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第2章 東京編
都内Bスタジオにて 『ジゼル』始動
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「―― 浅霧さん入りまーす」
薄暗いスタジオに入ると、至るところから
スタッフに挨拶され、
薫さんはそのひとり・ひとりに頭を下げる。
するとどうだ、一斉にザワッとなり
私達が通り過ぎたあと数人のスタッフが
固まって話しはじめた。
小声で聞き取りにくかったが、
何とか聞き取れたのが
「あの薫さんが挨拶に応えた?!」
「今日は機嫌がいい日なんだ! よかった」
的な内容。
それは当然だ。
この仕事、薫さん自身がディレクター・
哀川さんの元へ日参して勝ち取った主役
なんだから。
(聞いた噂によれば薫さんはディレクターへ
”もし主役が年齢的に無理なら脇でも何でも
いいから自分を使ってくれ”って言った
らしい)
いつも気分屋の薫さんも、
今回はかなり熱が入ってるってコト。
『ジゼル』は1841年フランスで初演された
ロマンチックバレエの代表作のひとつだ。
主人公が死装束で踊る唯一のバレエ作品
といわれる。
隣を歩く羽柴さんに目配せすればため息をつかれ
頭を撫でられた。
「九条さん入りまぁーす」
その掛け声にさっきより一段とスタジオ内が騒つく
出入り口を振りかって見ると、
纏う空気が明らかに違う男性が入ってくる。
彼は薫さんの相手役(=アルブレヒト)。
長らくロシアの**バレエ団で踊っていたが、
哀川さんのラブコールに応え今回の出演になった。
ホントに光り輝くような彼から視線が外せない。
今をときめく人気タレントは
間近で見ると、もっとイケメンだった。
そのイケメンが真っ直ぐこちらに歩いてくる。
なんだこれ、デジャブ……。
不意に、昨夜あのスタジオで呼び止められた時の
スチュエーションが脳裏へ蘇った。
昨夜の九条さんは本当に素敵だった……。
***** ***** *****
激しいリズムを刻み、クラシック音楽が響き渡る。
それに合わせ、九条 勇人
は板張りのフロアを踏み込んだ。
「っ……」
空中で横に二回転半。
片足で着地、そして膝を着き胸を張る。
斜め上へと延ばされた腕は指先まで意識が行き届き
今にも誰かがその手を握り返してくれそうだ。
「っ……ハァハァ……」
音楽は終演。
深夜近くの1人きりのスタジオでは当然の如く
拍手ひとつ起こりはしない ―― ハズ、だったが
パチ パチ パチ パチ ――――
突然、聞こえてきた小さな拍手の音に、九条が
驚いてそちらを見ると、拍手をしていたのは
濃紺のシンプルなレオタード姿の小柄な女の子で、
九条はひと目見ただけでこの子とは初対面では
ない、と感じ。
はて……じゃあ、何処で会ったんだろ……?
と、頭の中の記憶帳を猛烈なスピードで捲り、
思い出そうとする。
「あ ―― レッスン、お邪魔しちゃってすみません
でした。九条さんのジャンプがあまりにも素敵
だったもので、つい……じゃ、失礼しました」
と、その女の子は踵を返し立ち去ろうとしている。
その時は、頭で考えるより先に体が動いた。
『ちょっと待って』と、九条はその女の子の前へ
進み出たのだ。
「あ ―― あの……」
自分の行動が自分でも信じられず、
戸惑う九条に負けず劣らず女の子の方も、
突然呼び止められ戸惑っていた。
「良かったら、一緒に踊ってくれない?」
「え ―― っ?」
「あ、別のスタジオでレッスンとかがないんだったら、
なんだけど……」
「レッ、スンは、ないけど、私みたいんで、いいん
ですか?」
「オッケー オッケー、全然オッケー。良くなきゃ、
声なんか掛けてない」
九条、片隅のCDデッキのスイッチをON。
やがて、室内へ静かに流れだす音楽 ~~
Hungry Eyes By Dirty Dancing。
九条、女の子の手を引いて促しながら
センター(中央)へ出る。
「あ、あの ―― もし、トチっちゃたら
ごめんなさい」
「気楽にやろうぜ、踊りの基本は楽しむ事だ」
「……はい」
もちろんこの時、
2人は初めて2人で踊った訳で
事前の振り合わせなどしていない。
九条は”オリンピック選手並み”と言われる、
絶妙なサポーティングテクニックで女の子を
踊りへと誘(いざな)う。
初めこそ何となくちぐはぐで、ぎこちない印象は
あったが、踊り進んでいくうち2人の息は
ピッタリと合い、
ひとつひとつのステップも一連の綺麗な流れ
となってフィニッシュ。
九条、親愛の想いをこめて女の子の手の甲へ
そっと口付ける。
女の子は照れながらも、満面の微笑みを浮かべた。
***** ***** *****
「―― 初めまして、九条勇人です。
今日はよろしく」
遠目でも十分輝いていたのに、
間近で見るともっと輝いていた。
184~5はあるだろう身長に、
セットされた黒髪は右半分だけ後ろに流されていて
とても今の彼に似合っていた。
どうして人はこうも顔の作りに差ができるの
だろうか?
「かおる、さん?」
挨拶されてから、私に釣られ薫さんまで
ボーッと九条勇人を眺めていたらしく、
不思議そうな表情で覗き込んでくる。
もうっ! そんな表情も仕草も、
憎ったらしいくらいイケメンだ。
「あ、イエ、スミマセン。私の弟とは大違いだなと
見惚れてました」
自分で言って自分でダメージをウケてる
薫さん。
それがわかったのだろう。
隣に立っている羽柴さんが鼻で笑う気配が
伝わってきて、ムッとした薫さんが、
軽くパンチをお見舞いしてやると
頭を叩かれた。
そんなやり取りをしたのち、
なんとなく九条勇人に視線を戻すと、
ついさっきまでの微笑みなんか微塵も感じさせない
真摯な視線で、何故か私を凝視していた。
な、何よ……。
「突然だけどさ、昨夜キミ何処にいた?」
「はぁっ?? 私ですか?
ホント藪から棒ですね」
「実は……いや、何でもない。さっきの質問は
忘れてくれ」
哀川さんに呼ばれてそっちへ行った
九条さんの後ろ姿を目で追いつつ、
昨夜の事を思い返していた。
そう言えば私……昨夜は名前も言ってなかった。
おまけに完全なスッピンでひっつめ髪。
親友の利沙でさえ、
プライベートの時のオフモードと
仕事のオンモードの時の私は見分けが超難しいと
言ってる。
はっきり言って、別人だって。
薫さんと青山さんも撮影スタッフに呼ばれ
行ってしまったので、とりあえず私は邪魔に
ならないようスタジオの隅へ逃げた。
「……俺も、気になるなぁ」
そう言ってきたのは羽柴さん。
「何が、です?」
「昨夜は何処にいた? こんないい男からの誘い
断ってさ」
「ノーコメントです」
「じゃ、今夜はどーお?
二子玉”シャノアール”の予約、取れたんだけど」
「!! って、どうやって取ったんです??
あそこ、ツテがないとリザーブ出来ない店って
有名なんですよ」
「これでも一応、上場企業の役員だよ~。
そのくらいのツテはある。
で、今夜の食事はどうする?」
「……シャノアールのディナーは捨て難いん
ですけど、時子さんにシメられたくはないので
遠慮しておきます」
「ったく、しゃーねぇたまには時子の奴誘ってやっか」
薄暗いスタジオに入ると、至るところから
スタッフに挨拶され、
薫さんはそのひとり・ひとりに頭を下げる。
するとどうだ、一斉にザワッとなり
私達が通り過ぎたあと数人のスタッフが
固まって話しはじめた。
小声で聞き取りにくかったが、
何とか聞き取れたのが
「あの薫さんが挨拶に応えた?!」
「今日は機嫌がいい日なんだ! よかった」
的な内容。
それは当然だ。
この仕事、薫さん自身がディレクター・
哀川さんの元へ日参して勝ち取った主役
なんだから。
(聞いた噂によれば薫さんはディレクターへ
”もし主役が年齢的に無理なら脇でも何でも
いいから自分を使ってくれ”って言った
らしい)
いつも気分屋の薫さんも、
今回はかなり熱が入ってるってコト。
『ジゼル』は1841年フランスで初演された
ロマンチックバレエの代表作のひとつだ。
主人公が死装束で踊る唯一のバレエ作品
といわれる。
隣を歩く羽柴さんに目配せすればため息をつかれ
頭を撫でられた。
「九条さん入りまぁーす」
その掛け声にさっきより一段とスタジオ内が騒つく
出入り口を振りかって見ると、
纏う空気が明らかに違う男性が入ってくる。
彼は薫さんの相手役(=アルブレヒト)。
長らくロシアの**バレエ団で踊っていたが、
哀川さんのラブコールに応え今回の出演になった。
ホントに光り輝くような彼から視線が外せない。
今をときめく人気タレントは
間近で見ると、もっとイケメンだった。
そのイケメンが真っ直ぐこちらに歩いてくる。
なんだこれ、デジャブ……。
不意に、昨夜あのスタジオで呼び止められた時の
スチュエーションが脳裏へ蘇った。
昨夜の九条さんは本当に素敵だった……。
***** ***** *****
激しいリズムを刻み、クラシック音楽が響き渡る。
それに合わせ、九条 勇人
は板張りのフロアを踏み込んだ。
「っ……」
空中で横に二回転半。
片足で着地、そして膝を着き胸を張る。
斜め上へと延ばされた腕は指先まで意識が行き届き
今にも誰かがその手を握り返してくれそうだ。
「っ……ハァハァ……」
音楽は終演。
深夜近くの1人きりのスタジオでは当然の如く
拍手ひとつ起こりはしない ―― ハズ、だったが
パチ パチ パチ パチ ――――
突然、聞こえてきた小さな拍手の音に、九条が
驚いてそちらを見ると、拍手をしていたのは
濃紺のシンプルなレオタード姿の小柄な女の子で、
九条はひと目見ただけでこの子とは初対面では
ない、と感じ。
はて……じゃあ、何処で会ったんだろ……?
と、頭の中の記憶帳を猛烈なスピードで捲り、
思い出そうとする。
「あ ―― レッスン、お邪魔しちゃってすみません
でした。九条さんのジャンプがあまりにも素敵
だったもので、つい……じゃ、失礼しました」
と、その女の子は踵を返し立ち去ろうとしている。
その時は、頭で考えるより先に体が動いた。
『ちょっと待って』と、九条はその女の子の前へ
進み出たのだ。
「あ ―― あの……」
自分の行動が自分でも信じられず、
戸惑う九条に負けず劣らず女の子の方も、
突然呼び止められ戸惑っていた。
「良かったら、一緒に踊ってくれない?」
「え ―― っ?」
「あ、別のスタジオでレッスンとかがないんだったら、
なんだけど……」
「レッ、スンは、ないけど、私みたいんで、いいん
ですか?」
「オッケー オッケー、全然オッケー。良くなきゃ、
声なんか掛けてない」
九条、片隅のCDデッキのスイッチをON。
やがて、室内へ静かに流れだす音楽 ~~
Hungry Eyes By Dirty Dancing。
九条、女の子の手を引いて促しながら
センター(中央)へ出る。
「あ、あの ―― もし、トチっちゃたら
ごめんなさい」
「気楽にやろうぜ、踊りの基本は楽しむ事だ」
「……はい」
もちろんこの時、
2人は初めて2人で踊った訳で
事前の振り合わせなどしていない。
九条は”オリンピック選手並み”と言われる、
絶妙なサポーティングテクニックで女の子を
踊りへと誘(いざな)う。
初めこそ何となくちぐはぐで、ぎこちない印象は
あったが、踊り進んでいくうち2人の息は
ピッタリと合い、
ひとつひとつのステップも一連の綺麗な流れ
となってフィニッシュ。
九条、親愛の想いをこめて女の子の手の甲へ
そっと口付ける。
女の子は照れながらも、満面の微笑みを浮かべた。
***** ***** *****
「―― 初めまして、九条勇人です。
今日はよろしく」
遠目でも十分輝いていたのに、
間近で見るともっと輝いていた。
184~5はあるだろう身長に、
セットされた黒髪は右半分だけ後ろに流されていて
とても今の彼に似合っていた。
どうして人はこうも顔の作りに差ができるの
だろうか?
「かおる、さん?」
挨拶されてから、私に釣られ薫さんまで
ボーッと九条勇人を眺めていたらしく、
不思議そうな表情で覗き込んでくる。
もうっ! そんな表情も仕草も、
憎ったらしいくらいイケメンだ。
「あ、イエ、スミマセン。私の弟とは大違いだなと
見惚れてました」
自分で言って自分でダメージをウケてる
薫さん。
それがわかったのだろう。
隣に立っている羽柴さんが鼻で笑う気配が
伝わってきて、ムッとした薫さんが、
軽くパンチをお見舞いしてやると
頭を叩かれた。
そんなやり取りをしたのち、
なんとなく九条勇人に視線を戻すと、
ついさっきまでの微笑みなんか微塵も感じさせない
真摯な視線で、何故か私を凝視していた。
な、何よ……。
「突然だけどさ、昨夜キミ何処にいた?」
「はぁっ?? 私ですか?
ホント藪から棒ですね」
「実は……いや、何でもない。さっきの質問は
忘れてくれ」
哀川さんに呼ばれてそっちへ行った
九条さんの後ろ姿を目で追いつつ、
昨夜の事を思い返していた。
そう言えば私……昨夜は名前も言ってなかった。
おまけに完全なスッピンでひっつめ髪。
親友の利沙でさえ、
プライベートの時のオフモードと
仕事のオンモードの時の私は見分けが超難しいと
言ってる。
はっきり言って、別人だって。
薫さんと青山さんも撮影スタッフに呼ばれ
行ってしまったので、とりあえず私は邪魔に
ならないようスタジオの隅へ逃げた。
「……俺も、気になるなぁ」
そう言ってきたのは羽柴さん。
「何が、です?」
「昨夜は何処にいた? こんないい男からの誘い
断ってさ」
「ノーコメントです」
「じゃ、今夜はどーお?
二子玉”シャノアール”の予約、取れたんだけど」
「!! って、どうやって取ったんです??
あそこ、ツテがないとリザーブ出来ない店って
有名なんですよ」
「これでも一応、上場企業の役員だよ~。
そのくらいのツテはある。
で、今夜の食事はどうする?」
「……シャノアールのディナーは捨て難いん
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