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第一章
16 ガルックス公爵子息アンセル
しおりを挟む蓮たちが小屋を出発して半日経った頃。エニフには、またしても王都からの援軍が到着していた。だが、今回の援軍は――兵だけではなかった。
エニフの街の中央に建てられた石造りの大きな屯所。そこに、今回のベルスリータ捜索の指揮を任された、アイン大佐らガルックス公爵家の私兵、白騎士が駐屯していた。そんな屯所の一室に、慌ただしい足音と共に、見張りの兵士が勢いよく入って来た。
「アイン大佐。ガルックス公爵家の馬車及び、ゲール副団長が、もうすぐご到着されるとの連絡が入りました」
アイン大佐が眉をピクリと動かして、低い声で返事をした。
「了解した。皆にも伝えよ」
「はっ」
伝令が部屋を去った後に、アイン大佐は机に広げた地図に目を落とした。この辺りは、川や森さらには、大きな街道沿いで街や村も多い。人の出入りも激しく、中々ベルスリータたちを見つけることが出来なかった。ゲール副団長を伴い、ガルックス公爵家の馬車が来たということは、公爵子息アンセルも恐らく一緒に来ているのだろう。ゲール副団長だけではなく、普段は現地に来ない公爵家の人間の登場に、アイン大佐は眉を寄せた。
(副団長だけではなく、公爵子息殿まで……随分と大仰なことだ)
アイン大佐は小さく息を吐いた。実は彼は、この任務を受けた当初から、なぜ今回の任務を自分たち『白騎士』が担当するのか疑問に思っていた。本来、王家の護衛は銀の甲冑の王国騎士団『銀騎士』の管轄だ。なぜ『銀騎士』が動かずに『白騎士』が動くのか。『白騎士』は本来、天災や戦などで傷を負った者たちの救出や救済。他には、白魔法を使う魔導士の援護などを請け負う『守りの騎士団』と呼ばれているのだ。
そんな白騎士は、普段、多くの魔導士と組んで任務を行っているので、魔導士のことをよく知っている。彼らは味方にすると心強い存在だが、敵にすると非常に厄介な相手なのだ。そんな厄介な魔導士の中でも今回、皇女ベルスリータを守っているのは、魔導士の中でも別格中の別格のマイアなのだ。 結局、皇女ベルスリータを見つけて、もう少しで捕らえれらるという時に、炎の壁を出したかと思えば、次は煙を出すという、見たこともない奇妙な魔法を使い、逃げられてしまった。
王都から応援にきている魔導士は皆『マイアの魔法にかなうだろうか』と不安に思っているし、白騎士の面々も普段と違う任務に士気が下がっている。きっとゲール副団長と、公爵家の人間が様子を見に来たということは、叱責を受けるのだろう。
アイン大佐は重い足取りで指令室として使っていた部屋を出た。
◆
アイン大佐が、ゲール副団長とガルックス公爵家を迎えるために扉の前に立つとすぐに、ゲール副団長の乗った馬と、公爵家の馬車が到着した。
ゲール副団長は馬を降りると、部下に馬を任せて、足早にアイン大佐に近付きながら言った。
「アイン大佐、現状はどうなっている?」
「はっ! まだ発見も保護も出来ておりません」
アイン大佐の言葉に、ゲールが眉を下げながら言った。
「そうか……アイン大佐。例のドレスが本当にベルスリータ様の物か確認したい」
「はっ!」
アイン大佐が返事をすると、馬車から、ガルックス公爵子息のアンセルと、この国の宰相であるラスペルバ侯爵の子息フェリスが一緒に馬車から降りてきた。皆は、アンセルだけではなく、フェリスが同乗していることに驚いていた。
ゲール副団長は、アンセルとフェリスにアイン大佐を紹介した。
「アンセル様。フェリス様。こちらが今回の指揮を任せております、アイン大佐です」
アンセルが穏やかな顔で言った。
「そうですか……ご苦労様です」
アインは、てっきり皇女を見つけられない自分を𠮟責するために来たと思っていたので、アンセルの穏やかな態度に驚いてしまった。そんなアイン大佐にゲール副団長が言った。
「今回、アンセル様とフェリス様は、皇女様のドレスを確認に来られた。保管している場所に案内してくれ」
「……かしこまりました。ご案内致します」
アイン大佐は、『わざわざ、確認のためにこんなところまで来たのか?』と不思議に思いながらも、ドレスを保管している部屋に案内した。
「こちらです」
部屋の前に着くと、ゲール副団長がアンセル大佐に言った。
「アイン大佐。悪いが、君はここで待機してくれ」
「はっ!」
アイン大佐を残して、ゲール副団長と、アンセルとフェリスが部屋に入った。部屋に入ると、若草色の刺繍の細やかなドレスが置いてあった。3人はドレスに近付くとしばらく無言でドレスを見ていた。沈黙を破ったのはラスペルバ侯爵子息のフェリスだった。
「それで、どうなんだ? ベルスリータ様のドレスだったのか?」
フェリスの口調は、公爵子息のアンセルに向かって一般的に見れば不敬なのかもしれないが、フェリスの方がアンセルより年上で、幼い頃から旧知の仲なのでこんな口調でも許されているのだ。この国で、アンセルにこれほど気安く声をかけることが出来る人物は、そう多くはない。
案の定、アンセルは、フェリスの態度を気にすることもなく、ドレスに触れながら言った。
「……そうですね。間違いなく、私が彼女に贈ったドレスです」
声を荒げることもなく淡々というアンセルに向かって、フェリスが軽口を叩くように言った。
「路銀にもされず、捨てられるとか! よほどそのドレスがお気に召さなかったのだな。折角、国中の換金商に『ドレスを売りに来た娘を保護しろ』と通達したのにな……やるな~ベルスリータ様~~♪」
フェリスのこんな言葉にも、アンセルは表情を変えなかった。だが、ゲール副団長は真剣な顔でアンセルを見ながら言った。
「アンセル様。そのドレスが本当にベルスリータ様の物なら、名前やお顔を民に伝えずに捜索するのは至難の技です」
アンセルは、穏やかな表情のまま優雅に言った。
「カラぺ及び、その周辺に人員を全て配置して下さい。彼女は必ず、そこを通るはずです」
ゲール副団長はじっとアンセルを見つめた後に頷いた。
「カペラ周辺は見通しもいい。……かしこまりました。では私は皆にそのように伝えます」
「ええ。お願いします」
「はっ」
ゲール副団長が風を切るように歩いて部屋を出ると、フェリスが楽しそうに言った。
「アンセルはこれからどうするんだ?」
「私は、このままカペラに向かいますよ」
アンセルの言葉にフェリスが肩眉を上げて驚いたように言った。
「へぇ~彼女を追うってことか? まさか、アンセルがそこまでするとは思わなかった」
フェリスの言葉にアンセルが柔らかく微笑みながら言った。
「そうですか? 自分の婚約者を心配するのは当然でしょ?」
「婚約者ね~~~」
「まだ、彼女には伝えていませんが……」
フェリスは困ったように肩を上げながら言った。
「よかったな、彼女に逃げられたのが、伝える前で。少なくともお前との結婚がイヤで逃げ出した訳ではなさそうだな」
「そうですね……」
アンセルが小さく笑いながら言った後に、フェリスに尋ねた。
「フェリスはこれから、どうするのですか?」
「俺はここに買い物に来たって言っただろう? 自分で勝手に戻るって」
「そうですか。それではここまでですね。私は、このまま白騎士と共に、次の街を目指します」
「そうか……気を付けてな」
フェリスはアンセルに別れを告げると、街に向かった。
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