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第一章
6 休める場所を目指して
しおりを挟む「レ~~ン!! 話は済んだわ」
ベルスリータは俺の姿を見つけると大声で話かけて来た。ここが森の中だからいいが、本来なら追手から逃げている最中なのであまり大きな声は出さない方がいい。ちなみにコルアルは上空で待機している。ベルスリータかマイアの香水の匂いが苦手らしい。俺はゆっくりとベルスリータに近づいて言った。
「わかった……ベルスリータ、俺を呼ぶ時は耳元で小声で呼んでくれない?」
女性相手に『大声を出すな』という注意の仕方をしてもいいものか考えた挙句、周囲に存在がバレない理想的な方法を伝えることにした。注意ではなく提案に形を変えて伝えるとベルスリータが一瞬目を点をした後に、顔を赤くして嬉しそうに笑いながら俺の耳に口を寄せながら言った。
「わかったわ、レン。こうね」
「うん。そんな感じで」
ベルスリータが気分を害さずに、すぐに理解してくれたので俺はほっとしながら言った。
「これから休めそうな場所に移動するから……」
「休めそうな場所? そんな場所があるのね。それは助かるわ」
ベルスリータと話が終わると、まだ少し調子の悪そうなマイアが「ベルスリータ様からお伺いいたしました。私たちを助けて下さるそうでありがとうございます」と言った。「うん。誰か他に頼れる人が現れるまでは助けるよ」と答え、俺はマイアの顔を見た。マイアは立ち上がっていたはいたが、またどこかフラフラとしていた。ここに戻るまでコルアルに場所のイメージを見せてもらったが、まだ少し距離がある。ドレスの2人を歩かせていてはいつ辿り着くかわからない。それに2人の足は傷だらけだ。本当は先ほどのように担いで移動できたらかなり楽だが、それは彼女たちには苦痛なようだった。
俺は仕方なく、まずはベルスリータを右手で抱き抱えた。子供のような抱き方なので不快に思うかもしれないが、担いで走るよりは気分がいいはずだ。
「え? レン?!」
ベルスリータは驚きながら真っ赤な顔で俺を見ていたが、俺はすぐに左手でマイアを抱き抱えた。
「えええ? レン様?! 私、重いですから~~~!!」
マイアは顔を青くして驚いていた。
「人にある程度の重さがあるのは想定済みだし、むしろ重さがない方が怖いって! いいからしっかり捕まって。ドレスのベルスリータとマイアにこれからの道は少し大変だから」
「……わかったわ。私は絶対逃げ切る必要があるの!! マイア、ここはレンに任せましょう」
俺の言葉を聞いたベルスリータはすぐに俺の首に両手を回してピッタリとくっついた。子供のようだと駄々をこねられると思ったが、これほどしっかりと抱きついてくれていれば落とさずに済むだろう。マイアも俺の肩に両手を回した後に覚悟を決めたように言った。
「では……失礼します、レン様。よろしくお願いいたします」
「はい。賜りました。じゃあ、行くよ! しっかり掴まって!!」
俺は2人が落ちないように捕まったのを確認すると、上空を旋回してこちらの様子を見ていたコルアルに合図をした。そして俺の合図を見て動き出したコルアルの後を追うために走り出した。
◆
俺は2人を抱えてただひたすら走った。先程担いでいた時は特に反応のなかった2人だったが、今回の移動方法は少しマシなようで、移動中にも反応があった。
「凄い、凄い! さっきよりはずっといいわ、レン! あ、今のツキキツだわ!」
ベルスリータは上機嫌に俺の首に抱きつきながら景色を見て楽しんでいた。こんな状況なのに観光気分だ。
一方マイアは、初めは遠慮がちに俺の腕を掴んでいたが、いつの間にか遠慮など捨て去り、俺の首を締める勢いでしがみついてブツブツと念仏のようにひたすら同じ言葉を繰り返していた。
「怖い、早い、怖い、早い、怖い、早い」
マイアは俺の頬に自分の頬を押し付けているので、小さい声で呟いているがよく聞こえる。正直丸太を担いで山を登る方が遥かに楽だ。はしゃぐ子と、恐怖に震える子に挟まれながら、俺は野山を走り、ひたすらコルアルを追ったのだった。
しばらく行くと、長いこと放置されていたと思われる小さな小屋を見つけた。コルアルが高度を落としたので俺はあの小屋だと確信した。
「レン、小屋があるわ!!」
俺が気づいたすぐ後にベルスリータも声を上げた。どうやら彼女はとても目がいいようだ。
「うん。小屋だね」
ベルスリータと話をしていると、コルアルが小屋の近くの大きな木に止まった。これだけ大きな木なら身体の大きなコルアルもゆっくりと羽を休めるだろう。なるほど、ここはコルアルのお気に入りの休憩所というわけだ。それからしばらく走ってようやく小屋の前に着いた。
「ここなのね!」
ベルスリータの問いかけに「そうだよ」と言って、周囲に危険がないかを確認して2人を下ろした。
「ありがとう、レン!」
「ありがとうございました。レン様」
今度は2人共無事だったようだ。
2人を下ろして、俺たちは小屋を見た。小屋は随分長いこと放置されていたのか埃にまみれていた。
「まずは掃除かな?」
俺が小屋を見上げながら言うと、マイアが杖をかざしながら言った。
「ここは私にお任せ下さい」
「え?」
もしかして、よく本などで見る『クリーン』などの洗浄魔法が使えるのかと思って見ていると、マイアが「水よ」と唱えた。すると家中に集中豪雨かと思う大量の水が降って来た。しかも家の中にも多量の水。確かに、水は埃を押し流した。だが、家中がびしょ濡れだ。とても休める状況ではない。ちょっと仕事が雑過ぎやしないだろうか? この家で休むためには家中の水を布か何かで拭き取る必要がある。
(今日中に終わるかな……これ……)
俺が、拭き掃除にかかる時間を思って唖然としていると、マイアは再び杖を持って「風よ」と言うと、今度は強い風が吹いて来た。「火よ」すると風は温風に変わり、先ほどまでびしょ濡れだった室内が乾いて快適な空間に変化した。つまり今、マイアはこの家に全自動洗濯乾燥機と同じ原理のことを魔法で行ったのだ。スケールが違う。
「魔法、すげぇな……」
想像していなかったことに素直に感心していると、マイアが杖を服の中にしまいながら言った。
「さぁ、綺麗になりましたよ、どうぞ」
マイアの言葉にベルスリータは、笑顔で言った。
「マイア。ありがとう、助かったわ」
「光栄です」
ベルスリータは小屋に入ろうとして立ち止まると、魔法に圧倒されていた俺の腕を取った。
「レン、行くわよ」
「あ、うん……お邪魔します」
俺は、まるでタヌキに化かされた気分でマイアが綺麗にしてくれた小屋の中に入った。
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