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第一章
5 訳アリ令嬢との出会い(2)
しおりを挟む銀髪の女の子は、水を飲んで少し落ち着いたのか顔色が良くなった。ほっとしていると、急に女の子が座ったまま、まるで猫のようのに距離を詰めて来て、俺の袖口を掴もうとした。だから俺は反射的に女の子に捕まる前に座ったまま後退りをして距離を取った。すると瞬時に距離を取った俺に向かって女の子が眉を寄せながら尋ねた。
「あなた……何者なの?」
「何者……」
――自分が何者なのか? そう聞かれて、普通はどう答えるのだろうか?
もしここが大学内だったら、経済学部の3年藤池蓮だと答える。もし今が、忍びとしての依頼の最中なら忍びのレンだと答える。そう、人は状況により様々な肩書を持つ人物になりえる。さらに俺はこの世界の住人ではない可能性が高い。この世界の常識が全くわからない以上下手な事は言わない方がいいだろう。しかも、見た所相手は質のいいドレスを着ている。加えて先ほどの追手の『ベルスリータ様の護衛なら最上級の魔導士だ!』というセリフから、この女の子は高貴な身分の可能性が高い。普段日本で暮らしているとあまり気にしないが、場所によっては身分というのは大変厄介で、間違った答えをしてしまうと命に関わるのだ。ということで、現段階で俺は女の子の質問に答える材料が足りない。
(この状況を乗り切れる答えはなんだ……?)
俺がどうしたものかと考えていると、女の子が口を開いた。
「まぁ、いいわ!」
女の子はさらにジリジリと近付いて来たので、俺は咄嗟に立ち上がった。すると女の子も立ち上がったので、両手を女の子の前に出して距離を取ろうとした。だが女の子は俺の両手に触れるほどくっつき、俺の顔を見上げながらとんでもないことを言い放った。
「あなたが何者でも私――あなたを離さないって決めたから!!」
女の子は口角を上げ、人に命令するのが慣れているというような権力者特有の威圧を放ちながら言葉を続けた。
「師匠に『頼れると思った者は絶対に離すな』って言われてるの。私って敵が多いから、あなたのような優秀な仲間が欲しかったのよ」
自然に威圧感のある態度を取りながら、必死に一緒にいる理由を訴えている。これは、誰とも分かり合えないと、他人と深く関わることをあきらめている人の態度だ。恐らくこの子はこれまで数え切れないほどの人の裏の顔を見て、時に驚き、騙され、傷ついてきたのだろう。そんな女の子を見ながら俺はなんとも言えない複雑な感情を持った。自分よりも幼いのに、人の表だけではなく裏側をよく知っている彼女に同情したのかもしれないし、自分と同じように人の裏を見続けて来た同士を見つけて親近感を抱いたのかもしれない。
「それは……随分と傍迷惑な師匠だな。でも……師匠の教えじゃ仕方ないな」
俺は思わずそんな憎まれ口を叩いてしまったが、女の子は嬉しそうに目を細めながら答えた。
「ふふふ。そうでしょ? 私、ベルスリータって言うの。あなたの名前は?」
「名前は……蓮……」
俺が名前を告げると、ベルスリータが機嫌良さそうに微笑んだので、俺は頭を掻きながら言った。
「とにかく落ち着いて話が出来るところまで逃げよう。詳しい話はそれからだ」
「ええ。それならまずマイアを起こす必要があるわね」
ベルスリータの視線は、草の上で横になっている赤毛の女の子に向けられていた。ベルスリータは、俺から離れると気を失っている赤毛の女の子の横に座り声を上げた。
「マイア! 起きて、マイア! …………起きないわ」
そして、チラリと俺を見上げながら言った。
「彼女は、私の護衛兼秘書のマイアよ。起きていれば、頼りになるのよ? 起きていれば……」
「起きていればね~~ちょっといい?」
俺は持っていたハンドタオルに水筒の水をかけて湿らせると、マイアの頸動脈の辺りに濡れたタオルを押し当てた。同時にベルスリータは、マイアの顔を覗き込んで声をかけた。
「マイア、マイア。起きて!」
「ん……んん……ベルスリータ様……あ!!」
すると、マイアがゆっくりと目を開けたかと思うと、ベルスリータを見てすぐに身体を起こした。
「私、何を!! 追手は?! ベルスリータ様、ご無事ですか?!」
「大丈夫よ。マイアは?」
「私も大丈夫です」
俺は水筒をベルスリータに手渡すと、マイアの頭の下に置いたスエットをリュックに片付けた。その間、ベルスリータがマイアに水筒を差し出しながら言った。
「マイア。喉乾いているでしょ? とりあえず飲まない? 全部飲んでもいいわよ。それはマイアの分だから」
マイアは、ベルスリータと俺を見ながら、「いただきます」と言って水筒の水を飲んだ。その後、「ありがとうございました」と言って、マイアが水筒をベルスリータに差し出した。俺は空になった水筒をベルスリータから受け取ると、ベルスリータに向かって言った。
「水汲んでくるからさ。俺が戻って来るまでにマイアに状況説明しといて」
「わかったわ」
そして俺は、再び水筒に水を汲みに行った。
川に着くと、先ほどまでは姿を見せなかった大型の鷹によく似た猛禽類が羽を休めていた。鷹によく似ているが大きさは全然違う。大人が一人くらいなら背中に乗れそうなほど大きい。俺はそんな彼に話しかけることにした。
(我が友よ、この辺りに人が来ないゆっくりと休める場所はあるだろうか? 知っていたら教えてくれないか?)
実は【獣使役】という力は全ての動物を使役出来る訳ではない。大型の動物は知能が高く自分の意思を強く持っているため、使役出来ないこともある。だから今回は道を尋ねるくらいに留めた。
彼は俺をじっと見つめた後、心なしか嬉しそうに話しかけて来た。
(知っている。人から言葉を投げかけられるなど初めてだ)
まさか話かけられるとは思わずに俺は驚きながら答えた。
(君は人の言葉を知っているのか?)
(……いかにも。私の名はコルアルだ)
動物の中にも知能が高い者がいる。文献には人と会話が出来る者もいると書いてあった。だが言っておくがこれはかなりレアケースだ。ちなみに俺は文献で存在は知っていたが、これまで動物に話しかけられたことはない。
俺たち【獣使役】が使える忍びが動物に語りかける時は、動物の脳裏に直接イメージを伝えるように語りかける。なので、言葉は補助で、イメージを伝えることで相手が俺の望む行動を取ってくれるのだ。だが、イメージで行動を示すのではなく言葉が返って来たのは初めてで驚いてしまった。
(コルアル……俺は蓮)
俺はコルアルに『蓮の花のイメージ』と共に『レン』という音を伝えた。
(なるほど、知らぬ花だがこの花の名を持つのか……興味深いな。いいだろう。蓮を私の知る場所に案内しよう。人が建てた物だが、長らく人の姿は見えぬ)
(助かる。他にも2人一緒にいるんだ)
動物というのは繊細だ。俺は良くとも他の人間はイヤだと嫌がる者もいる。だが、コルアルは気にすることなく言った。
(構わぬ。レンがいるのなら付き合おう)
(ありがとう!)
こうして俺はコルアルという頼りになる協力者を見つけて、ベルスリータとマイアが待つ場所に戻った。
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