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第二章
31 大魔導士の事情(2)
しおりを挟むベルスリータをベッドに寝かせて、俺は彼女の眠るベッドに腰をかけた。マイアは、ベッドの横に置いてある椅子代わりの木箱に座っていた。
「――何も聞かないのですか?」
ベルスリータの頬を撫でていると、ずっと下を向いて、何かを考え込んでいたように見えたマイアが呟くように言った。
俺はすぐにマイアの家名の話だと思った。いつも明るくて、楽しそうなマイアの不安とつらさが混じった顔を見た俺は、マイアの頭にポンと手を置いた。
「そんなつらそうな顔をしてる女の子に聞けないって」
「え? ……お優しいですね……」
マイアが真っ赤な顔で俺を見ながら何かを決意した表情を見せたので、俺はマイアの頭から手をどけながら言った。
「……それに……俺たちの話……聞かれてるみたいだ。……なぁ? ジンバ?」
「え?」
俺の言葉でマイアが驚きながら、一階に通じる梯子がある穴を見た。するとそこから、ジンバが気まずそうに顔を出した。
「うっ!! どうしてわかった? 物音は立てなかったはずだが……」
「特技なんだよ」
ジンバは、観念したように梯子を登ると、俺たちの近くまで歩いて来た。そして頭を搔きながら言った。
「それもまた凄い特技だなぁ……。あ~悪かった。マイア……ちゃんの様子がおかしかったからな。気付かないうちにオレ、失礼なことを言ったのかと思ってな……本当に悪かった」
ジンバが頭を下げると、マイアが慌てて声を上げた。
「いえ!! 私の方こそ……配慮に欠けた言い方だったと反省しています」
マイアの切なそうな顔を見ていられなかった。だが、この話はマイアの深い部分に繋がっていると確信したので、俺が口を挟むこともはばかれた。
するとジンバが、部屋の隅に無造作に置いてあった空き箱を持って来て、その上に座った。
「マイア……ちゃん。オレにとって、あなたは最も尊敬する大魔導士だ」
「……そんな……もっと素晴らしい方は大勢います」
マイアが俯くとジンバが小さく息を吐きながら言った。
「マイア……ちゃん。『大魔橋』を造る時、多くの魔導士が『こんなこと無謀だ』『机上の空論だ』と橋の完成をあきらめていたんだ。――あなただけだったんだ……最後まで橋の完成を信じて尽力してくれた魔導士は……」
ジンバは遠くを見つめるように当時を振り返ったのだった。
◆
6年前。ストカール暦782年王都ピスカ。王城内、円卓の間にて。
この日は、伯爵以上の位を持つ貴族が集まり、円卓の間で国政についての会議を行っていた。
ランアデルバ国王は、絶対王制ではあるが、国王リウシス・フュルスト・ランアデルバは広く皆の意見を求めた。しかもまだ幼さの残る次代の王となる王太子レーグルス・フュルスト・ランアデルバも会議に出席し、国政について熱心に考えていた。
そして、その日。宰相のボレアー・フォン・ラスペルバによって、この国最大の公共事業が提案されたのだった。
「ピスカとエニフの間にあるラーゼライ川に橋を建設をご提案いたします」
円卓の間が急に騒がしくなった。
「ラーゼライ川に橋を?」
「無茶な……あの川に橋など……」
「不可能だ!! 建設した途端に流されてしまう。これまで通り船で渡ればいいのではないか?」
「ああ。それに橋をかけたら、王都への物資補給のための大型船が通れない」
「無謀な案だ……」
皆が難色を示すなら、国王が声を上げた。
「ほう。面白いことを言う。ボレア―よ、あの川のことを知らぬ訳ではなかろう?」
「はっ。こちらをご覧頂きたく存じます」
宰相ボレアーは、皆に書類を配った。皆が一斉に書類に釘付けになった。
「ふむ……」
「これは……」
国王やガルックス公爵のハシムが、考え込むように書類を見る様子を観察していたボレア―はすかさず説明を始めた。
「数年前から調査をまとめました。記載した通り、材料は友好国になったカノープス国から輸入出来ますし、現在大きな発展を見せている我が国の錬製術の練度を国内外に知らしめるチャンスでもあります」
「人も船も通れる橋か……」
国王が呟くように言った。国王のすぐ隣に座っていた筆頭公爵家のハシムも楽しそうに言った。
「しかも……橋が二つに別れて跳ねあがるなど……斬新だな」
ガルックス公爵のハシムに宰相ボレア―が頷きながら言った。
「ええ。私もこの構想を聞いた時には驚きました。いかがでしょう、皆様。利便性もこれまでの比ではないほど格段に上がります。この橋が完成した数年後。エニフは貿易の拠点として栄える可能性もあり、そのエニフから街道の伸びる地域は一気に栄えます」
「なんと!!」
「それは、素晴らしい」
「エニフから街道が伸びていると言ことは……国内のほとんどの領が栄えるということか!!」
他の貴族も皆、一気に賛成に傾いた。
「ふむ。それで、制作期間はどのくらいを検討しておるのだ? 10年か? 20年か?」
国王の言葉に、宰相ボレア―は口角を上げながら答えた。
「約一年です」
「一年だと?!」
国王が驚きの声を上げた。無理もない。通常大きな橋を造るのには、長い年月が必要だ。それを1年で造ると宰相は言い切ったのだ。
「それが、今の我が国の錬製術の練度です」
議会が水を打ったように静まり返った。皆が息を飲む中、国王が声を上げた。
「そうか……面白い……誰か反対意見のある者はいるか?」
またしても議会が静まり返った。
「ふむ。では、ボレア―侯爵よ。その話進めよ」
「はっ」
こうして王都に世界初の錬製術による『大魔橋』が建設されることになったのだった。
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