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SIDE エピソード

エピソード2 在りし日のブリジットとトリスタン(前編)

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「あら? ベルもしかして寝不足なの?」

「えぇ~?」

 私はお母様の言葉に動揺してしまって声が裏返ってしまった。

「声も少しかすれているし……ふふふ。この分だとすぐにでも孫の顔が見れそうで楽しみだわ~~」

「な!! どうしてそれを?!」

 私が思わず大きな声を出すと、お母様が私の首元を指差した。

「首♪ 愛された後がたくさん付いてる。ふふふ。ベルのお相手も情熱的なのね~」

 私は咄嗟に首を押さえながら尋ねた。

「ベルのお相手ということは、お母様もですか?」

「そうね~~。情熱的っていうのかしら? でも、まぁ。私にとっては世界を変えてしまうくらいの衝撃的な人だったかもしれないわね」



+++++


20年前。
レアリテ国王宮内庭園。


ーー苦しい……。

ーー手足が動かない……。

(この感じ……内臓に圧迫を感じないから、きっと麻痺関係の毒ね……)

 ブリジットはこのレアリテ国の王女として生まれた。 
 ブリジットの母親は現女王の妹だった。現在の女王の子供には女児がおらず、現女王の血を引く身内同士で覇権争いは激化して私は常に命を狙われる立場だったのだ。
 今も無味無臭な新たな毒を飲ませれたようで、襲われないように完全に身体が動かなくなる前に王宮内のバラ園まで逃げてきたのだ。

(く……意識まで奪うのかしら? このままでは……マズイわ……どうにかしなければ……)

 ブリジットが段々と動かなくなる身体をどうするか考えているとガサガサと茂みが動く音がした。

「はぁ~本当にここのバラ園は素晴らしいな~~ふん~♪~~ふふふん♪」

 ブリジットが絶望した気分で横たわっていると、それを吹き飛ばすくらいにお気軽な鼻歌が聞こえてきた。

(こんなところで鼻歌?! 誰なの? ここは王家の庭よ。許可が無ければ入れないはずなのに!!)

 ブリジットが薄れゆく意識の中で顔を上げると、そこには見たこともない男性が立っていた。

(誰?! 急いで逃げなきゃ!!)

 身体を動かそうと思っても身体が動かず、感覚もなくなってきた。

(もう……無理なのかしら?)

 ブリジットが意識を手放そうとした瞬間。

「大丈夫ですか? あの!! ちょっと?!」

 その瞬間、ブリジット身体が浮き上がった。

「う……」

 なんとか声を搾り出すと、男性と目が合った。

「あ、気が付いた? 待ってて、今から医者に……」

「お……ねが……い。中…央…棟には……行かな……いで……」

 ブリジットが搾りだした言葉に男性は眉をひそめた。

「『中央棟に行かないで』って……お嬢さん。訳アリなの?」

 その言葉に答えることは出来ずにブリジットは意識を手放した。

+++

 ブリジットが目覚めた時、そこは王宮内の一室のようだった。

(ここは……ゲストルーム?)

「あ、気が付いた?」

 声のした方に顔を向けると意識を失う前に出会った男性の顔があった。
 
(?!)

 ブリジットが布団の中で、自分が服を着ているか。身体に違和感がないかを確かめた。

(よかった……何もなかったみたい)

「大丈夫。何もしてないよ。ただ、身体に毒が回っていたみたいだから解毒薬は飲ませたけどね」

 そう言われて、身体の痺れがなくなっていることに気づいた。

「……ありがとう」

 ブリジットは男性の意図がわからずに硬い表情でお礼を言った。

「ねぇ。君ってさ。もしかして毒飲むの初めてじゃないの?」

「ええ」

 すると男性が困った顔をした。

「自分から毒を飲んでるってわけじゃないよね?」

「そうね」

 毎日のように誰かに命を狙われるこの状況から逃げられるのなら……そう思ったこともあったが、結局まだ生きることを選んでいた。

「そうか。よかった」

 男性の言葉にブリジットが首を傾けた。

「よかった?」

 ブリジットが尋ねると男性は真剣な様子で答えた。

「眠る君に口付けして解毒したら、君の目が覚めたんだ。これってさ……童話なら、もう私は君の伴侶になる運命じゃない?」

「は?」

 ブリジットは訳がわからずに王女らしからぬ声を上げた。

「ということで私の姫。一緒に私の国に行きませんか?」

「え? 何を言って。そんなの無理よ」

 ブリジットは男性の言葉に目を白黒させた。

「ん~~。君って、命を狙われているんでしょ? なおさらここに置いて置けないよ。
 君は私の運命の人だしね」

「運命って……でも、そうだとしてもこの国を出るなんてそんなの……無理よ。私、一応王女だもの……」

 ブリジットの言葉に男性は「ん~」と唸った。

「ああ。君って、王女様だったんだ。それじゃあ~根回しがいるな。 
 でも任せて。絶対に君を守るから」

 男性は真剣な顔でブリジットを見つめて言った。

「どうしてそんな!! 私たち初めて会ったのに!!」

「だから、これは運命なんだって。王女様ってことは将来は私は王配になるのか……王配になったことないから勉強しなきゃな……」

 男性はどんどん話を進めていた。

「ちょっと!! 王配って!! 私、まだあなたの名前も知らないのに!!」

 ブリジットの言葉に「ああ」と言って男性が笑顔を見せた。

「私は、隣国イリュジオン国のアトルワ公爵の次男トリスタンと申します。他に聞きたいことはありますか?」

 ブリジットは小さな声で尋ねた。

「口移しって……」

「ああ。とても自分じゃ飲めそうになかったから口移しで解毒薬を飲ませたんだ」

 トリスタンはなんでもないように言った。

「毒を飲んだ相手に口移しなんて危険でしょ? 自分にも毒が回るかもしれないわ」

 ブリジットの言葉に、トリスタンは一瞬固まった後、感激したようにブリジットを抱きしめた。

「ふふふ。自分は毒を飲まされて、さらに知らない男の部屋に連れて来られて不安なのに、ここで私を一言も責めずに心配してしまうなんて……ああ。やっぱり君は私の運命だ。一目惚れなんて空想の産物だとばかり思っていたのに……実際に存在するんだね」

 ブリジットはずっと人を警戒して生きてきたので、誰かと触れ合うと恐怖を感じ身体が震え出す体質だった。 
 だが不思議なことにトリスタンに抱きしめられても、身体が震えることはなかった。
 それよりも触れ合うことが心地良いとさえ思ってしまった。

(こんな人初めてだわ)

 ブリジットが不思議に思っていると、トリスタンが声を上げた。

「とりあえず、今のこの国にいるのは危険だ。もう少し落ち着くまで、我が国に避難しよう。
 私に任せてくれるかい?」

 王女である自分がそう簡単に留学できるとは思えなかったが、なぜだがトリスタンの言葉に頷いてしまった。

「ええ。出来るのなら、それに私もあなたに興味があるわ」

「本当に?! 興味を持ってくれたんだ。
 ふふふ。一年後には『私なしでは人生がつまらない』と言わせてみせるよ」

 そう言ってトリスタンが片目をつぶってみせた。

「ふふふ。凄い自信。でも、あなたの隣は退屈しなそうではあるわね」

 ブリジットの言葉にトリスタンが微笑んだ。

「じゃあ、まずは君の留学を勝ち取って君を驚かせてみせるよ」

「ふふふ。お手並み拝見ね」

 その後本当にトリスタンはブリジットの留学を勝ち取ってしまった。
 そして、それからすぐにブリジットはイリュジオン国のアトルワ公爵家に留まることが決まったのだった。


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