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42 憧れの音色を目指して
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「私は、音楽芸術学院の責任者になります。
ですので、今後、ベルナデット様に個人的に指導を続けることはできません。」
「え・・・?」
考えてみれば当然だ。
試験官が指導を担当しては不正が疑われ、音楽芸術学院の名誉に関わる。
だが私はサミュエル先生の音が聞けなくなることが、どうしてもつらかった。
私が泣きそうな顔をしていると、サミュエル先生が颯爽とヴァイオリンを構えた。
私はそのあまりの迫力に動けなくなった。
サミュエル先生は一度私に視線を向けると、音楽を奏でだした。
(あ・・これ・・。)
これはサミュエル先生が私の誕生日に弾いてくれた曲だった。
(何度聞いても、凄いわ・・。
美しすぎて怖くもあるのに憧れずにはいられない音だわ。)
私は瞬きも呼吸さえも忘れて、サミュエル先生の音に引き込まれた。
サミュエル先生が、ヴァイオリンを離した。
私はじっと、先生を見つめた。
「これを私はあなたと同じ年齢で弾きました。」
「え?」
そして、サミュエル先生は小さく笑った。
「もちろん、あの頃は今より、技術も表現力もなかったのですが・・。」
そして、サミュエル先生は私を見据えた。
「音楽芸術学院の試験は、現宮廷楽団員も受験します。
内容も厳しいものになる予定です。
普段彼らは自宅でほとんどの時間を練習に使って過ごしています。
ベルナデット様にはそんな彼らと共に試験を受けて貰います。」
「・・・。」
私は思わず息をのんだ。
「ベルナデット様。
本当に音楽芸術学院に入るというのなら、今年中にこの曲を完成させて下さい。
私は今年までなら、あなたを指導することが出来ます。
しかし、もうそれ以降は指導はできません。」
サミュエル先生の強い瞳に見つめられて、動けなくなった。
「しかし、あなたがここで音楽芸術学院を諦めるというのであれば、私はこれまで通りあなたを指導し続けることができます。
ただ、それも音楽芸術学院が本格的に始めるまででしょうからあと数年でしょう。」
サミュエル先生に見つめられ、私は思わず息をのんだ。
「さぁ。どうしますか?あなたはどちらを選びますか?」
昨日から私の身に一体何が起こったというのだろう?
怒涛の展開に泣けてくる。
私はこれまでずっと、逃げてきた。
死ぬ気で何かに取り組んだことなどない。
楽譜を見る限り、この曲が一筋縄ではいかないことはよくわかる。
この曲をあと数カ月で完成させることは過酷な条件だろう。
「ズルいわ・・。」
「え?」
私は諦めたようにサミュエル先生を見つめた。
「サミュエル先生。ズルいです。
私をこんなにあなたの音に夢中にさせておいて・・・。
諦めれるわけ・・ないじゃないですか・・。」
「ベルナデット様・・・。」
いつの間にか私の目からは涙が流れていた。
きっと、明日から私の自由な時間はすべて無くなってしまうだろう。
この楽譜を読み解くには、楽典の勉強だって必要だろう。
指だってもっと早く動かす必要があるし、顎のアザも化粧で誤魔化せなくなるかもしれない。
それでも・・。
それでも・・・・・。
「必ずこの曲を弾きます。」
私は真っすぐにサミュエル先生を見た。
その瞬間、サミュエル先生に抱きしめられていた。
サミュエル先生の腕の中は温かくて、先生の早い心臓の音が自分の心臓の音と同じくらいのだったで、私も思わずサミュエル先生の背中に腕を回した。
「あなたならできます。」
サミュエル先生が耳元で囁いた。
私はサミュエル先生の腕の中から顔を上げた。
そして、先生を見て小さく笑った。
「だって、私、サミュエル先生の生徒ですから。」
すると、サミュエル先生が驚いた顔をした。
そして、「あはは。」と笑い出した。
そのまま私を抱きしめる腕に力を込めた。
「私もそのセリフを言って貰えるなんて・・。
光栄です。本当に。」
すると、サミュエル先生の唇が右耳に触れた。
「え?」
(今のって、サミュエル先生の口??)
そして、今度は耳元で苦しそうに囁いた。
「私も精進します。
誰か他の人の音にあなたをとられないように・・。
せめて音だけは。」
サミュエル先生のあまりに切ない声に私はついぎゅっと彼を抱きしめてしまった。
ふと視線を感じて横を見ると、真っ赤な顔をした侍女のマリーと目が合った。
マリーはさっと逸らしてくれたが、部屋には私とサミュエル先生だけではなかったのを思い出した。
あまりの恥ずかしさに、悶えていると、トントンとドアをノックする音が聞こえた。
マリーがドアに向かっている間に、私はサミュエル先生から離れた。
離れる時に、サミュエル先生が優しく微笑んでくれた。
部屋にやってきたのは、兄の従者のロランだった。
用件は、『そろそろお茶にしませんか?』といお誘いだった。
今まで、練習中に部屋に入ってきたことはなかったので驚いたが、私も気恥ずかしさを感じていたので、お誘いを受けることにした。
サミュエル先生も了承してくれたので、2人で兄の待つ、サロンに向かった。
兄は不機嫌な様子を隠しもせずにソファーに座っていた。
私はサミュエル先生に対して失礼じゃないかとオロオロしたが、サミュエル先生は、にこにこして全く気にしていなかった。
そして、いつも通り曲の話を始めた。
今日は、ずっとこれから挑戦する曲について話をした。
兄も、ふんふんと興味深そうに聞いていた。
話に夢中になっていた私はつい、
「そういえば、チェロでは、なんていうんですか?」
と聞いてしまった。
すると、2人は固まっていた。
「あ!!もしかして、言ってはダメでしたか?」
私は慌てて、兄に尋ねた。
すると、兄は「いや。サミュエルは知っている。」と答えた。
するとサミュエル先生は少し青い顔をして、「エリックの音を聞いたのか・・。」と呟いた。
私はどうしていいかわからずに困っていると、兄が困ったように口を開いた。
「私にチェロを教えてくれたのは、その母上なのだが・・。
彼女は擬音ばかりの説明でな?」
「「擬音???」」
私とサミュエル先生が同じことを尋ねた。
すると兄は頭を掻きながら答えた。
「ああ。『この記号はタッタッカターって弾くのよ。』とか、『ここはこうダーンと』とか・・。」
兄の口からイメージに合わない擬音が飛び出してきて、私は思わず笑いそうになるのを必死で耐えた。
サミュエル先生もそうだったようだが、「なるほど・・。」と言っていた。
兄は私たちの様子に溜息をついた。
「それに曲もほとんど、歌って説明だったしな。
幼い頃に身につけてしまったのでなかなか抜けないんだ。
ほとんど耳で聞いて弾いていたからな・・。
楽譜は独学で覚えた・・。」
「ああ!!それで、お兄様は曲の指定が曲のハミングなんですね。」
すると、サミュエル先生が目を大きくして驚いた。
「え?そうなの?エリックのハミング聞かせてくれないか?興味がある。」
「サミュエル先生!!お兄様の音程は完璧ですよ。」
「へぇ~。聞かせてくれないか?」
すると、兄が眉をしかめた。
「断る。」
その日は遅くまで3人で話をした。
なんとなく、こうして3人で話をするのは最後かもしれないと思えた。
きっとみんな同じだったのだろう。
その日のことはきっと生涯忘れないと思えた。
ですので、今後、ベルナデット様に個人的に指導を続けることはできません。」
「え・・・?」
考えてみれば当然だ。
試験官が指導を担当しては不正が疑われ、音楽芸術学院の名誉に関わる。
だが私はサミュエル先生の音が聞けなくなることが、どうしてもつらかった。
私が泣きそうな顔をしていると、サミュエル先生が颯爽とヴァイオリンを構えた。
私はそのあまりの迫力に動けなくなった。
サミュエル先生は一度私に視線を向けると、音楽を奏でだした。
(あ・・これ・・。)
これはサミュエル先生が私の誕生日に弾いてくれた曲だった。
(何度聞いても、凄いわ・・。
美しすぎて怖くもあるのに憧れずにはいられない音だわ。)
私は瞬きも呼吸さえも忘れて、サミュエル先生の音に引き込まれた。
サミュエル先生が、ヴァイオリンを離した。
私はじっと、先生を見つめた。
「これを私はあなたと同じ年齢で弾きました。」
「え?」
そして、サミュエル先生は小さく笑った。
「もちろん、あの頃は今より、技術も表現力もなかったのですが・・。」
そして、サミュエル先生は私を見据えた。
「音楽芸術学院の試験は、現宮廷楽団員も受験します。
内容も厳しいものになる予定です。
普段彼らは自宅でほとんどの時間を練習に使って過ごしています。
ベルナデット様にはそんな彼らと共に試験を受けて貰います。」
「・・・。」
私は思わず息をのんだ。
「ベルナデット様。
本当に音楽芸術学院に入るというのなら、今年中にこの曲を完成させて下さい。
私は今年までなら、あなたを指導することが出来ます。
しかし、もうそれ以降は指導はできません。」
サミュエル先生の強い瞳に見つめられて、動けなくなった。
「しかし、あなたがここで音楽芸術学院を諦めるというのであれば、私はこれまで通りあなたを指導し続けることができます。
ただ、それも音楽芸術学院が本格的に始めるまででしょうからあと数年でしょう。」
サミュエル先生に見つめられ、私は思わず息をのんだ。
「さぁ。どうしますか?あなたはどちらを選びますか?」
昨日から私の身に一体何が起こったというのだろう?
怒涛の展開に泣けてくる。
私はこれまでずっと、逃げてきた。
死ぬ気で何かに取り組んだことなどない。
楽譜を見る限り、この曲が一筋縄ではいかないことはよくわかる。
この曲をあと数カ月で完成させることは過酷な条件だろう。
「ズルいわ・・。」
「え?」
私は諦めたようにサミュエル先生を見つめた。
「サミュエル先生。ズルいです。
私をこんなにあなたの音に夢中にさせておいて・・・。
諦めれるわけ・・ないじゃないですか・・。」
「ベルナデット様・・・。」
いつの間にか私の目からは涙が流れていた。
きっと、明日から私の自由な時間はすべて無くなってしまうだろう。
この楽譜を読み解くには、楽典の勉強だって必要だろう。
指だってもっと早く動かす必要があるし、顎のアザも化粧で誤魔化せなくなるかもしれない。
それでも・・。
それでも・・・・・。
「必ずこの曲を弾きます。」
私は真っすぐにサミュエル先生を見た。
その瞬間、サミュエル先生に抱きしめられていた。
サミュエル先生の腕の中は温かくて、先生の早い心臓の音が自分の心臓の音と同じくらいのだったで、私も思わずサミュエル先生の背中に腕を回した。
「あなたならできます。」
サミュエル先生が耳元で囁いた。
私はサミュエル先生の腕の中から顔を上げた。
そして、先生を見て小さく笑った。
「だって、私、サミュエル先生の生徒ですから。」
すると、サミュエル先生が驚いた顔をした。
そして、「あはは。」と笑い出した。
そのまま私を抱きしめる腕に力を込めた。
「私もそのセリフを言って貰えるなんて・・。
光栄です。本当に。」
すると、サミュエル先生の唇が右耳に触れた。
「え?」
(今のって、サミュエル先生の口??)
そして、今度は耳元で苦しそうに囁いた。
「私も精進します。
誰か他の人の音にあなたをとられないように・・。
せめて音だけは。」
サミュエル先生のあまりに切ない声に私はついぎゅっと彼を抱きしめてしまった。
ふと視線を感じて横を見ると、真っ赤な顔をした侍女のマリーと目が合った。
マリーはさっと逸らしてくれたが、部屋には私とサミュエル先生だけではなかったのを思い出した。
あまりの恥ずかしさに、悶えていると、トントンとドアをノックする音が聞こえた。
マリーがドアに向かっている間に、私はサミュエル先生から離れた。
離れる時に、サミュエル先生が優しく微笑んでくれた。
部屋にやってきたのは、兄の従者のロランだった。
用件は、『そろそろお茶にしませんか?』といお誘いだった。
今まで、練習中に部屋に入ってきたことはなかったので驚いたが、私も気恥ずかしさを感じていたので、お誘いを受けることにした。
サミュエル先生も了承してくれたので、2人で兄の待つ、サロンに向かった。
兄は不機嫌な様子を隠しもせずにソファーに座っていた。
私はサミュエル先生に対して失礼じゃないかとオロオロしたが、サミュエル先生は、にこにこして全く気にしていなかった。
そして、いつも通り曲の話を始めた。
今日は、ずっとこれから挑戦する曲について話をした。
兄も、ふんふんと興味深そうに聞いていた。
話に夢中になっていた私はつい、
「そういえば、チェロでは、なんていうんですか?」
と聞いてしまった。
すると、2人は固まっていた。
「あ!!もしかして、言ってはダメでしたか?」
私は慌てて、兄に尋ねた。
すると、兄は「いや。サミュエルは知っている。」と答えた。
するとサミュエル先生は少し青い顔をして、「エリックの音を聞いたのか・・。」と呟いた。
私はどうしていいかわからずに困っていると、兄が困ったように口を開いた。
「私にチェロを教えてくれたのは、その母上なのだが・・。
彼女は擬音ばかりの説明でな?」
「「擬音???」」
私とサミュエル先生が同じことを尋ねた。
すると兄は頭を掻きながら答えた。
「ああ。『この記号はタッタッカターって弾くのよ。』とか、『ここはこうダーンと』とか・・。」
兄の口からイメージに合わない擬音が飛び出してきて、私は思わず笑いそうになるのを必死で耐えた。
サミュエル先生もそうだったようだが、「なるほど・・。」と言っていた。
兄は私たちの様子に溜息をついた。
「それに曲もほとんど、歌って説明だったしな。
幼い頃に身につけてしまったのでなかなか抜けないんだ。
ほとんど耳で聞いて弾いていたからな・・。
楽譜は独学で覚えた・・。」
「ああ!!それで、お兄様は曲の指定が曲のハミングなんですね。」
すると、サミュエル先生が目を大きくして驚いた。
「え?そうなの?エリックのハミング聞かせてくれないか?興味がある。」
「サミュエル先生!!お兄様の音程は完璧ですよ。」
「へぇ~。聞かせてくれないか?」
すると、兄が眉をしかめた。
「断る。」
その日は遅くまで3人で話をした。
なんとなく、こうして3人で話をするのは最後かもしれないと思えた。
きっとみんな同じだったのだろう。
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