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第一章
3 現代の忍び異世界へ(3)
しおりを挟む浮遊感の後に、突然砂嵐のような不明瞭な視界が開けた。
(……眩しっ!!)
眩しくて手を額に当てて、目を細めたら空の青いと、光を集めて輝く眩しい緑の葉が見えた。気が付くと俺は森の中の草の上に寝転んでいた。ふと横を見るとヤツデに似た植物が生えているが、ヤツデではなさそうだ。植物には詳しいと自負していたが、ここにある植物には全く見覚えがない。忍びとして世界中に派遣され、もしもの時のために世界の主要な植物や植生は頭に入っているはずだが、寝転んだまま辺りを見回す限り何一つとして知っている植物がなかった。
(ここは……どこだ?)
ガサガサと草を分け入る音がした後に、複数の馬の蹄のような音が聞こえた。隠れて様子を見ようと思っていたが、草の中で寝転んでいて反応が遅れてしまった。立ち上がった瞬間、女の子が草の中から俺の目の前に現れたかと思うと、俺の胸の中に飛び込んで来た。先ほど買ったプラチナの指輪のような銀色の髪に、若草の色のドレス。こんな森の中で似つかわしくないというか、場違いにもほどがある姿だ。まぁ、俺も森の中でスーツなので人のことは言えないが……。
(こんなところにドレス姿の女の子……?!)
女の子は俺から急いで離れると、慌てた声を上げた。
「ごめんさい! 急いでいるの」
「はぁ、はぁ、はぁ、大変です!! ベルスリータ様、囲まれました!!」
すると後からこれまた森の中で目立ちそうな真っ白なドレスのようなヒラヒラした服を来た赤毛の女性が、息を切らして走って来た。
「見つけたぞ!! 逃すな!!」
それからすぐに馬に乗った兵士の声が聞こえたかと思うと、それから数秒の間に馬に乗った兵士に囲まれてしまった。
「ベルスリータ様、ここは私が!!」
赤毛の女性が、杖をかざすと、俺たちの周りに突然炎の壁が出現した。火種もなく、仕掛けもなく突然出現した炎の壁に、幻術の類いかとも思ったが、しっかりと火特有の熱さを感じる。
ヒヒーン!!
馬が火の熱気に怖気づいたようで、数メートル後ろに下がった。その途端、女性は遠ざかった馬たちを追うようにジリジリと炎の壁距離を俺たちから離していく。それにより少しだけ熱さが弱まった。どういう原理なのかわからないが、これは間違いなく本物の火の壁だ。俺が今の状況を懸命に分析していると炎の壁の向こうから兵士の声が聞こえた。
「隊長!! 風魔法で攻撃しますか?」
「いや、 火に風などあちらを助けるだけだ。それに……ベルスリータ様の護衛なら最上級の魔導士だ! こちらの魔導士が敵うわけがない。魔力切れを待つ方がいいだろう。『傷をつけるな』とのご命令だからな」
風魔法……? 最上級魔導士? 魔力切れ?
どうやら、ここは魔法が存在する世界のようだった。しかも、それが一般的に認知された世界。見たことない植生に、魔法という非現実な現実。
(ここ、俺の知ってる世界じゃないかもな……)
忍びの世界には『神隠し』に関することも少なからず伝わっている。考えることは山積みだが、今はまずこの状況を抜け出す必要がある。すでに身体から汗が吹き出している。炎の壁に囲まれた今の状況はとにかく熱い。
「無関係なあなたを巻き込んでしまったわね……悪かったわ」
どうするべきかを考えていると、銀髪の女の子がチラリとこちらを見た後に、また兵士の方に視線を向けながら言った。
「それはまぁ、反応が遅れた自分のせいだから、いいんだけどさ……君は追われてる。そして、逃げたい……ってことでいいの?」
俺があまりに普通に話かけたからか、女の子は少し驚いて、俺には視線を向けずに苦々しそうに言った。
「ええ……その通りよ。私、追われてるの。でも捕まるわけには行かないのよ――絶対にね!! 逃げ切って見せるわ!!」
女の子は俺ではなく追って来た兵士を睨みつけながら言った。
(囮とかではなく、本気で逃げたいのに、そんな目立つ格好してたんだ……そりゃ~見つかるよ……)
俺は女の子のドレスを見ながらそう思ったが、口には出さなかった。そして、女の子の真剣な顔を見て溜息をついた。本当に逃げたいのなら、そんな目立つ格好で逃げるのは得策ではないと思うが……着替えるヒマがなかったのかもしれないが、俺なら兵士を一人誘き出して服を調達するとか、服を脱ぐとかするけど……。
俺は世間知らずなこの女の子がなぜ逃げることになっているか、そんな理由には興味はない。だが、女の子のつらそうな顔が、これまで全てを失う覚悟で俺に依頼してきた依頼人の顔と重なってしまって、思わず声をかけてしまった。
「本当に逃げたい? 手を貸そうか?」
「……あなたに、この状況を変えられる手立てがあるの?」
「まぁね」
女の子はまるで射貫くような鋭い視線でじっと俺の顔を見ていた。
彼女は迷っている――と、そう思った。
確かに、俺のような初対面の男に上手い話を持ちかけられて、即座に答えるのは難しい選択かもしれない。お人好しなヤツなら、彼女に断られても助けるかもしれない。だが、俺は断られれば手は貸さない。薄情かもしれないが、そもそも、俺が自分から誰かに手を貸そうと提案したことだってほとんどない。かなりレアケースだ。本来俺は自らの意思で動くことはない。
なぜなら俺の持つ忍びの力は異質な力だからだ。この異質な力を使うと、どうしても現状に変化をもたらしてしまう。世界は絶妙なバランスで成り立っている。だが、忍びが介入することでそのバランスは確実に崩れてしまうのだ。それがいいことだったのか、悪いことだったのか、後になってみないとわからない。だから俺は自分からこの力を使いたくはなかったので、彼女の判断に委ねることにした。
(さぁ、どうする、お嬢さん?)
周りを炎の壁に囲まれたこの追い詰められた状況で、彼女の答えを待っていると、女の子の頭上に、文字のような物が浮かんだ。そこには『信じる』と『信じない』と書かれていた。
(――なんだ? この文字は?)
俺が突然見えた文字に目を細めていると、次の瞬間俺の脳裏に高速に映像が流れ込んで来た。『信じる』を選んだ場合の映像は、俺が先ほどまで考えていた彼女たちを助けようとしている内容の映像だった。そして、『信じない』を選んだ場合、銀髪の女の子と赤毛の女性は、すぐ後に来た数人の魔導士に一斉に魔法攻撃を受けて、捕まってしまう映像だった。
(なんだ、今の映像は……?)
俺が目を擦っていると、女の子の頭上に浮かんでいた『信じない』という選択肢が消えた。
(今度は、片方の文字が消えた?)
残った『信じる』という文字を見ていると、女の子が俺を見ながら覚悟を決めたように言った。
「ここはあなたにかけるわ。助けて!!」
俺は女の子の言葉を聞いてすぐに意識を戻した。今の文字と映像はなんだったのか? 気になることは確かだが、確認するのは後だ。今はとにかくこの状況を打開する。俺は女の子を見て小さく笑った。
「いいよ、助ける」
俺は、兵士の乗っている馬を見た。
(我が友よ、どうか半刻…動かないでくれ)
馬の耳がピクピクと動くのを確認した俺は、声を上げた。
「動くなよ?!」
「え? は? ええええ~~~~」
俺は女の子を肩に担ぎ上げると、銀髪の女の子の声を聞いた魔法を使っていた女性が瞬時こちらを向いた。
「きゃあ!! ベルスリータ様ぁ~~~!! 離しなさ~~い!!」
赤毛の女性が杖を下ろすと、俺たちの周りを取り囲んでいた火が消えた。
「なんだ? 自分から火を消したぞ! 皆行くぞ!!」
ヒヒーン。馬は手綱を引かれているが動く様子はない。
「動け! どうした? 動け!!」
兵士が慌てる中、俺は銀髪の女の子を担いでいた反対側の肩に赤毛の女性を担ぎ上げた。
「きゃあ!! 何事ですか?!」
赤毛女性がギョッとしながらこちらを見ていたので、早口で説明した。
「悪いけど、緊急事態!! ここから逃げる。頼むから捕まりたくなきゃ、騒ぐなよ?! 動くなよ!!」
俺は、ポケットに隠し持っていた煙幕の栓を抜くと、煙が立ち込めるその隙に女の子が走って来た方向とは逆方向に走り出したのだった。
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