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【エリック】(真相ルート)
5 兄の隠し事
しおりを挟む「つきましては、ベルナデット様の今度の卒業演奏のパートナーを仕方ないから引き受けてあげようと思いましてね? エリックもそれが一番いいでしょ?」
コンラッド君の放った謎の言葉。
「……」
押し黙る兄。
そして、1人わけのわからない私!!
(どうしてみんな、説明しないの?? 言葉にしなくても心が通じていればわかるなんて、思い上がりなんだからね!!)
「卒業演奏とは何ですか?」
私が尋ねるとコンラッド君が私の顔を見て口を開いた。
「ああ、実はこの学園の卒業式では、主席で卒業する生徒が自らパートナーを選んで演奏する『記念演奏』があるのですよ」
「え? そうなのですか? でも、私が主席と決まったわけでは……」
「主席だ」
「主席ですよ」
兄とコンラッド君は確信したように言い切った。
「え? そうなの? でも……パートナーを選んで……?」
私の頭の中にはサミュエル先生が浮かんだ。
どんなシステムかはよくわからないが、サミュエル先生がもしご一緒してくれるのなら、卒業の記念に一緒に演奏してほしいと思ってしまった。
「ベル……もしかして、サミュエルと共に弾きたいと思ったのか?」
兄が溜息混じりに言った。
「……はい。最後ならぜひサミュエル先生と弾きたいと……」
私の言葉に兄は迷っているようだった。きっと兄ならサミュエル先生と一緒に弾くことを許してくれると思っていると、コンラッド君の鋭い声が聞こえた。
「やめた方がいいですよ。
ベルナデット様と学長の演奏は互いに強快感を呼びます。
もうあなたはエリックを選んだのでしょ?
彼と演奏するべきではないと思いますよ?
それとも彼の音と共に彼に溺れたいのですか?」
コンラッド君の鋭い視線に見つめられて、まるで責められているように思えてたじろいでしまった。
なにもサミュエル先生と浮気をすると言っているわけではないのだ。
ずっと憧れていたサミュエル先生と卒業の記念に一緒にヴァイオリンを弾きたいと願っただけだ。
それのどこが悪いのかと、私は少しだけ悲しくなった。
「そんなの……演奏するだけで大袈裟ですよ」
「大袈裟ではありませんよ。
ベルナデット様、あなたと学長の『ラ』の音はまるで同じ音のように響き合う。
ヴァイオリンで一番よく使う音は『ラ』だと言われています。
あなたと学長の奏でるその音はまるで狂いもなく共鳴して美しく響く。
だからあなたと学長が演奏すると音の化学反応のような現象が起こり、聴衆や演奏者に強烈な快感と共感を与えるのです」
「そうなのですか?」
初めて聞いたそんなこと!! コンラッド君はどこでそんなことを知ったのだろうか?
「はい。他にあなたが選べそうな方は、クリストフ殿下ですが彼とは婚約を破棄したばかり、そのような場に2人で立つべきではない。
エリックとはとある事情で今は2人だけで公の場で演奏することはできない。
そう考えると、ベルナデット様のヴァイオリンを受け止めることが出来るほどの演者など、学長の他に私以外いないでしょ?」
確かに、私がもしサミュエル先生を選ばないとすれば兄を選ぶ。
だが、なぜ私と兄は2人で演奏することができないのだろうか?
私が疑問に思っていると兄がコンラッド君に真剣な眼差しを向けた。
「……コンラッド……ベルはもう私を選んだ」
コンラッド君にニヤリと笑って言った。
「わかってますよ、エリック。でもまぁ、夫が1人という決まりはありませんがね?」
「やっぱりダメだ!!」
兄が大きな声を上げてコンラッド君を見た。
「ふふふ。じゃあ、どうしますか? 私を断って、学長のとの演奏を許すのですか?
言っておきますが、学長はあの方のお気に入りですよ?
学長はああ見えて、火がつくと手が付けられないタイプのようですよ?
それにベルナデット様にも……過去になっている感情をわざわざ掘り起こすのですか?」
コンラッド君はまるで悪役のような怖い笑いを浮かべている。一体この空間はなんなのだろうか?兄とコンラッド君が互いに氷の刃を振りかざしている……怖い。怖すぎる。逃げたい。
張り詰めた空気の中、兄が悔しそうに声を上げ、苦しそうに自分の手を握った。
「くっ!!!!」
そして、ゆっくりと私の方を見た。
「ベル……コンラッドと一緒に卒業演奏をしてはどうだ?」
どうやら私抜きで、私の卒業演奏の相手は決まってしまったらしい。
これまでの壮絶なやり取りをみていた私に拒否権などなかった。
「コンラッド君。一緒に演奏してくれる?」
「ふふふ。仕方ないから引き受けてあげます。さぁ、早速今日から一緒に練習しましょう」
「よろしくね」
そうして、まだ正式に発表されてもいない首席卒業者の記念演奏の相手が早くも決まったのだった。
+++++
コンラッド君と楽曲を決めた後、コンラッド君を送り部屋に戻ると兄に後ろから抱きしめられた。
最近気づいたことだが、兄はつらい時には私に自分の顔を見せたくないためか、私を後ろから抱きしめる癖がある。
私は兄の手に手を重ねた。
「どうしてお兄様とは一緒に演奏できないのですか?」
「…………」
兄は何も答えてくれない。
きっと、私のために黙っていてくれるのだろう。
私を傷つけないように、自分だけで、私の知らないところで、すべて1人で背負い込もうとする。
「お兄様……私はそんなに頼りになりませんか?」
兄は何を考えているのかわからない。ただ、どう伝えたらいいのか、そもそも伝えてもいいのかを悩んでいるように思えた。
私は小さく溜息をついて兄の頭をよしよしと撫でた。
そして、兄の手が緩んだ隙に兄の方を向いて兄の顔を両手で優しく挟んだ。
「お兄様は一体何を隠しているのですか? 教えてくれないのならもうお兄様とはキスはしません」
(……ちょっと子供っぽい言い方だっただろうか?)
私が子供っぽい言い方をしていたと思っていると、兄の顔が目に見えて絶望していった。
(え? どうして?)
「……それは卑怯だ……ベル」
「卑怯にもなります。私はもう、私だけが何も知らないなどそんなのはイヤです。
全部教えて下さい、お兄様!! そして一緒に考えて行きましょう!! 2人の問題なのではないのですか?」
すると兄が驚いた顔をして、私の両手に自分の手を重ねて、優しく微笑んだ。
「大きくなったな……ベル。……わかった全てを話そう」
こうしてようやく私は兄から話を聞けることになったのだった。
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