化粧品会社開発サポート部社員の多忙過ぎる日常

たぬきち25番

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会員制高級旅館殺人事件

15 訳アリの人間関係(4)

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「君……私とあの人の関係、知ってるでしょ? 昨日……見てたんでしょ?」

「え……。は……い」

 美香と2人になると、いきなり込み入った話を切り込んで来た。
 伊月は、嘘をつくことも出来ずに、素直に頷いた。
 すると美香が、笑っていない瞳で尋ねた。

「それで? 実際のところはどうなの? 昨日……あの人と寝たの?」

 美香の言うあの人とは、奥野代議士のことだろう。
 あんな男とそんな関係を持つわけがない。

「は? いえ!! とんでもない!!」

 伊月は、急いで首を振った。
 そう言えば、昨日の夜に、巧とシャーベットを取りに来た時、奥野は、京香と一緒にいた。
 つまり、昨夜、奥野は京香の部屋で過ごしたのかもしれない。
 だから、美香が異様に伊月を疑っているのだろう。

「本当に?」

 美香の探る視線に、伊月は、奥歯を噛むと、男としてのプライドをビリビリと破りながら、心の中で泣き叫びながら答えた。

「私には……巧さんが……いますから」

 『俺は男です』と言えたら、どんなによかっただろう。
 だが、そう答えることは出来ない。
 そうなると、もう、こんな答えしか伊月には考えられなかった。
 がっくりと肩を落とす伊月に、美香はさらに伊月にダメージを与える言葉を言い放った。

「ふふふ、まぁ、巧くんって、執着凄そうだし、絶倫っぽいもんね。他の男の相手なんて出来ないか」

 (ああ、こんな美人の口から、執着とか、絶倫とか~~~、聞きたくなかった……。マジで。何これ……もう、消えたい……)

 自分は、奥野に化粧をしてないのに、至近距離で見られても男と気付かれないくらいなのに、一方で、巧は、男としてはなんとも羨ましいイメージを持たれているなんて!! だが、絶倫というイメージを持たれてしまうとプレッシャーだが……。伊月が、巧のイメージに嫉妬と同情をしていると、美香の部屋の前に着いた。

 美香の部屋は、『十六の間』と書かれていた。
 そして、隣には、花と実の絵が彫られていた。実は、サクランボのように細い柄のような物にぶら下がっているが、実は細長い。

(これは、ナスの花に似てるけど……この並んだ実は……クコか……)

 どうやら、ここにはクコが書かれていた。
 伊月が、しっかりと目に焼き付けるように絵を見ていると、美香が口を三日月のようにして笑いながら言った。

「ねぇ……巧くん、一晩、貸してくれない?」

 伊月は、巧が気の毒に思えた。
 自分の周りには、確かに出会いもなく、女性との出会いさえない。
 だが、巧の周りには、本当に超肉食女子が溢れているようだ。
 何も知らない相手に、イメージで『執着凄そう』だの『絶倫』だの言われたら、伊月だって女性不審になりそうだった。
 伊月は、美香を真っすぐと見ながら言った。

「お断りします」

「ふふふ、冗談よ……あなたって、巧くんのことが好きなのね……羨ましいわ……好きな人の隣に堂々と立てて」

 先ほどまでは、自信家で、完璧な才女に見えた美香が、どこか切なそうに笑った。その顔は、迷子になった子供のようで、伊月は、思わず言葉を失った。
 もしかしたら、今の顔が、美香の本音を見せた顔なのかもしれないと思えた。
 伊月は、巧のことは人間としては、尊敬しているし、好きかと聞かれれば好きな方だと思う。
 だが、美香のいう『好き』というのは、恋愛の好きと言う意味なのだろう。
 そうだとするなら、伊月には、美香の気持ちは、よくわからない。

(好きな人の隣に堂々と立てるか……堂々と隣に立てなくても、側にいたいって思うってことだよな……人の心って、本当に厄介だよな……)

 まぁ、伊月の場合も、男性でしかも恋人でもないので、堂々と巧の隣に立っているというわけではないのだが。

「じゃあ、朝食でね」

「はい。ありがとうございました」

 伊月は、部屋に戻る美香にお礼を言うと、胸の中にモヤモヤした何かを抱えながら、自分の部屋に戻ったのだった。
 

☆==☆==


 部屋に戻ると、すでに7時だった。
 8時から、食事なので、もう少し時間がある。
 伊月は、先ほど、奥野夫妻の部屋と、美香の部屋で見たことをまとめることにした。

「こんなもんか……」

 伊月が、まとめ終えて、時計を見ると、もう7時30分になっていた。
 朝食は、京介とも顔を合わせるのだ。さすがに化粧をする必要がある。

 伊月は、ベッドルームに行くと、巧に声をかけた。

「巧さん、朝ですよ」

 だが、巧はぐっすりと眠っていた。疲れているのだろうとは思ったが、朝食に行く必要がある。
 
「巧さん、起きて下さい、朝ですって!!」

 巧の肩を揺らすと、巧に腕を捕まれ、抱きしめられた。

「ん~~~~~ん?」

 巧は、半分目を開けてはいるが、また寝ぼけているようだ。男の伊月を寝ぼけて抱きしめたなど、本人にしたら、黒歴になるだろう。
 伊月は、巧の顔を見ながら、ふと、先ほどの美香の質問をしてみることにした。

「巧さんって、絶倫なんですか?」

「……は?」

 巧が慌てて、目を開けると、じっと、伊月の顔を見た。

「おはようございます」

 伊月が笑うと、状況がわかっていない巧が首を傾けながら「おはよう」と言った。
 そして、巧は、ようやく、伊月を抱きしめている今の状況に気付くと、「ごめん!!」と言って、手を離した。伊月は、ベットから離れると「早く、化粧して下さい。お腹空きました。では……」と言って、巧から離れた。

「え? 待って、俺も起きるから」

 巧も急いで、ベッドから起き上がったのだった。

 
 ☆==☆==


「へぇ~。それはごめんね」

 巧は、伊月の化粧をしながら、伊月の報告を聞いた。

「いえ……。でも部屋の数字も、植物も特に関連性があるように思えませんでしたが……」

「ん~そうだね……あ、伊月さん、目を閉じて」

 巧は、なにやら化粧用のハケを持ちながら言ったので、伊月はゆっくりと目を閉じた。
 すると、巧は少し考えて言った。

「三、九、十三、十六か……それって月みたいだね?」

「え?!」

 伊月が、目を開けると、巧が困ったように言った。

「伊月さん、目を閉じて」

「あ、はい。すみません」

 伊月は、目を閉じると、呟くように言った。

「三は、三日月。九は、九日月。十三は十三夜月。十六は十六夜の月か……確かに……でも、月の名前で言ったら、ダントツで、十五夜の月が一番有名なのに、どうして、九日や、十三夜なんでしょうね?」

「ん~~やっぱり、隣の絵と関係があるとしか思えないよね~~。あ、もう目を開けてもいいよ」

「はい」

 目を開けると、やっぱり自分ではないと思えるほどの美少女が座っていた。

(化粧って、怖い……)

 伊月が、化粧の怖さを痛感していると、巧が、化粧道具を片付けながら言った。

「ん~~キクイモは、今だから、冬だよね……」
 
 それを聞いて、伊月が声を上げた。

「スギナは、春って感じですよね? ドクダミは夏?」

 巧は、化粧を終えて、伊月のウイッグをつけながら言った。

「クコは秋だね」

 考えてみれば、季節の植物が描かれているらしい。
 だが、それだけわかっても、どういう意味なのか全く意味がわからない。

「伊月さん、とりあえず、朝ごはん食べに行こか」

「はい」

 こうして、伊月は心に引っかかりを感じながらも、食事に向かったのだった。
 
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