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第二章

32 大魔導士の事情(3)

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 宰相ボレアーは、会議が終わったその足でストカール暦780年に設立され、当時まだ設立2年足らずだった錬製術部門に向かった。錬製術部門は城の端にあるので、ボレアーは珍しく急ぎ足だった。
 
 コンコンコン。

「入るぞ!!」

 ボレアーが部屋に入ると、皆が一斉にボレアーを見た。そして、室長であるジンバが席を立った。

「これは……宰相殿?! 宰相殿自らこのような場所に……一体どうされたのですか?」

 普段はジンバが宰相の元に書類を届けるか、宰相の使いの者が書類を持って来る。多忙を極める宰相であるボレアー自らここに出向くのは珍しいことだった。驚くジンバに向かって、ボレアーは報告書をヒラヒラと掲げながらニヤリと笑いながら言った。

「造るぞ。これ!!」
「造る?」

 ジンバがボレアーの近くまで歩き、報告書を見ると震えながら言った。

「造るって……まさかこれを……?」

 ボレアーはいい顔で言い放った。

「そうだ。たった今、議会で許可も出たからな」

 他の錬製術士たちも「何だ? 何だ?」と近付いて来て絶句した。

「――大魔橋……?」

 ジンバが報告書を持ったままボレアーを見た。

「他の国に先駆けてこの部門を立ち上げたんだ。そろそろ目玉になる物を作って、国内外に絶対的な練度の差を見せつけたい。それに、ここ数年は豊作なので国庫にも余裕がある。今、国に余裕のあるうちに、この国の経済を発展事業を実施して、今後来るかもしれない冷害や水害などに供えたい」

 ジンバは、目から流れる涙を白衣の袖口で拭って、ボレアーを真っすぐに見つめた。

「有難き幸せ。必ずあのラーゼライ川に橋をかけてみせます!!」
「ああ。期待している」

 こうして、全長200メートルに及ぶ巨大なはね橋の建設が行われることになった。この橋を造る時に異例だったのが、建設業者だけではなく、錬製術士、大工、魔導士が関わったことだった。
 天候にも恵まれ、橋の建設は11カ月で終えた。
 だがこの『大魔橋』は、これだけで終わりではなかったのだった。この橋は、魔力を注入することで、初めて橋として完成する。この橋には膨大な魔力が必要なのだ。だが、一度魔力を注入すれば、魔力は循環して機能するため、その後はメンテナンス程度の魔力で稼働し続けることができる。
 そこで、ジンバは魔力の注入を魔導士を多く擁するガルックス公爵の私兵である白騎士に協力を依頼した。ガルックス公爵も許可も貰い、総勢80人の魔導士が魔力を挿入してくれたが、橋の魔力は3割程度しか溜まらなかった。

「悪いが……これに全て魔力を挿入するなど不可能だ」
「魔導士の負担が大き過ぎる」

 魔導士たちは、そう言って次々に大魔橋から去って行った。

「室長! 魔力が無ければ、この橋の補強も完璧ではなく、少し長い雨が降ったら橋が流されてしまいます」
「とりあえず、今ある魔力は全て橋の補修に回そう」
「はい!!」

 魔力の溜まっていない橋は、橋を強化するための土台の維持をすることさえ難しい。
 ジンバたちは、魔法の回路を切り替えるために寝ずに術を交代でかけ続けたがこんなこと、いつまでも持たないのはよくわかっていた。

「早く見つけなければ」

 そこで、宰相ボレアーを通じて、国王の許可を貰い、銀騎士の魔導士にお願いしたが、やはり半分にも満たなかった。
 絶望的になったジンバたちだったが、幸運なことに、当時の銀騎士の魔導士隊の隊長が、ルトゥスアーク家の者だった。
 銀騎士の魔導士隊の隊長のイーンサ・ルトゥスアークは、ジンバに次のような助言をした。 

「ジンバ殿。我々は日々の訓練。さらに不測の事態に備えて、どうしてもある程度の魔力を保つ必要があるのだ。そこで提案だ。この件、我がルトゥスアーク家の5番目の子に頼んでみてはどうかな?」
「5番目の?」

 ジンバは首を傾けた。魔導士のエリートの家系であるルトゥスアーク家のことは国中の者が知っている。もちろんジンバも知っていたが、当主と夫人それに4人の子供たちのことしか知らなかった。
 ジンバは心の中で『ルトゥスアーク家に、5人目の子供がいたのか……最近忙しかったからな。世間に疎くなっていたな』と思った。

 魔導士隊の隊長イーンサは、少しだけ眉を下げながら言った。

「ああ、そうだ。だが……条件がある。この件を依頼する時は、絶対にルトゥスアーク家当主は介さず、王立学院学長を通して依頼してくれ」

 ジンバが片眉を上げながら尋ねた。

「王立学院学長に? ……王立学院ということはまだ学生ですか?」
「ああ。今年16歳になった」
「そんな方に……」

 ジンバは少しだけ不安になりながらも尋ねると、イーンサが切なそうな顔で言った。

「魔力も魔法レベルも文句なしに高い。私が保障しよう……訳があって表には出してもらえないのだがね……」
 
 冷静で何事に動じないといった印象だったイーンサだったが、少しだけ不安そうな顔が印象的だった。だが、ジンバとしても一刻も早くこの状況を打開したかったので、藁にも縋る思いで頷いた。

「わかりました。そうします。ありがとうございます。……そして、その方のお名前は?」
「――マイアと言うんだ。……これがあの子にとっていい方向に転ぶといいのだが……」

 イーンサはそう言って『大魔橋』を去って行った。
 ジンバはその日の内に王立学院学長に協力願いを出したのだった。




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