 パ・ドゥ・ドゥで、何度やっても九条の言うような
 タイミングで合わせられない藍子に九条の怒号が
 飛ぶ。  


「ジャンプ、高さが全然足りてねぇ」

「手と足の表情が硬すぎ」

「だーっ! てめぇふざけてんのか!! 
 お前の腐った脳みそほじくり出して
 ゴミでも詰めた方がまだマシだっつんだよ!」


 それは無いでしょう、九条さん。


「聞いてんのか? こんな凡ミスぺーぺーの新人だって
 やんねえだろうが!」

「はい。すみません。」

「次、お前のミスで進行止めやがったら、
 お前アンダースタディーに降格な」


 ―― アンダースタディーに降格。

 それは、事実上の戦力外通告。


 藍子は、以前のステージで九条がしていた
 タイミングを頭の中で必死に思い出しながら、
 次に挑んだ。
   
 ……音楽が止まった。

 固唾を呑んで見守る共演者さん達。

 ” アンダースタディに降格 ” 
 その事ばかりが頭の中にちらついて、
 気が気じゃなかった。

 九条はニヤリと微笑んで。


「―― やりゃあ出来んじゃん。
 おっし、30分休憩」


 九条は気分爽快な表情で上手側に去り。

 それと同時にその場へへたり込んだ藍子に、
 ホッとした表情の共演者さん達が駆け寄ってきた。


「はぁ~~っ、一時はどうなる事かとヒヤヒヤしたよ」

「勇人の奴、今日は特に機嫌悪かったしねぇ」

「ゲネプロまで後3日、頑張って行こう」

「はいっ」
 
 
 ゲネプロとは、本番通りの衣装を身に付け、
 本番の劇場舞台で踊る通し稽古だ。
 
 運営者側にしてみればもう”神宮寺藍子”で
 いくしかないのだが、何事も完璧主義の宗方と
 九条から駄目が出れば、ゲネプロの時点で主役
 入れ替えという事態にもなり兼ねない。
 
 皆、神にも祈る心境でゲネプロの日を待っているの
 だった。


 そんな折も折。
 和巴にとって寝耳に水の大事件が勃発する。
 
 イヤ ”和巴自身に”とか”京都の家族に”とか
 いうのではなく。
 
 まだ和巴が大卒後の進路に悩んでいた頃、
 同窓会をきっかけに和巴へ言い寄って来た
 世良忍の会社”世良不動産”が東京地検特捜部の
 強制捜査を受け。  
 東京支社勤務の世良忍自身も任意取り調べの申し出を
 受けたのだ。

 本当に他人のたてる噂というのは無責任なもので、
 そこに悪意のある・なしに関わらず尾びれ背びれをつけ
 初めの話しとは大幅に様相を変え音速で広まっていくもので ――。


 世良関連の噂も、

 ”任意取り調べの申し出を受けた”
 という事実から

 ”既に取り調べ中だ”に変わり、

 それはすぐに”逮捕も時間の問題”と
 囁かれるようになって。
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