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第2章 東京編
社会人1年生は大忙し そのⅡ
しおりを挟む「―― さ、着いたぞ」
そのお店のドアマンらしいロマンスグレーの
小父さんが車外からドアを開けてくれた。
えっ ―― ドアマンなんているの?
少し、焦りつつ、降り立った目の前にあるその
レストランの外観を見て、足が動かなくなった。
どう見ても ”安くてボリューム満天系”の
庶民的なお店ではない。
「あ、あの ―― このお店、
ドレスコードとかは……」
「服着てりゃあ充分だ」
どんどん歩いて、先を進む課長に、
ただペットのようについて行くしかなかった。
*** *** ***
「いらっしゃいませ、笙野様。
ようこそおいで下さいました」
気持ちの良いマネージャーの挨拶。
まるで、上得意客にでもなったかのような
出迎えだった。
「こちらへどうぞ ――」
案内された席は、間違いなくこのお店で
1番良いお席。
完全な個室ではないけど、一般のお客がいる
スペースとはお洒落な衝立で隔たれていて。
目の前には手入れの行き届いた、
見事なイングリッシュガーデンが広がっている。
「わぁ ―― キレイ……」
思わず、感嘆の言葉が洩れた。
「実は、ココ、以前いた会社の入社試験代わりにと、
社長から初めて1人でコーディネートを任された店
なんだ」
えっ、入社試験代わりって……ほな、今の私と
ほとんど変わらない年の時、こんな大仕事を
やってしまったの?
しかもたった1人で!
課長への尊敬の念を、また新たにした。
そして、その端正な顔立ちと、
無邪気そうにキラキラ光る澄んだ瞳に……
思わず見惚れる。
これがデートなら、お伴のパートナーは
間違いなくイチコロだろう。
あぁ、危ない 危ない……危ない?!
一体何が?
危うく、私までもが勘違いしちゃうところだった、
課長と私はそんな関係ではない。
と、言いながらも、
私は課長の大人な立ち振舞いに
すっかり惹き込まれていた。
「―― とても美味しかったです」
「喜んでもらえて良かった」
ザートも食べ終わり、しばらく食後の
エスプレッソを楽しんでいると ――
そこへこれまた、課長に負けず劣らず
端正な顔立ちのハンサムさんがやって来た。
「ギイ、来るならもっと早うに連絡よこせよ」
「んン ―― お前に会うつもりはなかった」
けど、このハンサムさん、
よ~く見ると顔の作りが
課長と似ているような気がした。
「相変わらず冷たい奴ちゃなぁ~」
「仕事の途中で寄っただけだし」
ホント、見れば見るほどそっくりに見える……。
「あ、こいつは俺の弟、この店のオーナーシェフ
なんだ」
「へぇ~、お前が連れてきた女の子紹介してくれたの、
初めてやなぁ。初めまして、弟の茂幸言います
宜しゅう。ところで、こいつにはもう食われた?」
「えっ?! あ、いや、何と言うか……」
あぁ、あかん……ボロボロやわ。
「ギイのストライクゾーン、ど真ん中やな」
と、ニヤリ不敵な笑みを浮かべた。
「からかうなよ。彼女は俺の部下なのっ。
小鳥遊だ」
「ふぅ~ん、小鳥遊さん、ね。下の名前、
おせーてくれる?」
「和巴って言います」
「和ちゃんか。キミに似合いの可愛い名前やね。
ギイに愛想が尽きたら
いつでもぼくんとこにおいで?」
茂幸さんは、言いながらウィンクを送ってきた。
初対面とは思えないくらい、
いいようにからかわれ、
何度も真っ赤になった私。
けど、真っ赤になる度、また心臓が高鳴った。
コレって、もしや……。
まさかね。
課長と私じゃ、まさに ”月とスッポン”だ。
オトナのジョークくらい、さらりと躱(かわ)せる
ようにならんと。
自分へ言い聞かせる。
何か、普通に仕事するより疲れちゃったよ……。
とは言え、ちゃっかりご馳走して頂き、
お店を後にした。
帰り際に茂幸さんが、投げキッスを飛ばしながら
言った。
「キミの為ならいつでも一番の席を用意するから、
またいつでもおいで。未来の若奥さん」
も、茂幸さんてば……。
*** *** ***
もう、一か所取引先を回ったので、吾妻橋を
通過した頃には、辺りは夕闇が迫り始めていた。
「あっと、いけね。つい調子にのって連れ回してたら
こんな時間になっちまったな。小鳥遊くんの
アパートまでナビしてくれるか?」
「あ、そこいらで落としてくれれば、自分で適当に
帰りますから」
「いや、就業時間外まで付き合ってくれたお礼に、
送らせて欲しい、それとも、よう知らん男に
自宅を知られるんは怖い?」
「いえ、そんな事は……ほな、雷門通りの ――」
「あ~ぁ、ダメダメ」
「へ?」
「小鳥遊くん、キミ、年頃女子のくせして
かなり無防備だ。いくら職場の上司だからって、
知らん男に変わりはないやろ?」
「じゃあ、東武浅草駅の近くで降ろして下さい」
「送らせてはくれんのかぁ……」
「ほな、どうすればええんですか??」
課長はいたずらっ子みたいに笑って。
「ごめん ごめん、キミからかってるとマジ
面白いから」
「課長 ――っ!」
「ほな、国際通りの凌雲閣跡でええな」
私はハッとした。
課長の言った、国際通りの凌雲閣跡から
私のマンションまでは徒歩2~3分。
一番近くにある史跡なんだ。
そっかぁ……直属の上司なんだから、
部下のパーソナルデータくらい
知っていて当然や。
間もなく車は凌雲閣跡の路肩へ
横付けされた。
「気を付けてな。お疲れ様」
「お疲れ様でした。
あと、食事、ごちそうさまでした」
「あんなんでよかったら、また一緒に行こう」
「はい、是非に」
返事をして、車から降り立ち。バタン! と、
ドアを閉めた。
ゆっくり走り出した車のテールランプを車の形が
小さくなって完全に見えなくなるまで見送り、
マンションへ足を向けた。
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