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15 貴族のお仕事と報酬

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「初めまして。ベルナデット・アトルワと申します。
 本日はありがとうございます。お目にかかれて光栄です。」

「初めまして。ベルナデット・アトルワと申します。
 本日はありがとうございます。お目にかかれて光栄です。」

「初めまして。ベルナデット・アトルワ・・・・・。」

私は朝から、壊れた機械のようにずっと同じ言葉を繰り返していた。
隣には兄。朝からずっと、最近学んだばかりの淑女の礼と、定型文を繰り返す。
もうどのくらい時間が経ったのだろう。
お辞儀のし過ぎで、腕が痺れてきたし、知らない人にずっと笑顔を向けていたせいで、笑顔を張り付けている表情筋が痙攣しそうだ。
お腹も空いたし、足も痛い。限界など既に超えていた。心から休みたい。
だが私には退席できない理由があったのだ。

あいさつばかりでも、せめて顔見知りでもいればまだ、モチベーションも保てるが、見事に知らない人ばかりだ。
知っているのは、クリスとロベールだけだったが、最初にあいさつが終わってしまった。

(誕生祝賀会って確かに大人への試練かもしれないな~。苦行だ~。)

遠くで、父の閉会を告げるあいさつが聞こえた。

(ずっと、ひたすら、あいさつだったなぁ~~~。)

閉会を告げた後もあいさつは終わることなく続いた。

最後のお客様を会場から見送った後、私は思わず、床にへたり込んでしまった。

「ベル。大丈夫か?」

へたり込んだ私を、私同様に疲れているであろう兄がお姫様抱っこをしてくれた。
普通は、兄とはいえ、素敵な異性にお姫様抱っこをされれば、
胸がときめくものだろうが、今日は、そんなセンチメンタルな気分にはなれない。
疲れたのだ・・。
本当に疲れたのだ。。
疲れすぎて立ち上がれないのだ。

なので感覚としては、このお姫様抱っこは、介護に限りなく近い分類になるだろう。

「頑張ったな。よくやった。」

兄が微笑んでくれたので、笑顔をつくりすぎ、痙攣しそうな顔で弱く微笑みを返した。

自宅にあるダンスホールで行われた誕生祝賀会の会場から、
セントラルガーデンを通って、
生活スペースである館に移動した。
その間ずっと抱えてくれた兄に申し訳なく思った。

「お兄様も疲れているのに、ご迷惑をおかけして申し訳ありません。」
「今日のベルは、公爵令嬢として申し分なかった。謝る必要はない。
それに、私は鍛えているのでこれくらい大丈夫だ。」

そう言って、お兄様は優しく微笑んだ。

テラスのソファーに座らせてもらうと、軽食が用意してあった。
お腹の空いていた、私と兄は2人でひたすら無言で用意してあったサンドイッチを
食べ尽くしてしまった。お腹が一杯になり、のんびりとお茶を飲んでいると、
父がテラスに入ってきた。

「2人ともお疲れ様!!よく頑張ったね。君たちの成長が嬉しいよ。」
「ありがとうございます。」
「ありがとうございます、お父様。」

すると、父に思いっきり抱き上げられた。
そして、ぎゅっと抱きしめられた後、綺麗な笑顔を向けてきた。
父は、私をソファーに座らせると、私たちの前のソファーに腰掛けた。

「さぁ、頑張った君たちにご褒美だ。何かほしいものはあるかな?」

機嫌のいい父が、視線を兄に向けた。
兄は少し考えると口を開いた。

「ありがとうございます。私はそろそろ私の馬がほしいです。」
「ああ。そうだね。そろそろいい頃だね。じゃあ、手配しよう。」
「ありがとうございます。」

兄の回答を聞いて驚いた。

(頑張ったご褒美に馬~~~~?!)

『テストで100点取ったら外食!』や、
『運動会で1位になったらショートケーキ』というのは聞いたことがあるが、
頑張ったご褒美が『馬』?!もう一度言おう。ご褒美が『馬』だ。
正気の沙汰とは思えない。

「ベルナデットは何がいいの?」
「え?」

いけない。馬の衝撃に意識が亜空間に迷い込んでしまっていた。
父の問いかけに頭を悩ませた。
必要な物はなんでも用意される公爵家で、欲しいものなど本当に存在しなかった。

「特にありません。」

そう答えると、父が悲しい顔をした。

「ベルナデット、そんなこと言わないでくれ。君は誕生日でもあるんだよ?
宝石でもドレスでもなんでもいいんだよ?」

宝石という単語を聞いて思い出した。

(あ、クリスのピアス!そうだ!約束したし、用意しなきゃ。)

「では、クリス様にお贈りするピアスを買って下さい。」
「もしかしてそれは、昨日、クリストフ殿下からもらったネックレスのお返しかい?」
「はい。」
「それはもちろん、かまわないけど。」

(よかった。これで無事に約束を守れそうだ。)

ほっとしていると、とんでもないことに気付いた。

(私、宝石のこと全然わからない!!ピアスのこともわからない!!)

ふと、隣の兄を見ると、兄はセンスの良いピアスを付けていた。

(よし!男心がわからない私よりも、兄に選んでもらおう。兄セレクトの方が、
クリスも喜ぶはず!!)

「ありがとうございます。お兄様、一緒に選んでもらえませんか?」
「婚約者への贈り物を、家族とはいえ、他の男と買いに行くのか?」
「いけませんか?お兄様いつも素敵な物をお持ちなので、
一緒に選んで頂けると失敗がないかと思ったのですが・・。」
「失敗・・。」

兄が眉を寄せて考え込むように呟いた。

「はい。みんなに見せたいとのことなので、
自慢できるような素敵な逸品をご用意したいです。」
「それは、そう意味ではないのではないか・・?」
「え?なにか男性ならではの独特の意味があるのですか?
私には男心がわからないのでぜひご教授下さい。」

私の質問にこめかみを押さえた兄が大きく溜息をついた。

「はぁ。・・・わかった。同行しよう。」
「お願いします?」
「いいですか?父上。」
「うん。いいよ。それより、ベルナデット、クリストフ殿下の贈り物は
君の願いではないだろ?君の願いは何?」

父に真剣な様子で尋ねられた。
欲しい物というのは正直なかったのだが、願いごとならあるのだ。
もうずっと、朝から、切実に願っていたことが。

「願いですか?願いでもいいのですか?」
「ああ。もちろんだ。」
「では、朝からずっと目の前に行って聴きたくて聴きたくてたまらなった、
あのヴァイオリンの音色を目の前で、静かな環境で聴かせて下さい。
今日の誕生祝賀会の演奏はサミュエル先生ではありませんか?」

父に一応、確認をしたが、絶対に間違いない。
あの甘やかな高音はサミュエル先生の音だ。
他の人の話声や、色んな音がしている空間の中で、
サミュエル先生のあの音色だけが別次元な存在だった。

「今日の誕生祝賀会は宮廷楽団に依頼している。
さすがに演奏者の名前まで把握してはいないのだけど・・。」
「ああ、じゃあ、きっとサミュエルだな。しかも、今日はベルの誕生日だ。
どんなことがあっても、あいつが弾くだろうな。」

兄が少し不機嫌に答えた。

「だが、そんなことでいいのかい?」
「そんなこと?
お父様、私はもし、本日の演奏がサミュエル先生以外の方でしたら、
途中で疲れて退席しておりました。
サミュエル先生のヴァイオリンをもっと聴いていたくて、
サミュエル先生の音楽に励まされて、
私は最後まで役割を完遂できたのです。」

それを聞いた父は、嬉しそうに微笑むと、
後ろに控えているセバスにテキパキと指示を出し始めた。

「セバス。至急宮廷楽団に、
ベルナデットの望む演奏家を本日中に派遣するように依頼してくれ。
時間は、ベルナデットの望むだけ。
送迎と食事、宿泊の場合は部屋もすべてこちらで用意。」
「は。直ちに。」
「え?本日ですか?今から?
しかもサミュエル先生の演奏を独り占めですか!!
嬉しいです。ありがとうございます。お父様。」

誕生祝賀会で、すでに演奏している先生には申し訳なかったが、
朝からずっと聴きたかった音色と出会えることに興奮がおさまらなかった。

(サミュエル先生のヴァイオリン!!嬉しい!!)

「ベル。私も一緒に聴くぞ?」

喜んでいると、兄が憮然と答えた。
兄も疲れていると思うのだが、やはりヴァイオリンは聴きたいのだろう。
喜びを一緒に分かち合える人がいることも嬉しかった。

「はい。独り占めは言葉のあやです。一緒に楽しみましょう!お兄様!!」
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