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第一章

1  現代の忍び異世界へ(1)

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 窓の外からバサバサバサッとかすかな羽音が聞こえて、俺は浅い眠りから覚めた。

(――来たか……)

 目を開けるとカーテンを付けていない室内の一部が、朝日を浴びて濃いオレンジ色で塗られたように色付いていた。100年以上も前に建てられた建築物とは思えないほど見目の良い室内には、ベッドと、時代を感じるアンティーク調のテーブルと木の椅子。ただそれだけしかなく生活感など皆無だが、その様子が洗練された印象を与えた。ベットからゆっくりと起き上がり、窓に向かって歩いていると「コン。……コン。コンコン」と不規則に窓を叩く音がした。窓を開けると、一羽のカラスが飛び込んで俺の腕に乗った。

「あの人、予定通り出掛けた?」
「カァー」

 カラスが俺の問いかけに答えるように羽を広げながら返事をした。俺は、カラスの頭から背中の部分を手の甲で優しく撫でながら言った。

「そう。ありがとう、助かった」

 お礼を言うと、カラスは大きく翼を広げ朝日を浴びながら俺の元から飛び立って行った。俺は飛び立ったカラスを見ながら、朝焼けに染まったドイツの町を見渡した。

「今日でこの景色も見納めか……」

 万事計画通りに進んでいる。この分なら、今日の夜の飛行機で日本に戻れるだろう。
 ここはドイツのアーヘン。俺は藤池 蓮、20歳。日本の大学に通う大学生だが、仕事のためにここに来ていた。今日で仕事も終わり日本に戻れる。俺は今、表向きには留学生として外国人寮に滞在している。早く日本に戻ってお茶漬けが食べたくて堪らない。

(そろそろ動き出すか)

 俺は素早く身なりを整えると、荷物をリュック一つにまとめて部屋を出ようとした。すると「コンコンコンコン」と、ノックの音がして、すかさず『レン~』と俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。どうやらオーストラリアからの留学生のイーサンが部屋を尋ねて来たようだ。イーサンが俺の部屋を訪ねて来る時は、大抵は日本映画を見た後だ。
 俺は扉を開けて、イーサンを部屋に迎え入れた。イーサンは目を輝かせながら話かけて来た。イーサンはオーストラリア訛りの英語で、俺は日本訛りの英語で会話をする。

『聞いて、レン!! 昨日、最高の忍者映画を見たんだ!!』

 日本が好きで、日本に行ったこともあるというイーサンは日本の時代劇が好きらしい。昨日も俺も知らないような作品を見たらしく、テンションが上がっているようだ。

『へぇ? 面白かった?』

 俺の問いかけにイーサンは顔を曇らせながら言った。

『ああ、最高だった! 忍者は最高にクールな存在だ。それなのに!! レン、僕は映画で素晴らしい忍者を見れば見るほど悲しくなるんだよ……だってそうだろ?! 実際に日本に行っても、忍者も侍もいないんだから!! あ~~、忍者に会えるの楽しみに日本に行ったのに!!』
 
 イーサンは眉を下げて心底残念だという顔をしていた。俺はその言葉を聞く度に苦笑いしながら心の中でツッコミを入れている。

(そんな一目見て、忍びだってバレる格好でうろついているわけねぇって……)

 【忍者はいないのか?】

 その問いかけに俺は心の中で答える――そんなの……いるに決まってるだろ?

 人間の性なんて、そう簡単に変わりはしない。人が変わらない以上、人の思惑の裏で暗躍する忍びだって存在する。まぁ、現代風になってるから見分けられないだろうけどね? むしろ忍びの需要がありすぎて、人手不足でみんな超多忙なのだ。
 しかも俺は、歴史上でも上忍しか使えなかったと言われる【獣使役】が使える。忍びの技は血に受け継がれる。だから、俺の他にも多くの【獣使役】の血が眠っている者は存在する。だが、忍びの技は修行無くしては発現しない。忍びの修行を受け継ぐ者たちだけが血に残された術を使える。つまり、俺は歴史的な忍びの技を血に受け継ぎ、時代と共に進化させた修行をして、忍びの技を発現させて継承する現代の忍びなのだ。
 俺はいつものようにイーサンを見ながらニヤリと笑いながら言った。

『イーサンが見つけられなかっただけかもよ?』
『あ~~そうやって、レンは俺を弄ぶんだ!! うう~~忍者に会いたい!! やっぱりもう一度、日本に行かなきゃ!!』

 地団駄を踏みながら悔しそうにしているイーサンを見ながら俺は目を細めた。

(――忍者に会いたいか……)

 忍びとして任務のために、裏で暗躍しているとよく思うことがある。それは、人の願いというのは本当に凄い、ということだ。本人が気づいているのか、いないのかそれぞれだが、願いは本人のすぐ近くにあったり、既に叶っている場合が多いのだ。今だって……。

(イーサン、忍者は今、隣にいるよ)
 
 日本を遠く離れたこのドイツという地で、彼はすでに忍者に会っている。俺は、鼻息の荒いイーサンに向かって言った。

『イーサン、悪い。俺、今日は早めに出なきゃいけないんだ』
『そうか、悪かった!! じゃあまたな、レン!!』
『……ああ、また…な』

 再会の可能性など限りなくないに等しいだろうが、俺はいつものようにイーサンと別れた。
 日々、多くの人々や動物との出会いと別れを繰り返している俺にとって、別れはある種の儀式だ。一つのことが終わり、新しいことが始まる儀式……そうでも考えないと動けなくなるということを知っている。
 俺はリュックに詰め込んだ荷物を背負って留学生寮を出ると、予め調べてあったセキュリティーの甘いカフェのトイレで、今日の潜入先に勤務している人物であるダニエルそっくりに作ったフェイスマスクをつける。今の俺はダニエルだ。本当のダニエルは、ベルギーのブリュッセルで演劇を楽しむために鉄道に乗ったと、今朝カラスが知らせてくれた。本人不在は確実なのでバッタリ本人に出くわすことはない。それに最近のフェイスマスクはかなり完成度が高い。その精巧さは、家族でも誤魔化せるレベルだ。一度、自分の家族が別人じゃないかどうか、顔を擦って確かめることをおススメする。そんな精巧なマスクを使ってダニエルになりすまし、堂々と道を歩く。 
 少し前までは、欲しい情報はハッキングで手に入れていたようだが、AIが進化して、セキュリティー強化のレベルがバラバラな現代においては、忍び込んで情報を得る方が確実だと、俺のような忍びの血を受け継ぐ『現代の忍び』の需要が増えているのだ。
 さらに最近では日本だけではなく、こうして海外からも依頼が来るのだから、忍びもグローバル化を果たしたと言えるだろう。

(ここか……それじゃ、開始)
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