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エピソード2 在りし日のブリジットとトリスタン(後編)

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「信じられない。どうやって許可を取ったの?」

 ブリジットはイリュジオン国に向かう汽船の中で、トリスタンと共に夕日を見ながら尋ねた。

「ふふふ。どうしてだろうね。ミステリアスな男の方が魅力的だろう?」

 トリスタンがブリジットに向かって片目を閉じた。
 夕日に染まったトリスタンの顔が美しくブリジットは思わず目を逸らしながら恥ずかしさを紛らわせるように悪態をついた。

「ミステリアス? 胡散臭いの間違いでしょ?」

 トリスタンは困ったように頭を掻くと、ブリジットの耳元に口を寄せた。

「胡散臭い?! それは困ったな……じゃあ、種明かし。
 君の我が国への留学を許してくれるなら、我が領にあるダイヤモンド鉱山の年間の採掘量の20%を献上することでまとまったよ」

・・・・・。

・・・・・・・・

・・・・・・・・・・?! 

(ダイヤモンド鉱山って言った?!)

「は? なんですって?」

 ブリジットはトリスタンの言葉が信じられずに大きく目を見開いた。

「あれ?……聞こえなかった? 風強いからかな?」

 トリスタンが首を捻ってまたブリジットの耳に口を近づけようとしたので、ブリジットはトリスタンに近づいて他の人に聞こえないような小声で言った。

「聞こえたわよ!! そうじゃなくて、ダイヤモンド鉱山の20%を献上?! それでもかなりの量でしょ?」

「うん。小さな領なら有に数年分くらいの財源になるんじゃないかな?」

「ど、どうしてそんな!! 私なんかのために!!」

「私なんかなんて言わないでよ。
 君は僕の運命なんだ」

「運命って……あなたの国の人は大激怒よ?! 大丈夫なの?!」

「ふふん。まぁ。そこは任せてよ」

 トリスタンはまた困ったように笑った。

 ブリジットはトリスタンの交渉が無謀に思えていたが、トリスタンとしてはそう無謀ではなかった。 
 今のイリュジオン国は、圧倒的に立場が弱い。
 特に『ラジュル国』はイリュジオン国に無理を言ってきたりしている。
 そんな時、イリュジオン国が大国レアリテ国の皇太女候補を匿っているとすれば、『ラジュル国』も背後にレアリテ国がいると思い、あまり強くは出れないだろう。
 正直、ダイヤモンド鉱山の採掘の20%は少なくはないが、外交の圧力が緩和されると思えば、王族も各公爵家や大臣たちも納得するだろう。

「もう……あなたって、本当に意味がわからないわ。でも……確かに退屈はしないかもね」

 ブリジットはトリスタンがなんらかの策があるということは分かっていたが、人は策があったとしても中々行動できるものではない。
 どうしても前例のない決断には恐怖が付きまとうからだ。

「でしょ? どんどんハマってくれていいからね」

 トリスタンの楽しそうな顔を見てブリジットも楽しくなってきた。

(ふふふ。心がふわふわして踊りだしたくなるこの衝動はもしかして……楽しいという感情かしら?
 生まれて一度も楽しいなんて思ったことなんてないのに)

 ブリジットはこれまで常に策略と陰謀の渦中にいた。
 毎日とにかく学ぶことと、心を凍らせることだけを考えて生きてきた。
 
(もう、あんなつらい毎日に戻れないかもしれないわ)

 ブリジットは小さく溜息をついた。

「あなたにハマるの色んな意味で怖いわ」

 トリスタンがいないと生きていけなくなりそうでブリジットは怖かった。
 そんなブリジットの心を知ってか、知らずかトリスタンがブリジットを抱き寄せて耳元で囁いた。

「どんどんハマって? もう君と離れないから」

 その言葉通り、ブリジットはトリスタンにハマってしまったのだった。

+++++

 それからブリジットはトリスタンの生家であるアトルワ公爵家から学校に通うことになった。
 初めは戸惑っていたブリジットだったが、王女のエリザベスやクリスティーナと仲良くなってからはとても楽しそうに過ごしていた。

 そんなある日、ブリジットの元に知らせが届いた。

「……とうとう来たわね」

 ブリジットが手元の手紙を握りしめた。

「どうしたの?」

 トリスタンが様子の変なブリジットを抱き寄せながら尋ねた。

「私に皇太女就任の儀式に参加するようにだそうよ」

 ブリジットの言葉にトリスタンは冷静に穏やかに答えた。

「ブリジットが皇太女に決まったんだ。よかったね」

「ええ。でも、トリスタン……その…それで……あなたに私の王配になってもらいたいのだけど……」

「うん。もちろんだよ!!」

 トリスタンはブリジットをきつく抱きしめた。
 ブリジットもトリスタンを抱きしめ返した。

「ただ……私、子供はここで、生みたいの。そして、できればこの国で育てたいわ。
 私が実際に女王になるまではきっと私の子供も私と同じように毒を盛られたりすると思うの……。
 我儘なお願いなのは充分承知だけど、次期アトルワ公爵になられるお兄様とエリザベスにも相談して……」

 不安そうなブリジットの髪にキスをしながらトリスタンは優しく告げた。

「うん。そうしよう!! 私たちの子供はここで生んでここで育てて貰おう」

「そんな簡単に!! こんなの私の我儘だし」

 落ち込むブリジットの顔をトリスタンは覗き込みながら言った。

「ブリジット。親が子供を守りたいと思うのは我儘なんかじゃないんだ。
 子供っていうのは絶対に大人の都合で犠牲になっていいはずがない。
 絶対に守ろう。何がなんでも」

 トリスタンの言葉にブリジットは嬉しくなってキスをした。

 チュッ!!

「ふふふ。やっぱり私、あなたと出会えてよかった。
 あなたの大切な物を大切だって言えるところは本当に大好きだわ」

 トリスタンが嬉しそうに目を見開いた後、ふんわりと笑った。

「ありがとう。これからも君からその言葉を聞けるように頑張るね」

 楽しみも喜びも愛しさも教えてくれたのトリスタンを見てブリジットが「ふふふ」と笑った。

「運命か……あながちバカにできないかもね。
 だってあなたは間違いなく私の運命だわ」

 そう言って、トリスタンに深く口付けをするとトリスタンが珍しく照れていて、ブリジットがますます嬉しくなったのだった。


+++++



 
 お母様は私を見て楽しそうに笑った。

「ふふふ。ベル。ずっと一緒にいたいと思う人に出会えてよかったわね」

 私は笑顔で答えた。

「はい」

 そこへコンコンコンとノックの音がして実父が入ってきた。

「どうかな。もうそろそろ休憩しないかい?」

 実父の言葉にお母様が嬉しそうに笑った。

「休憩にしましょう!! そうだ!! トリスタン。もしかしたら、もうすぐ孫の顔が見られるかもよ~~~?」

「え゛!! 孫?! もう?!」

「ちょっと!! お母様!!」

 顔面蒼白の実父に、慌てる私を見てお母様は楽しそうに笑っていた。
 
「ねぇ。トリスタン。……楽しみね」

 すると先程まで悲壮感の漂っていた父が困った顔をした後、優しく微笑んだ。

「そうだね。私も楽しみだ」

 そんな2人を見てつい私まで笑顔になってしまったのだった。




 
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