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第一章

14 忍びの朝飯前のお仕事

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 ベルスリータたちと話をして、目的地が決まった。
 俺はベルスリータとマイアに山小屋で休むように言った後、コルアルと小屋の前で話をしていた。

(コルアル、チーカ村まで人が通れそうな道はあるの?)
(ある。……地面の土が踏み固めてある程度の細い道だが……チーカ村には着けるはずだ)

 ――道がある……。

(そうか……)

 それを聞いた俺にはやることがある。
 
 月が高くなり、2人が寝静まった頃、俺はコルアルに見張りを頼んで闇夜に紛れて山小屋を離れた。
 俺は夜行性のテンやイタチのような動物に道案内と補佐を頼んで、エニフの街から北に数キロ離れた街道からほど近い川のほとりの草むらに向かった。

(この辺りなら、舟もあるし、街道も近いくて丁度いいな……)

 俺はその場所にベルスリータの若草色のドレスを捨てた。ちなみにドレスを処分することは事前にベルスリータたちには伝えてある。マイアは「ええええ~~。あのドレスは、貴重なシェダルの絹を余すところなく使用したドレスでしたのに……刺繍だって王都随一の職人がベルスリータ様のために丹精を込めて仕上げて……せめて売って路銀に……」と言っていたが、「足がつくから」と言って却下した。
 ドレスを捨てた後、俺はドレスを捨てた場所から少し離れた木の上に身を隠して、イタチのような動物に頼み事をした。

(我が友よ、兵をここにおびき寄せるてくれるか?)

 しばらくするとガサガサという音に誘導された2人組の兵士が現れた。

「なんだ……ただのチイタだ。問題ない」

 どうやらあの動物はチイタと言うようだった。兵士の一人はチイタだと興味を失っていたが、もう一人の兵が興奮したように声を上げた。

「ああ。おい!! これ、もしや……このドレスは!!」
「もしかして……皇女様のドレスか?!」

 兵士は松明の灯りで無事にドレスを見つけた。俺が罠にかかったってくれてほっとしながら見ていると、兵士はドレスを拾い上げながら言った。

「皇女様はこんなところに潜んでいたのか?! この辺りは警備していなかったのか?」
「俺たちは夕刻にエニフに着いたからな……警備体制はよくわからないが……警備対象外だったんだらろうな……これほどの繊細な刺繍のドレスだ。この辺りの貴族令嬢の物ではないだろうし……。とにかく、すぐにアイン大佐に連絡だ。私がここに残って見張る」
「わかった! すぐに伝える!!」

 木の上から兵士の会話の一部始終を聞いていた俺は、彼らの会話から重要なことがわかった。まず兵士はまだ王都から増員されていること。それから、今回のベルスリータたちの捜索の指揮を取っているのはアイン大佐という男だということ。

(王都からの増員か……一日、経っているからな。手を打っておいてよかった……)

 しばらく待っていると、ベルスリータとマイアを追い詰めた時に一瞬顔を見たことのある人物が数人、先ほどの兵士と共に姿を現した。

「アイン大佐、こちらであります!!」

(やっぱり、あいつがアイン大佐か……)

 アイン大佐は、しゃがんでドレスを握りしめた。

「間違いない。これはベルスリータ様のドレスだ」

 そしてドレスを持って立ち上がると、眉を寄せながら言った。

「……ベルスリータ様は検問を抜けて、街に入ったのか? ……いや、違うな。恐らく街から出た者から服を買ったのだろう。そうなれば、すでに次の街に向かった可能性が高い。もしかしたら、馬も調達したかもしれない」

 するとアイン大佐の隣にいた男が口を開いた。

「アイン大佐、ここは川の近くです。川魚を釣る目的の小舟もありますので、舟で逃げた可能性もあります」
「舟か……女性が2人で逃げるなら、陸路よりも舟というのも有り得るな……」

 大佐が顔を上げると、反対にいた兵士も声を上げた。

「アイン大佐。ここは馬の水場の近くです。もしかしたら、馬で移動だけではなく、荷馬車に乗せてもらっている可能性もあります」

 どうやらドレス一つで捜索隊は、ベルスリータたちのフェイクの逃走経路を多く作り出してくれているようだ。俺の目論み通りの展開になった。さらに話を聞いていると、アイン大佐が大きな声を上げた。

「街道沿い及び、川沿いに兵士を重点的に配備しろ。馬か、舟もしくは馬車。荷馬車の可能性も有り得る。もしかしたら、次の街でも街周辺に潜んで街から出る者たちから衣服や食料を調達するかもしれない!! 検問だけではなく、街周辺にも兵を配置しろ!!」
「アイン大佐、それでは兵の配置はどうされますか? 森に配備した兵を呼び戻しますか?」

 アイン大佐と一緒にいた男が大佐に尋ねた。俺はそれを聞いて眉を上げた。

(へぇ~やっぱり森にも一応、配置してたんだ……)

 アイン大佐は大きな声で言った。

「ベルスリータ様は、川沿いを移動しているのだ。それに女性に森の中の移動など不可能だろう。森の警備はいい。全ての兵を街道と川沿いとその周辺に配置しろ!! 急げ!! まだそう遠くは行っていないかもしれない」
「はっ!!」

 アイン大佐と兵士たちはベルスリータのドレスを持って去って行った。俺はそれを見ながら目を細めた。

(はい、一丁上がり……さてと、あちらさんの目も逸らせたし、戻るか)

 こうして、俺は無事にベルスリータの逃走経路の偽装を行った。チーカ村までの道があるのなら待ち伏せされる可能性も十分にある。俺はその可能性を潰しておきたかったのだ。こうして俺は敵の捜査網を攪乱して、夜明け前に小屋に戻った。

 そして、小屋の外でコルアルに寄り添って仮眠を取った。コルアルの羽の中は暖かく快適な寝心地で、仮眠と言えども上質な眠りをもたらしてくれた。十分に身体を休めた俺は、日の出と共に食事の用意を終えて、ベルスリータとマイアを待っていた。「おはよう」扉を叩きならあいさつをすると、バタバタと小屋の中から音が聞こえた後に「おはよう、すぐに行きます」というマイアの声が聞こえた。それからしばらくして、扉を開けて外に出てきた2人の明るい声が聞こえた。
 
「おはよう~レン。いい匂いがする~~」
「おはようございます。朝食も楽しみです」

 俺は昨日の場所に座る2人にスープをよそった。

「はい、どうぞ」
「いただきま~~す」

 2人が嬉しそうに食べるのを見て、コルアルが息を吐いた。

(やれやれ、随分と呑気な物だな……レンの苦労など知らずに……)
(今日もたくさん歩かなきゃいけないんだからさ、元気そうでよかったよ)

 俺は2人に朝食のスープの入ったお椀を渡しながら言った。

「食べたら出発するよ」
「わかったわ」
「はい!」

 俺は2人に食事を渡した後に、コルアルにもスープを渡した。

(今日もよろしく)
(ああ、レンの夕飯を食べたいからな)

 俺が食事を作らなくてもコルアルは手を貸してくれると思うが……。俺は少しだけ笑ってコルアル答えた。

(うん、夕食もちゃんと用意するから)
(楽しみだな)

 俺がコルアルと話をしていると、マイアが大きな声を上げた。

「レン様、とても美味しいです!! おかわりお願いします!!」
「レン、私も!!」

 俺は2人からお椀を受け取っておかわりをよそいながら言った。

「どうぞ」

 空を見上げると今日もいい天気だった。俺は一心不乱に食事をする2人と1羽を見て目を細めた。



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