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第九章 幸福の足音

82 お披露目式(5)

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「ミーヌ侯爵、ご無沙汰しております。この度は、素晴らしいドレスを贈って下さり、ありがとうございました。また……とても貴重な物を贈って下さったのに、手紙での感謝だけになってしまったことをお詫びいたします」

 私はミーヌ侯爵に、あいさつをした。

「これは、シャルロッテ嬢。ドレス、良く似合っている。それに、頂いた礼状もあなたらしい素晴らしい物だった。
 あなたの想いは充分に伝わっている。
 それに、先程のあいさつは、大変ご立派でした。亡き友のハンレーも空の上で、あなたのあいさつを聞いて、ほっとしながら祝福していると思いますぞ」

 ミーヌ侯爵は、嬉しそうに目を細めた。
 前ホフマン伯爵は、本当に今の私を祝福してくれるだろうか?

「そう……だといいのですが……」

 私の不安を感じ取ったのか、ミーヌ侯爵が私に穏やかな顔を向けながら言った。

「シャルロッテ嬢。全ての物は、どうしても時と共に変化してしまいます。人は老いますし、仕事だって、その仕事に携わる人や、時代で姿を変える。これは自然の摂理です。決して抗うことなどできない。ハンレー・ホフマンは、非常に聡い男だった。その辺りは、充分に理解していたと思いますぞ」
 
 ずっと心に引っかかていた。
 自分が、前ホフマン伯爵の弟子とだけ名乗ることを。
 だが、ミーヌ侯爵の言葉で、少しだけ、心が軽くなる。

「それに……ハンレーは、あなたを心から愛し、大切にしておりました。あなたが幸せになれるのなら、それを喜ばぬ男ではないと断言できますぞ」

 前ホフマン伯爵は、私に言ってくれた『幸せになってほしい』と……。
 私は、ミーヌ侯爵をじっと見て、笑顔で言った。

「ありがとうございます、ミーヌ侯爵」

「何、困ったことがあったらいつでも言って下さい」

「はい」

 私が返事をすると、ミーヌ侯爵が嬉しそうに笑った。

「やはり、シャルロッテ嬢の笑顔は素晴らしいですな……。ところで、シャルロッテ嬢と一緒にいらっしゃる彼は、どなたでしょうかな?」

 ミーヌ侯爵は、私の後ろに立っていたエイドを見ながら言った。
 私は、急いでエイドを紹介した。

「ご紹介いたします。彼は私の秘書のエイドと申します」

「シャルロッテ様の秘書のエイドと申します。はじめまして、ミーヌ侯爵」

 エイドが美しく頭を下げて、あいさつをした。すると、ミーヌ侯爵が眉を寄せながら言った。

「ふむ……。初めて……? そうか……」

 ミーヌ侯爵の様子に、エイドが不安そうな顔をしながら尋ねた。 

「申し訳ございません、どこかでお会いしたことが、ございましたでしょうか?」

 私は、ホフマン伯爵のお屋敷で、ミーヌ侯爵にお会いしているが、エイドはホフマン伯爵家には、ほとんど来たことがない。だから、ミーヌ侯爵と、面識はないはずだった。
 もし、お会いしていたとしても、私にはどこでお会いしていたのか、見当もつかなかった。

「ん~どこかで、君とは会ったことがあるように思うのだ。
 はて……どこだったか……どこかで……」

 ミーヌ侯爵は、眉を寄せながら、考え始めた。
 その姿を見て、私とエイドとゲオルグはお互いの顔を見合わせて首を傾けた。

「……?」

 すると、ミーヌ侯爵が、明るい顔をして大きな声を上げた。

「ああ、そうだ。すまない! 君は、昔、お会いした女優さんに似ているのだ……」

「……昔、お会いした女優さんですか?」

 私は思わず復唱するように尋ねた。心臓が早くて、私は真剣にミーヌ侯爵を見つめた。

「ああ、確か……もう何年も前の話だ。
 隣国に視察に行った時に、そちらの方に『素晴らしい芝居がある』と言って連れられてね。
 その芝居の主役だった彼女にそっくりなんだ。
 もう何年も前の話なのに、未だに目を閉じれば、姿が浮かんで来る素晴らしい芝居だったのだ。
 特に、主人公の女性が、とても美しい女性でね。
 ……だが、男性の君に女優さんに似てるというのは、失礼だったな。すまなかった。忘れてくれ」

 ミーヌ侯爵は、申し訳なさそうに頭をかきながら言った。

「私に……似た……女優……?」

 エイドが呆然とした様子で立ち尽くしながら呟いた。
 私はすぐに、ミーヌ侯爵に尋ねた。

「あの、ミーヌ侯爵、その女性のお名前は、わかりませんか?」

 ミーヌ侯爵は、またしても眉を寄せて考えながら言った。

「名前? ふむ~~公演の後の晩餐会で、彼女と話をしたこともあるのだ……。少し待ってくれるか?
 ……エイ―マ。確か、エイ―マ嬢だったはずだ」

「それで、その方は今?」

 私が思わず大きな声で尋ねると、ミーヌ侯爵は困った顔をしながら言った。

「わからない。実はそれから、しばらくして、また隣国に舞台を見に行った時、彼女の姿は舞台にはなかったのだ。  聞けば、彼女は、悲劇のヒロインとも言われ、隣国では彼女のことをモチーフにした演劇まであるのだ。まぁ、その演劇の内容が、嘘か真実なのかは、わからないがね……」

 すると、ずっと黙っていたゲオルグが口を開いた。

「ミーヌ侯爵、隣国とは、ハイロ国のことですか?」

「ああ、そうだ。エイド殿と言ったか、女優さんに似ているなど言って、気を悪くしないでいただきたい。君が男性らしくないという意味ではないのだ。すまないな」

 ミーヌ侯爵の言葉に、エイドは美しく笑いながら答えた。

「いえ、気にしておりません」

「その……笑い方も彼女に本当に似ているな。つまらない思い出話に付き合ってくれて感謝する。
 では、シャルロッテ嬢、みんなが君を待っているよ。いつまでも今日の主役を私が独占するわけにはいかないな」

 ミーヌ侯爵は、微笑むと私を見ながら言った。

「はい、では、失礼いたします」

「ああ」

 ミーヌ侯爵の元を離れると、ゲオルグが小声で呟いた。

「ハイロ国か……ハワード殿なら調べられるのではないか?」

「え?」

 エイドが大きく目を見開いた。

「エイド、すぐにハワード様にお話してみましょう?」

 私の言葉を聞いたエイドが困ったように笑った。

「いえ、今日はシャルロッテ様にとって、大切な日です。次のあいさつに向かいましょう」

 そう言いながらもエイドは、どこかつらそうだった。

「大丈夫? エイド? 顔色が悪いわ、休む?」

 つらそうなエイドが心配で声をかけると、エイドが、真剣な顔をしながら言った。

「いえ、今日はもう、絶対にシャルロッテ様の側は、離れません。それに私は大丈夫です」

 エイドは休ませたいが、今のエイドを一人にすることも心配だった。

「エイド……じゃあ、私も一緒に……」

「大丈夫ですよ。さぁ、お次は、ベリサイア侯爵です。ですよね? ゲオルグ様」

 エイドは、つらい時に見せる人形のような綺麗な顔で笑った。
 その笑顔が私をさらに不安にさせた。

「ああ、そう……だな」

「では、ゲオルグ様、ベリサイア侯爵の元まで、シャルロッテ様のエスコートをお願いします」

 ゲオルグが返事をすると、エイドが促すように言った。

「わかったわ……エイド、無理しないで……」

「はい」

 それから、私は多くのお客様にあいさつをした。
 ゲオルグの提案で、ホフマン伯爵とは、遠くから会釈をしただけだったが、いつか、ホフマン伯爵ともお話をしたいと思った。

 だが私はずっと、隣でいつも以上に美しく笑っているエイドのことが気になって、仕方なかったのだった。








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