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第一章

11 買い物を終えて

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 城門を出た時には夕日は茜色に染まっていた。森の中に入ってしばらくすると草花が咲き乱れる草原が見えた。サラサラと草原に風が渡って行く。陽が沈む前にだけ見ることが出来る金色こんじきの世界。

(この時間はどこの世界でも変わらず美しいんだな……)

 思わず見とれていると上空に大きな翼を持つ鳥の影が見えた。バサバサと羽音が近付いて上を見上げた。

(コルアル!!)

 しばらくすると、コルアルが悠然と大地に降り立った。まさか迎えに来てくれると思っていなかったので驚いてしまった。

(レン。やはり荷物が多いな。迎えに来てよかった。あの2人は心配ない)

 コルアルが乗れというように身体を低くしたので、俺はコルアルの背中に乗った。するとコルアルは空高く飛び立った。空から眺める夕日の照らす大地は荘厳な世界に見えて思わず頬が緩んだ。俺はそんな景色を見ながら、コルアルに話しかけた。

(よく、買い物が終わったことがわかったね?)

 俺がコルアルに尋ねるとコルアルが答えた。

(ああ、近くの者にレンの監視を頼んだ。城門を出たら私に伝えるようにと)

 なるほど……コルアルはこれほど大きさなら食物連鎖の頂点に君臨する可能性が高い。そんなコルアルに頼まれば、他の鳥は断れないだろう。つまりコルアルを味方に付けるということは、鳥類を掌握したと言っても過言ではないのかもしれない。

(ははは、頼もしいな)
 
 俺は金色の空の中をコルアルの背に乗ってベルスリータとマイアが待つ小屋に戻ったのだった。
 小屋周辺には特に不審な気配はなかったので、俺はコルアルに「ありがとう」と言うと荷物を持って小屋に入った。

「ただいま」
「おかえり……って、そんなに買ったの?」

 ベルスリータが大量の荷物を持った俺を見て驚きながら言った。

「レン様、お金はどうされたのですか?!」

 マイアが目を丸くしながら尋ねてきたので、「なんとかした」と答えた。そして俺は買った物を2人に渡した。

「ありがとう……って、これ下着だけど?! レンが買ったの??」

 ベルスリータが驚愕の表情で俺を見ていた。だが、俺としては早く夕食の支度をしたかったので急いでいた。
 
「俺以外、誰が買うんだよ?」

 少しおざなりな返事をしながら荷物の中から夕食に使う物を取り出した。

「この世界に女性の下着を堂々と買える男性がいるなんて…………世界は広いわ」

 マイアがどこか放心したように言った。必要に迫られたから行動しただけで、俺も普段から女性の下着を買ったりはしていないのだが……。

「外で夕飯作るから2人は早く着替えなよ。それと、はい」

 俺はベルスリータにレイピアを渡した。

「どうして、私が剣を使うことを知っているの?! 私が剣を使えることを知っているのは、ごく一部の人間なのに!」

 レイピアを手に取りながらベルスリータが困惑したように言った。

「ああ、隠してたんだ。……手、見たらわかるって」
「手?」

 ベルスリータが自分の手を見ながら首を傾けた。

「剣ダコ。ベルスリータの手。それだけ剣ダコがあるってことは相当練習したんだろ? 何があるかわからないんだからさ、使えるなら持ってなよ」
「…………ありがとう、レン」

 ベルスリータに真っすぐに見つめられてお礼を言われて、俺は思わず目を細めた。ベルスリータは服や靴、鞄よりも剣が一番嬉しいという反応をした。彼女にとってきっと剣は大切なものだろう。だが、逃げる時に彼女は剣を持っていなかった。それに、剣を使えることを周囲には隠していたようだった。それが何を意味するのか、なんとなくわかる気がしたが、今は聞かないことにした。

「どういたしまして。じゃあ、外にいるから」

 俺は、料理を作る道具を持って小屋を出た。まず近くを流れている小川で水を汲んで簡易的に作ったカマドに鍋を置いて火にかけた。

(レン、食事にするのか? 何か獲って来るか?)

 コルアルが俺の隣に来て楽しそうに言った。

(ああ、それは助かるな。頼んだ)
(待っていろ、すぐに獲ってくる)

 俺はその間に、街で買った野菜を包丁で刻んだ。野草も街に売っているのを見たので、今度から自分でも採取できそうだ。狩りは俺も出来るので明日からは自分で獲ってもいい。食材を切って鍋が煮立った頃、コルアルが戻って来た。ウサギに似た動物が片手の数ほど捕らえられていた。しかも丁寧に血抜きまでしてある。

(凄い! こんな短期間で! ありがとう、コルアルの分も作るから)
(私の分だと?! ……人の食事は食したことがないので興味深いな)

 今日はスープだけにしようかと思ったが、香草焼きも追加しよう。テキパキと食事を作り、辺りにいい匂いが漂って来た頃。ベルスリータとマイアが扉を開けた。俺は慌ててコルアルに尋ねた。

(2人が出てきたけど匂い大丈夫?)
(ああ。……大丈夫だ)

 どうやらもう香水の匂いは問題ないようだ。もしかしたら、日本でも貴族は着物に香を焚きしめる習慣があるが、こちらもそのような習慣があるのかもしれない。俺とコルアルが話をしていると、マイアが俺の顔を見た途端に大きな声で言った。

「レン様!! どういうことでしょうか?! 全てがぴったりなのですが?!」

 俺はマイアの言いたいことがわからずに眉を寄せた。

「ぴったりって、何が?」

 するとマイアは顔を赤くして困ったように言った。

「服だけではなく……全ての仕立てが!! 」

 どうやらサイズは合っていたようだ。サイズの合わない服は疲れの原因にもなるというので、サイズが合っていてよかった。だが、服のサイズが合っていてマイアは何をそんなに慌てているのだろうか?

「……? よかったね」
「………………はい」

 マイアはなぜか腑に落ちないと言った顔で返事をした。そんな俺とマイアの横で、ベルスリータはなぜか震えながら声を失っていた。今度は一体なんだろうか? 今度は不審なベルスリータに声をかけた。

「それで、ベルスリータはどうしたの?」
「……霊鳥フォルヴァレ様……我がランアデルバ国の守り神……」

 ベルスリータの視線の先にはコルアルがいた。コルアルは、霊鳥フォルヴァレと呼ばれる鳥のようだった。さらにこの世界では守り神と言われているようだ。

「えええ?! 霊鳥フォルヴァレ様!!」
「お初にお目にかかります。フォルヴァレ様」

 ベルスリータがコルアルに膝をついてあいさつをした。するとマイアも慌てて膝を付いた。コルアルは俺と話が出来たり、身体が大きかったりかなり珍しい個体だとは思っていたが、こちらの世界では神様扱いされる存在らしい。俺がコルアルを見るとコルアルは特に感情のない瞳をベルスリータに向けながら言った。

(私はただ生きているだけだ。守り神など引き受けた覚えはないがな)

 どうやら、ベルスリータたちとコルアルの間には温度差があるようだった。この状況をどうするのがいいか考えているとコルアルが羽を広げて、俺を羽で包んだ。

「フォルヴァレ様?!」
「なんと! もしかして、レン様はフォルヴァレ様のお使い?!」

 ベルスリータとマイアは大騒ぎをしているが、俺はコルアルの翼に包まれて外の声はくぐもって聞こえた。そしてコルアルの言葉だけが心に大きく響いた。

(レン、お前もあのような瞳で私を見るようになるのか?)

 孤独……コルアルの瞳には寂しさや疎外感という孤独の色が見えた。だから俺はあえて普通に答えた。

(いや、これまで通りだけど?)
(そうか……レンが変わらぬのならいい)

 そうして、コルアルが翼を広げて俺を翼の中から外に出した。俺は、ベルスリータとマイアを見ながら言った。

「あ~2人とも、彼はコルアルって言って……」

 俺はコルアルを見て笑った後にベルスリータたちの方を見ながら言った。

「俺の友人なんだ」

 するとまたしてもコルアルの翼に覆われた。

(私とレンは友人か?)
(俺は、そのつもりだけど?)
(そうか!! 友人か!!)

コルアルと笑い合っていると、ベルスリータが声を上げた。

「レンって、その……コルアル様のご友人だったのね」
「そう、そう。それじゃあ、そろそろ出来るし、ご飯にしようか」

 こうして俺はこの世界で友人が出来たのだった。




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