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9 婚約者との会話

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公爵家のローズガーデンでは初夏に、王家の方をはじめ、多くのお客様を招いてバラを見ながらのお茶会のような会が開かれるらしい。

それが庭師の方たちの仕事へのモチベーションにもなっていると、ローズガーデンに散歩に行った時に庭師のマイクに聞いたことがあった。

それもあって、本当にここのバラは見事だ。
京成バラ園も見事だが、公爵家も負けてはいない。

そんな素晴らしいバラの中を私は王子様の後を無言で歩いていた。

サロンからはあまり離れていないが、長い道のりに感じた。
こちらは、記憶がないので、初対面の相手に気の利いた会話などは提供できない。
しかも相手は不敬罪発動可能性有の要注意人物。
その相手に話かけるなんて今の私には無謀なことのように思えた。
一言も話すことなく、ローズガーデンに到着した。

ローズガーデンに着くと、王子様は勝手知ったる様子でベンチに座って手招きをした。

「ベルナデット、座りませんか。」
「はい。」

王子様が椅子の中央より少し左に座っていたので、右がわのベンチのひじ掛けギリギリに座った。

「遠慮せずに、先程のエリックと同じ距離で問題ありません。」
「お兄様くらい・・。」

そう言って、先程より少し近づいて、1人分の余裕を持たせて近づいた。

「エリックとはもう少し近かったように思いますが、話はできるのでいいでしょう。」

座る位置にお許しが出て、ほっとしていると、王子様が顔を覗きこんできた。

(うわ!!近くで見ると、睫毛長い。これ自前なんだよね。
凄い。フランス人形みたい。
あ、でも男の子にフランス人形みたいっていうのは失礼だよね。
絶対口に出して不敬罪にならないように気をつけなきゃ。)

王子様に見とれているとその形のいい唇が動き出した。

「ねぇ、ベルナデット、何があったのですか?」
「ど・・どうしてですか?」

何があったのかと聞かれれば、様々なことがあったのだが、
一体何を答えることが正解なのか、答え方がわからず、質問し直すことにした。

何度も言うが余りにもおかしなことを答えてしまったら、不敬罪だ。
王子様(危険人物)の質問には慎重に慎重を気さなければならない。

すると、王子様はくすくすと笑い出した。

「質問に質問で返すのは感心しませんね。」

怒っている雰囲気ではないが、とりあえず質問に質問で答えてしまった無礼を
謝ることにした。

「申し訳ありません。」
「謝って欲しい訳ではありません。では、質問をかえます。
突然、私の事を『殿下』と呼びだしたのはなぜですか?」
「え?」

王子様の意外な質問に動揺を隠せなかった。

(兄が殿下って呼んでたからてっきり殿下っていうのかと思ってたから・・。
そうか、今までと違うのか!)

王子様はどうやら引く気はないらしい。さらに顔を近づけてきた。

「呼び方です。なぜですか?」
「それは・・もう7歳なので、体裁が・・。」

なんとか言い訳をひねり出した。

「体裁ね・・。では、2人の時は今まで通りでいいですよ。」
「今まで通り・・。」

(詰んだ・・・・。ワカラナイ。)

もういっそのこと王子様に本当のことを伝えようか。
でも、父や兄が伝えてないということは、私が記憶喪失だと公爵家として、
政治的に不都合なことがあるのだろうか。
伝えようか、やめようか。
心の中でどう答えるのが公爵家として正解なのか、
兄と父に懸命にテレパシーを送ってみたが、返事がくるはずもなく。
どうしようと悩んでいると、王子様に手を握られた。

「そう。もちろんわかりますよね?」
「・・・・・・。」

(終了した・・・。)

白状しようとした瞬間王子様が視線をそらして、肩を震わせ出した。

(ど・・どうしよう!すっごく怒ってる!!
なんとかしなきゃ。なんとか・・。
はっ!!これってもしかして不敬罪?殺されるの?どうしよう。
とりあえず、距離をとって、逃げる?)

「ぷっ・・。あはは。す、すみません。あはは。」
「え?え?殿下?」

鳩が豆鉄砲をくらったらきっと私と同じ表情をするだろう。
さっきまで怒っているかのように思われた王子様はまさかの大爆笑。
笑いがおさまらず、苦しそうな様子。
私は貝になりたい・・・。人間に疲れました・・。

「あはは。余りにも君の様子がおかしかったので、調べさせてもらいました。」
「え?」

(何を?何を調べたの?王子様!!!)

「本当に記憶がないんですね。」
「・・はい。」

(ああ、記憶がないことか・・・。)

記憶の事を知っているなら話は早かった。
そして、以前からずっと言いたかったことをいう絶好のチャンスでもあった。
王子様の方をむいて、綺麗な水色の瞳を真っすぐに見つめた。
王子様が息を飲んだように感じた。

「殿下、お兄様からお聞きしました。これまでの数々のご無礼をお許し下さい。」
「君が謝りたいというのなら、謝罪を受け入れます。」
「ありがとうございます。」

緊張した身体の力が抜けて、力のない笑顔でお礼を言った。

「ふふふ。本当に別人と話をしてるみたいですね。」

王子様は自分の両手で私の両手をふんわり包み、お互いの胸の前に手が持ち上げた。
兄からの事前情報で、王子様は私とのスキンシップが苦手との情報を得ていたのでヒヤヒヤしたが、王子様の方からスキンシップをとられのだから問題ないだろう。

「ねぇ、私のことは、クリスって呼んでくれませんか?
君のことはベルって呼んでもいいですか。」
「わかりました。クリスですね。」
「えっ!」
「え?」

要望通りのはずなのにかなり驚かれてしまった。
王子様の顔は真っ赤に染まっていた。

(え?どうして?言われた通り呼んだのに??)

「いえ、すみません。素直に呼んでもらえるとは思わなくて。
てっきり、殿下をつけられると思いまして。」
「あ!!申し訳ありません。クリス殿下。」

(ああ!そうだよ。
いくら言われたからって、王子様呼び捨てって、ないよね。
気付け私。)

「いや、クリスでいいですよ。殿下と呼ばれることが多いので、
私という存在はこの世にいないのではないかと思うことがあるのです。
ですから婚約者にはせめて、私個人を見て欲しいとおもうのですが、
いかがでしょうか?」

王子様の本音だと思った。

若くで結婚して出産し3児の母となった友達が愚痴っていたのを思い出した。
『最近じゃ、なんとかちゃんのママとか、旦那からもママって呼ばれて、
私はママっていう生き物じゃない。私は私だ~~!!』と叫んでいたことを
思い出した。

きっと王子様も彼女と同じ心境なのだろう。

(せめて、頭の中ではクリスって呼ぶね。)

「なるほど。確かに殿下は、王子様ではありますが、
クリストフ様という個人でもありますよね。
では、せめてクリス様と呼ばせて頂きますね。」

そういうと、今まで見せてくれた作り物の笑顔ではない綺麗な笑顔を見せてくれた。

「ベルと婚約してから、3年は経ちますが初めてあなたと話をした気がしますね。」
「すみません。」
「謝罪はもういいですよ。それより来週から毎日城に来るのでしょう?
ベルと毎日、会えるのを楽しみにしていますよ。」


新情報を仕入れてしまった。

(へ?来週から城?・・・つまり王妃教育?
父や兄からは何も聞いていないが、これから伝えられるの?
でも、来週は急過ぎやしないですか?父~早く伝えてよ~~~。)

心の中で父を責めてみたがどうしようもない。
兄から婚約を白紙に戻す話も出ていたが、もしかしたら、王妃教育が始まるから、
不安に思い、提案されたことなのかもしれない。
ということは、先ほど兄から打診があった内容を関係各所に根回しが
終わっているとは思えない。
この状況で婚約を白紙にすることを伝えるのは公爵家としては
きっとダメだということは理解出来る。

(下手に否定しない方が懸命かな?)

 それに今、目の前にいる人物はクリスであって、不敬罪を発動できる王子様として見るのはなんだかクリスに失礼な気もしてきた。
そう思うと先程まで感じていた恐怖はいつの間にか消えていた。

(まぁ、すぐに結婚するわけでもないだろうからいいか。
少しだけクリスと話せるようになったしね。)

「よろしくお願い致します。」
「ああ。」

ヴァイオリンを練習する時間は確実に減るだろうが、
兄や家庭教師の先生の話を総合すると、
私には公爵家の令嬢という役割があり、
それを果たすことがここで生きていくことの義務なのだろう。

ローズガーデンからサロンへ戻る途中。
行きの重苦しい雰囲気とは一変して、クリスと手を繋ぎながら、
談笑するまでにクリスとの仲は改善した。

ちなみにクリスはエスコートの一環として手を繋ぐそうだ。
決して私が、迷子になったり、こけたりしてわけではないことを
ここに声高に宣言しておこう。心の中でだが。

ふと、クリスに先程浮かんだ疑問を投げかけた。

「ちなみにクリス様。以前の私はなんとお呼びしていたのですか?」
「知りたいですか?」
「はい。」
「ん~どうしても知りたいですか?」

嫌な予感がした。

(これ、絶対聞いちゃダメなヤツだ~~~。
クリス!墓場まで持って行ってくれ~~!!)

「いえ。いいです。遠慮しておきます。」
「まぁ、もう少し大人になったら、、ね。」

とクリスが片目をつぶって8歳とは思えない妖艶な笑みを浮かべた。

「いえ。本当に、遠慮しておきます。」

手を繋いでサロンに戻った私たちを見て、兄やローベルだけではなく、セバスやロラン、マリーまでが幽霊でも見かけたような顔をしていた。
クリスに手を繋がれて登場する私をみて、さすが問題児だと思ったのだろう。

ねぇ、みんな失礼じゃないかな?
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