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SIDE エピソード

エピソード1 在りし日の母たちの想い (後編)

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「ブリジット、絶対音感とはなんですの?」

 ブリジットの言葉にエリザベスが首を傾けた。

「私もそういう方がいらっしゃると聞いたことがあるだけですので詳しくは存じ上げないのですが……。ただ、様々な物の音の音階がわかると学びました」

 すると突然クリスティーヌが涙を浮かべた。

「こんな話をすると大抵の方が嘘つきだと言われ、信じてはもらえません……しかし、隣国では私のような方もいると認知されているのですね……」

 クリスティーヌの言葉にブリジットが頷いた。

「ええ。我が国での絶対音感は憧れです。とても素晴らしい才能をお持ちですのね」

「そんなこと初めて言っていただけました……ありがとうございます」

 するとエリザベスが声を上げた。

「ねぇ、クリスティーヌ。あなたはピアノを弾くのでしょ? 
 私たちと一緒に演奏しない?」

「え?! 私がお2人とご一緒にですか?」

 クリスティーヌが目を白黒させた。

「ああ、それはいいわ!! どうかしら?」

「しかし、私は伯爵家で、身分が……」

 そう言うとブリジットがにっこりと笑った。

「ふふふ。音楽のいいところはね。
 国境も人の貴賤も何も関係ないところよ。
 楽譜だって世界共通。
 言葉が通じなくても、民族が違っても、宗教が違っても、国が違ってもみんなが音楽を奏でることができるってところなのよ」

 そしてエリザベスも「ふふふ」と笑っていった。

「そうそう。音楽は人に弾けるようになる努力も、弾けた時の喜びも平等に与えてくれるわ。だからね。そんな音楽に身分なんて持ち出すのは無粋でしてよ。一緒に弾きましょう」

 クリスティーヌが花のような笑顔を見せた。

「はい。よろしくお願い致します」

 

+++

 それから3人は集まって音楽を奏でるようになった。

「はぁ~~。エリザベス。どうして、さっきのところはあのように弾いたの?」

 休憩中にブリジットが首を傾けた。

「楽譜を見れば勝手に音楽が聞こえてくるのよ。私はそれを再現してるいるだけなのよね~」

 エリザベスは困ったように笑いながら言った。

「そうなの?! 楽譜を見たら音楽が聞こえるなんて!! なんて羨ましいの!!」

 ブリジットは溜息をついた。

「ふふふ。ブリジット様のラの音も本当に濁りが何もなくて美しいです」

 落ち込んでいるブリジットをなぐさめるようにクリスティーヌが微笑んだ。

「うう……『ラ』の音が綺麗なんて褒め方、絶対音感でもないと出来ないんだからね!! 
 音楽でこんなに劣等感を持つ日が来るなんて……!! 音楽立国レアリテ国の王女として私も負けられないわ!!」

 それから、ますますブリジットは音楽にのめり込んで行ったのだった。


+++

「ねぇ。今度演奏会をしない? 今後の我が国のことを思えば音楽教育は重要だと思うの。
 そのためにはまず、音楽に触れる機会を作りたいの」

 この国の王女であるエリザベスが決意したように言った。

「確かに、演奏会はいいかもしれないわね」

 ブリジットも同意し、演奏会が開かれることになった。
 それから3人は必死で練習した。
 これまでイリュジオン国では楽器の演奏はダンスのための添え物でしかなかったのだ。
 それをメインで聴かせるための演奏会は過去に前例のないことだった。
 この国には、音楽を学べる教育機関もないので、楽器を始めることはとても難しい。
 
 これまでレアリテ国の王女として漠然と音楽と付き合っていたブリジットにとって、下地のない場所での演奏はとても緊張するものだった。

もし、音楽なんてたいしたことないと思われたら。

もし、音楽なんて時間の無駄と思われたら。

 音楽が認知された世界で生きてきたベルナデットにとって、この挑戦はとても大きな意味を持った。

+++


 演奏会当日。

 その日は、エリザベスのおかげで多くの貴族とその令息や令嬢が集まってくれた。
 子供は正直だ。
 だからこそ最高の音楽を子供たちの心に響かせたいと思った。
 ブリジットは緊張しながらステージに向かった。

「ふふふ。ブリジットったら緊張してるの?」

 エリザベスが目を細めた。

「そうね……緊張してるわ」

 するとクリスティーヌがふんわりと微笑んだ。

「ブリジット様の音色を聞いたらみんな虜になります。
 だって本当に美しいんですもの」

「ふふふ。そうだといいけど。さぁ、音楽の国レアリテ国王女としても、頑張るわ」

 そして、3人は全力でステージに望んだ。

 その後、拍手喝采を浴びたのだった。

(よかった……無事に終わった。少しでも私たちの音楽は人の心に届いたのかしら?)

 来てくれた人を見送りに出ていると1人の少年が真剣な瞳を向けながら走ってきた。
 その瞳を見た時、なんとなく今日の公演は意味があったと思えたのだった。

 その時出会った少年との話……それはまた別の機会に。


+++


 演奏会が終わった後、エリザベスは王女としての気高い瞳で宣言した。

「私、この国に音楽の学校を作るわ。
 これからは世界と対等に交渉をすることになる。
 世界共通の音楽教育に力を入れることは絶対に国のためになるわ!!」

 するとクリスティーヌが手に力を込めた。

「私もお手伝い致します!! 音楽のおかげで私はお2人のような素晴らしい方と出会えました。それを体験してほしいと思います!!」

 その言葉を聞いてベルナデットは決意した。

(音楽の下地のない国の2人がこれほど音楽の可能性を信じているのに……音楽立国の私が音楽の可能性を信じない訳には行かないじゃない……)

 ブリジットは大きく息を吐いた。

「レアリテ国の王族として、協力するわ」

 するとエリザベスが「ふふふ」と笑った。

「あなたのその決意に満ちた目は本当に素敵だわ。ブリジット。
 これからもよろしくね」

「ええ」

 そしてその日、ベルナデットは自分の運命と向き合うことを決意したのだった。




+++++


「お母様!! お母様!!」

 突然動かなくなったお母様を心配して少し大きな声を出すと、お母様が私を見て笑った。

「ごめんね。少し昔を思い出してて」

 そして兄の目をじっと見つめた。

「ふふふ。きっと今の私があるのは、エリザベスとクリスティーヌのおかげね」

 そういうとまたヴァイオリンを持って私に挑発するような視線を向けて笑った。

「もう少し弾きましょうか。さぁって聴かせて頂戴。
 イリュジオン国の音楽学院第一期生、主席卒業という栄誉を掴んだ演奏を♪」

「え? はい!!」

 そうして私たちは王族による演奏会の練習を再開したのだった。
 お母様のヴァイオリンの音色はとても澄み切っていて気高くて美しい。
 私もその音色に近づきたいと思ったのだった。
 



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