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会員制高級旅館殺人事件

9 旅館に集う人々

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「伊月さん、そろそろお腹空かない?」

 巧にそう言われて、時計を見ると、もうお昼を過ぎていた。

「ああ、そうですね。一度、食事に戻りましょうか?」

「そうしよう!!」

 伊月と、巧は一度散策を切り上げて、旅館に戻ることにした。旅館の近くにまで来ると、美しいフルートの音色が聞こえてきた。どうやら、フルート音色は、先ほど伊月と巧がお茶をしていた庭園から聞こえてくるようだった。
 伊月と巧が庭園に入った途端、曲が丁度終わったようだった。
 どんな人物が弾いていたのかと、興味深くて、チラリと顔を見ると、弾いていたのは、とても美しい人だった。恐らく20代だとは思うが、落ち着いた空気感は、20代女性に出せる雰囲気ではなかった。長い髪に、大きな瞳、細長い手足。本当にキレイな人だった。
 その人物は、こちらを見ると、嬉しそうに笑った。

「巧君じゃない!!」

 伊月は、思わず巧の方を振り向いた。

(え? こんなキレイな人と知り合い??)

 こんな所でまで、美人で上品な女性の知り合いに遭遇している、巧の人間関係を心底羨ましく思ったのだ。

「京香さん! お元気そうですね!」

 女性に声をかけられると、無意識に顔が強張る巧にしては、珍しく、自然な笑顔で話しかけていた。
 その瞬間、伊月は、この2人は、随分と親しい仲なのだろうと思った。もしかしたら、恋人だったのかもしれない。


「元気にしているわ。巧君こそ、噂は聞いているわ。凄いわね」

「それ……京香さんが言うと、複雑ですね」

「そんなことないわ。ふふふ」

 こんな美人と親しげに話す巧が、本気で、羨ましい。伊月が、無意識にジト目を向けていると、京香が楽しそうに笑った。

「あははは。ごめんなさいね、お嬢さん。そんなに妬かないで。私たち、同じ先生にピアノを習っていたってだけの関係なのよ。恋人関係でもなかったし、もちろん、肉体関係だってないわよ?」

 京香は、楽しそうに片目を閉じながら言った。

 伊月は、それを聞いて、顔を赤くしてしまった。
 伊月は、先ほどまで、確かに妬いていたかもしれない。だが、それは、巧がどこに行ってもキレイな女性の知り合いがいるからで、まさか、自分の態度が、巧の女性関係に嫉妬しているかのように誤解させるとは思わなかったのだ。
 しかも、京香のような美しい女性の口から『肉体関係』なんて単語が飛び出すことが、恥ずかしく感じる。
 
「ええ? 妬いてくれたの?」

 なぜか、巧は嬉しそうに、伊月の顔を覗き込んできた。

「はぁぁあ?」

 思わず、大きな声をあげると、京香がくすくすと笑いながら言った。

「ふふふ。お嬢さん、ごめんなさいね。まさか、巧君にこんなに、可愛い恋人が出来るなんて思わなかったの。とってもお似合いだわ」

(嬉しくない。むしろ屈辱)

 伊月は、心の中で悪態をつくと、思わず唇を噛んだ。
 
「巧君の周りには、狂気に飲まれた方が多かったから……」

 京香が、真顔で言った。整た顔の美人の真顔は、どこか寒気を感じた。
 伊月が、背中に汗を感じていると、巧が尋ねた。

「今日は、休暇ですか?」

「休暇というか……年に一ヵ月は私、ここに留まることにしているの。若返りのためにね。君たちだってそうでしょ?」

(若返りのため?)

 京香は、茶化した様子もなく、真剣な顔で言っていた。
 伊月が京香の言葉の意図を汲むことが出来ずに眉を寄せていると、巧が能天気に答えた。

「ええ、そうです」

 伊月は、『後で、巧に、この旅館について、説明を受けよう』と思ったのだった。
 すると、京香が妖艶な笑みをこちらに向けながら言った。
 
「ここの温泉に入った後は……盛り上がるわよね」

 何か?!
 伊月は、思わず顔を下に向けて真っ赤になっていた。
 京香が、そのセリフを言うのは、反則技である。
 それが、例え自分に向けたセリフではなかったとしても、そんなことを言われた男が、みんな赤面するのは、当然だろう。

 そんな時。
 ぎゅるぎゅると、周囲に、伊月のお腹の音が響いた。
 伊月は、耳まで真っ赤になった。

(もう、本当に穴があったら、今すぐ入りたい)

「あら、ごめんなさい、食事に行くところだったのね」

 京香が、慌てた様子で言った。

「そうなんです。それでは、京香さん、一度失礼します」

「ええ」

 こうして、京香と別れて、伊月と巧は、お食事処に向かったのだった。





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