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焼き肉デート
しおりを挟む店内に入ると、マネージャーらしい黒服が
宇佐見さんに声を掛けた。
「宇佐見様、いつもありがとうございます」
こんな高級店で常連なわけ?
取引先の誰かと接待で一緒に来たのかな。
うん、多分そうだ。
個室に通されて、向き合って座る。
「何でも好きなのを選べ」
「んじゃ、遠慮なく ――」
とは言ったものの、こいつの懐具合も気になる。
ホントに良いのかぁ? お金あるのか?
「おぉ、じゃんじゃん 頼め」
大人って色々大変だ……と思った時、
扉が開いて店の人が入ってきた。
「宇佐見様、本日はご来店ありがとうございます。
とても良い肉が入っておりますが……」
「じゃあ、それを貰おう。後は適当に頼むよ」
「はい。畏まりました」
ちょっと、ねぇっ!
私に選ばせてくれるんやなかったん?
ナニ勝手に決めてんのよ!
宇佐見さんが私を見た。
「どうせ食うなら美味い肉の方がいいだろ?」
「え?」
「『自分に選ばせろ』と顔に書いてある」
また、宇佐見さんに笑われた。
明らかに高そうな霜降りや赤身の肉がテーブルに
並び、宇佐見さん自らが肉を焼き始めた。
「―― ほら、食え」
「い……いた、だきます」
「どうぞ」
ひと口食べて、私は唸った!
「うわっ、めっちゃおいし!」
こんなお肉、食べた事ない! さすが高級店!
この日私は口の中でお肉が蕩けるという感覚を
初めて味わった。
「だろ? 店長お勧めだからな」
宇佐見さんが笑いながら肉を焼いてくれる。
さっきの人は店長だったんだ……でも、
普通店長が挨拶しに来るのか?
ただの常連客に??
疑問を感じながら、肉を食っている私に、
宇佐見さんがグラスを掲げた。
「遅ればせながら、就職内定おめでとう」
「あ ―― ありがと」
ソフトドリンク同士のグラスがカチリと
合わさって、乾杯。
「―― ところで、大学はいつまで?」
「23」
食べながら答えた。
「じゃあ、デートできるな」
「しない」
誰がするか!
「店はいつから休みだ?」
「一応30日」
「じゃあ、年越しは一緒にいられるな、どこに
行きたい?」
「残念でした、私はディズ ――」
しまった! つい『ディズ』と言ってしまった!
特徴のある言葉だから……バレたか?
私は食べるのを止めて宇佐見さんを見ると、
彼はニヤリと笑った。
「T・D・L(東京ディズニーランド)の
カウントダウンパーティー?」
やっぱり年末年始って言ったら
ディズニーでしょ。
利沙のお母さん繋がりで
カウントダウンパーティーのチケットが
手に入るので、うちらは毎年そちらへ
行く事にしていた。
バレてる……何だか分からないけど……
物凄く嫌な予感がする。
あ、そうだ!
「新しい彼を紹介して貰うの。
就職すれば夜もデートできるし!
せやから私の事はもう諦めて」
私を見ていた宇佐見さんが箸を置いた。
ほへ? 諦める??
「絶対、阻止してみせる」
ニヤリと笑う。
もうぅぅ!
私は食事を再開した。
「諦めて」
「嫌なこった」
宇佐見さんが料理を食いながら即答する。
「あなたなら引く手も数多でしょ」
「和巴が良い」
「そこまで、私みたいなお子様に固執する必要も
ないと思うけど? ―― あ……」
私は宇佐見さんを見ると、彼も私を見た。
「来るつもりじゃないでしょうね?」
「ん? 残念ながら仕事だ」
仕事か……良かった。
「そう、頑張ってね」
仕事なら当日は来ないはずだ。
良かった良かった。
少し笑いながら料理を食べ始めると、
宇佐見さんはタバコを吸い始めた。
「まだオレを好きにならないのか?
早く惚れろ」
「押し付けがましいのは嫌いなの」
(好きな人間はあまりいないと思うが)
「ここに来る途中の脇道ででもすれば良かったな、
絶対オレに惚れたはずだ」
「なにを?」
「セッ*ス、お前を満足させる腕前(テク)は
持っているつもりだ」
私は飲んでたウーロン茶を噴出した!
突然何を言い出すんだ! この親父は!
「あーぁ あーぁ」
宇佐見さんは笑いながら、
呆然とする私の顔をおしぼりで拭いた。
「冗談だよ。でも、ウーロン茶を噴出す和巴も、
今の呆然としている和巴も全て可愛いよ」
ほ……
本能が告げている………私の操が危ない!
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