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第一章

22 フェリスの真意

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 俺たちは先ほどと変わらない速度で移動しながら、コルアルが待っている場所に向かっていた。フェリスがここに来た時は、とても生身の身体とは思えないほどの速度だったが、今は俺たちと同じくらいの速度だった。

(フェリス、普通に歩いてる……と言うことはさっきの速度が、特別だってことか……そういえば、さっきベルスリータは、『風魔法を付与』って言い方をしてたな……)

 俺はベルスリータと、フェリスの会話の邪魔はしないように、右側を歩いていたマイアに話かけた。

「マイア、聞いてもいいかな」
「はい。なんでしょう?」

 マイアがにこにこと笑いながら俺を見上げて言った。

「さっき、ベルスリータが、『剣に風魔法を付与させた』って言ってただろう? あれってどういうこと?」
「レンさんは魔法学をご存知ないのですか?」

 マイアが首を傾けながら尋ねたので、俺は大きく頷きながら言った。

「うん。知らない」
「そうですか……では、簡単に説明すると、あれは物質に風の力をまとわせたのです。え~~~と……ちょっと、待って下さいね」
「うん」

 マイアは小走りで、俺たちの少し先に行くと、地面にしゃがみこんだ。そんなマイアに、ベルスリータは、フェリスとの会話を止めて不思議そうに尋ねた。

「マイア~~何してるの?」
「レン様に先ほどの、フェリス様のされた付与魔法の説明をしようと思いまして……これがいいかな……どうぞ、レン様」

  マイアは、地面に落ちていた小石を拾い上げて、俺に差し出した。すると、ベルスリータは俺の腕からからすっと離れた。

「ありがとう……」

 だから俺も、石を受け取りながら、お礼を言った。だが、本当にどこにでもある普通の石だった。不思議そうに見えたのか、マイアが困ったように微笑みながら言った。

「ただの石ですよね?」
「そうだね」

 俺が頷くと、マイアが手を差し出しながら「石を貸して下さい」と言った。俺は、マイアに言われるままに、石をマイアに手渡した。するとマイアが、「水よ」と唱えた。

「はい。どうぞ」
「どうも……冷たい?」

 石はまるで氷のように冷たくなっていた。

(石が氷に変わったわけではないのに……。石が水をまとって、氷のような冷たさになったのか?!)

 目に見えるものと、手のひらの温度が信じらなくて石をじっとみていると、ずっと静かに見ていたフェリスが興味深そうに近付いて来て、俺の手の上に乗っていた石を触った。

「わっ。さすがだな……マイア。石が、まるで氷のようだ。完璧な付与魔法だ」
「お褒め頂き光栄ですわ。フェリス様」

 マイアは、フェリスにお礼を言った後に、俺を見て言った。

「では……次は……」

 マイアは、俺の手の上に手を重ねて「風よ」と言った。石は相変わらず冷たかったが、特に変化したようには見えなかった。マイアは、そっと手を話すと、俺を見上げて言った。

「それではレン様。今度は、その石を地面に落としてもらえますか?」
「……うん」

 俺は手のひらを傾けて、石を落とした。すると俺の手を離れた石は、信じられないほど早く、地面に落ちて、土の中にめり込んでいた。

「今のは……もしかして、石に風を付与したの?」

 マイアを見ると、マイアが頷きながら言った。

「ええ。そうです」

 俺はもう一度、地面にめり込んだ石を見つめた。こんなに小さな石が、ただ手のひらを傾けて、地面に落ちただけで、これほどの衝撃なのだ。

(風魔法を付与すると、これほどの衝撃なのか……これは……短剣も折れるな……)

 俺は、フェリスとマイアとベルスリータの方を見ながら呟くように言った。

「……もしかして、さっきの攻撃だけじゃなくて、フェリスが凄いスピードでこちらに走って来てたのって、風を自分に付与したってこと?」

 フェリスが楽しそうに笑いながら言った。

「お? 鋭いね。その通りだよ」

 フェリスの答えを聞いたベルスリータが、呆れたように言った。

「鋭いねって……フェリス……あなたね……。私に『無茶な道を選ぶな』って言っておいて、自分だって、人のこと言えないくらいリスク高いことしてる自覚あるの?! ……レン。言っておくけど、自分に風をまとって、高速で移動するなんて、人間離れしたことフェリスくらいしかできないわよ? そもそも付与魔法を使える人間だって滅多にいないんだから!!」

(……付与魔法を使える人間は滅多にいない? 人に魔法を付与するのはリスク?)

 俺はてっきり、こちらの人間ならほとんどの人が使えるのかと思っていた。だから、対策が必要だと思っていたが、イレギュラーケースなのなら、それほど気にすることはないが……今後、フェリスのようにイレギュラーケースが多発するのなら問題だが……。

「そうですね……付与魔法を使える人も少ないですし、そもそも、魔法を物に付与することはあっても、自分に付与することは少ないですね……盾のように自分の前に壁を作って防御することはありますが……それは付与ではないですし……」

 マイアの説明で、俺はずっと疑問に思っていたフェリスの謎の行動の理由が全てわかってしまった。
 そう……フェリスの行動は全て――ベルスリータを心配していたことが理由だ。

 ――リスクのある付与魔法を自分にかけてまで、高速で移動してベルスリータを探したのは、彼女が無事なのか居ても立っても居られなかったから……。

 ――城に連れ帰るか、見守るかの選択肢を中々決められなかったのは、ベルスリータにとって最良の選択を見極めていたから……。

 そして……。
 ――俺に、剣を向けた理由。きっとフェリスは、俺のことを試したのだ。
 先程の攻撃は一瞬で、とてもじゃないが、一般の人間には防げない。だが、きっとフェリスは、俺があの攻撃を避けることを想定していたわけではない。
 突然の攻撃を受けた俺を怒らせて、どんな態度に出るのか、俺の人間性を見たかったのだと思う。
 人は怒った時に一番本性が出る。
 フェリスは、俺がベルスリータと一緒にいても大丈夫な人物か、どうかを知りたかったのだろう。だが、俺がうっかり、攻撃を防いでしまったので、フェリスとしてもどうするべきか決めかねているのかもしれない。
 フェリスの行動の裏の意図がわかって、少し気まずい思いを抱きながら、俺はマイアにお礼を言った。

「マイア、ありがとう。よくわかったよ」
「いえいえ、魔法のことならお答え出来ると思いますので、何かあったら聞いて下さいね~~」

 マイアが嬉しそうに笑い、俺を見上げながら言った。

「キュルキュル~~~」

 絶妙なタイミングで、ベルスリータのお腹の虫が鳴いた。ベルスリータは顔を赤くしながら、俺たちに背を向けて先に歩き出した。

「さぁ、話はここまで。先を急ぎましょう!! 私、早くレンのご飯が食べたいわ!!」

 ベルスリータの言葉にマイアが大きく頷きながら言った。

「そうですね!! 行きましょう!!」

 俺は、歩き出したベルスリータとマイアを追って歩こうとすると、フェリスが小声で言った。

「さっきは、悪かったな……。突然剣を向けて……」

 まさかフェリスから謝罪を受けるとは思わなかったが、俺はフェリスを見ながら言った。

「いや……こっちこそ……今更、こんなことを言うのもどうかと思うが……あまり怒りは顔に出る方じゃないんだ……」

 フェリスは眉を寄せた後に、大きな声で笑い俺の肩を組みながら言った。

「あはは!! 俺の渾身の剣を防いだだけじゃなく、考えまで読まれてたのか……くっくっく!! ベルスリータは、人を見る目がある。レン、砕けてしまった短剣の代わりは、私が用意しよう。いや、用意させてくれ!! 最高級の剣を贈ろう」
「お気遣いなく……普通の剣で十分です……」
「遠慮するな!!」

 俺は上機嫌なフェリスに肩を寄せられたまま歩いたのだった。





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