上 下
70 / 86
第八章 開花する才能

69 初仕事(2)

しおりを挟む




 ランゲ侯爵家に着くと、ゲオルグが迎えてくれた。

「おはよう、ゲオルグ。今日は学院をお休みさせてしまって、ごめんなさい」

 まず私の都合で、ゲオルグに学院を休ませてしまったことを、あやまった。

「おはよう、シャルロッテ。構わない。
 今は個人研究期間でほとんど講義はない。個人研究はもう済んでいる。ここ数日で、出席する予定なのは、明日のステーア公爵家のハワード殿の講義くらいだ」

 ゲオルグは、淡々とした様子で言ったが、特に無理をしている様子はなかった。どうやら、ゲオルグも個人研究は終わっているようでほっとした。ハワード様の講義は、私受けたいので、今日、少しでも仕事を進めておきたい。

 私はゲオルグに、エイドを紹介することにした。
 何度も会っているが、これからは一緒に仕事をするのだし、紹介した方がいいと思ったのだ。

「よかった! 私もなの。じゃあ、もう知っていると思うけれど、紹介するわ。私の秘書をしてくれるエイドよ」

「ご無沙汰しております。ゲオルグ様」

 エイドは口角を上げて爽やかなあいさつをしながら、手を差し出した。
 すると、ゲオルグは、エイドの差し出された手をじっと見つめた後に、エイドの手を取った。

秘書か……。久しぶりだな……エイド。まさか、お前が、シャルロッテの秘書に名乗りを上げるとは思わなかったな。秘書とは存外大変だぞ? 大丈夫なのか?」

 ゲオルグが口の端を上げながら言うと、エイドが町で女の子に囲まれた時、素早く逃げる時専用の、目が潰れそうな輝く笑顔を作った。

「ご指摘は最もでございますので、今後の仕事で証明するしかないですね。ゲオルグ様も学業もあり、御自分の領のお仕事もございますのに、大丈夫ですか?」

「はは……まさか、お前にそのようなことを、心配されるとは思わなかったな。
 私も今後の仕事で証明するしかないようだな……」

「ふふふ」

「ははは」

 ゲオルグと、エイドはしばらく、笑いながら手を握り合っていた。
 2人共、お互いを心配し合い、とても良好な関係のようだ。
 私は、ほっとして、仕事に取り掛かることにした。

「よかった。まぁ、始めから思慮深いゲオルグと、優しいエイドなら大丈夫って思っていたのだけど……前ホフマン伯爵から『仕事仲間というのは相性がある』とお聞きしていたから、少し不安だったの。でも、やっぱり大丈夫そうで、安心したわ。
 2人共、改めてどうぞ、よろしくお願い致します。」

 私は、もう一度きちんと、手伝ってくれる2人に感謝を伝えた。
 すると、ゲオルグとエイドは一瞬、お互いの顔を見合わせた後に、困ったように笑った。

「こちらこそ、よろしく頼む」

「光栄です」

 あいさつも済んだので、私は早速仕事に取り掛かることにした。

「じゃあ、早速仕事を始めるわ。仕事の流れは、この紙に書いておいたの」

 私は、仕事内容を書いた紙を鞄から取り出した。

「ああ、そんなものを用意してくれたのか、有難いな……確認しよう」

「拝見します」

 私は、ゲオルグとエイドに紙を手渡した。

「これが仕分けの全行程よ。初めは慣れないだろうけど、上手くいけば、7日ぐらいで終わる……って2人ともどうしたの? 顔が青いわ?」

 2人は青い顔をして、私の書いた仕分けの工程の書かかれている紙を見ていた。

「お、お、お嬢は、これを、全部1人でしていたのですか?」

 エイドがぎょっとしたように、私を見ながら言った。

「そうね。ホフマン伯爵が体調を崩されてからは、ご相談には乗って貰っていたけれど……基本的には1人でやっていたわ。最後に書かれている書類を作って、各方面に送るというのは、前ホフマン伯爵の秘書の方や、執事の方にお願いしていたけれど……」

「勉強しておいてよかった……」

 ゲオルグがそう呟いた。
 私は、扉の近くに立っていたセバスさんに話しかけた。

「あの、セバスさん。私宛てに、書類が届いていないかしら?」

 セバスさんに尋ねると、すっと大きな箱の前に移動した。

「こちらに全て保管してございます」

「ああ、ここにあったのね。ありがとう」

 私は、作業用の大きなテーブルの上に書類を、箱から出そうとした。するとエイドがすぐに駆け寄ってきた。

「中身をあのテーブルに移動させるのですか?」

「ええ」

 するとエイドが、かなり重たい箱を持ち上げ、テーブルのすぐ近くに置くと、テキパキと書類を箱の中から出した。しばらくすると、テーブルの上にまるで山のように書類が並んだ。

「ありがとう、エイド助かったわ」

「いえ。ですが、凄い量ですね~~」

「そうなの。前ホフマン伯爵がおっしゃるには、生まれたての子牛一頭分くらいの重さはあるらしいわ」

「確かに……そのくらい重かったですね。さて、次は何をしましょうか?」

 エイドが納得した後に、私の顔を覗き込んで来た。

「まずはね、ここから仕分けに必要な書類を選別するの。そして、必要な書類を分類して、選ばなかった書類は一時保管庫に保存するのだけど……。
 ん~~書類の選別は、どう説明するのがいいかしら……各領によって必要な書類が異なるのよね………一度必要な書類を選んで見せるほうがいいのかしら?」

 私が悩んでいると、ゲオルグが口を開いた。
 
「シャルロッテ、私が書類を一度、選別する。合っているか確認してくれるか?」

「え? ええ」

 ゲオルグは、近くにあった書類の積み重なった山の中から、一番上にあった書類束を手にとった。
 そして、パラパラと見ながら、20枚ほどの書類の中から5枚ほどを抜き取った。

「どうだろうか?」

「確認するわ」

 私は、ゲオルグが選んだ書類と、選ばなかった書類を両方確認した。
 なんと、ゲオルグの選んだ書類は、過不足なく仕分けに必要な書類だった。

「凄いわ。どうしてわかったの?」

 私が書類を見ながら尋ねると、ゲオルグは無表情のまま言った。

「過去の仕分け結果と、それに使われた書類を見せて貰った」

 ゲオルグは、なんでもないように言っているが、それはどれだけ大変なことだったのだろうか?
 きっと、ゲオルグは、私を助けるために覚えてくれたのだろう。
 ゲオルグの苦労が想像できてしまって泣きそうになるのをこらえた。

「ゲオルグ……ありがとう……。では、この山はゲオルグに任せてもいいかしら? 念のために、この山の分だけ、もう一度後で確認してもいい?」

「ああ。頼む」

 ゲオルグが、選別に取り掛かると、エイドが口を開いた。

「では、私は、シャルロッテ様が選別した書類の分類と、選ばなかった書類を一時保管場所に移動させます。ゲオルグ様の選んだ分は、シャルロッテ様のご確認の上で、同じ作業を行います」

「ありがとう、では、頑張りましょう」

 私たちは、早速書類の選別作業を始めたのだった。



☆==☆==


「終わった? 嘘?! いつも1日がかりなのに、お昼前に終わるなんて!!
 しかも、もう分類も終わって、使わなかった書類も片付けてあるから、すぐに次の作業に移れるわ」

 私は、選別させた書類を見ながら感動していた。
 いつもなら選別に1日かかり、その後書類の分類をして、片付けていたら夜になるのだ。

「そんなに感動するのか? 前ホフマン伯爵や、ホフマン伯爵子息は、手伝わなかったのか?」

「ハンスは、仕分けの作業は一切していないの。ずっと、一級鑑定士になるための勉強を最優先にしていたから……前ホフマン伯爵は、私がこの作業をしている間に、地質調査で上がってくる鉱石の確認作業をしていたから……同時進行で終わらせて行かないと、終わらなくて……」

 大変だった少し前のことを思い出していると、ゲオルグが口を開いた。

「……そうか。なるほどな……シャルロッテ。丁度キリも良さそうだし、昼食にしないか?」

「ええ!! 選別の時にゆっくりと昼食が取れるなんて嬉しいわ」

 仕分け作業中は、数日ゆっくりと食事を摂ることなどできない。
 作業中に、軽食をつまんだりするくらいだったので、ゆっくりと食事ができることに感動していると、ゲオルグが真剣な顔で言った。

「シャルロッテ……くっ!! 今後は、昼食くらいゆっくりと、食べさせてやる。だろ? エイド」

 ゲオルグの言葉に、エイドも頷きながら言った。

「もちろんです。お茶の時間も確保できたらいいですね」

「ああ、そうだな」

 昼食にお茶。仕分けの仕事中にそんな時間が取れたらどれほどいいだろう。
 私は、思わず嬉しくなって2人を見て笑った。

「ふふふ、2人ともありがとう、じゃあ、お昼にしましょう」

 そうして、私とゲオルグが歩き出したが、エイドは立ち止まったまま動かなかった。
 どうしたのだろう、と首を傾けていると、ゲオルグが口を開いた。

「エイド、今後はお前も、私たちと同じテーブルに着け」

 ゲオルグの言葉で、私はようやくエイドが動かなった理由がわかった。
 本来、貴族と平民の秘書が同じテーブルに着くことはないと、マナーを教えて貰った時に聞いたことがある。
 私の家では、昔からエイドやエマも私たち家族と一緒に食卓を囲んでいたので、すっかり忘れていたのだ。

「ええ? ゲオルグ様と一緒にですか?」

 戸惑ったエイドにゲオルグは、当たり前だというように言った。

「ああ、シャルロッテとは普段一緒に食べているのだろう?」

「ええ、いつも6人でご飯を食べてるわ」

 私は自信満々に答えた。
 私としても、ゲオルグさえいいのであれば、エイドと一緒にご飯を食べたい。

「では、ここでもそうするように……それに、エマは、よく姉上とシャルロッテと一緒に話ながらお茶を飲んでいるから、今更、この屋敷で同じ席に着いたところで何か言うものなどいない」

「エマ……」

 エマも始めは、エカテリーナと同じテーブルに付くことを渋っていたのだが、エカテリーナが『いいわよ。エマもここでは私の客人よ』という言葉で、一緒に座ることになったのだ。

「エイド一緒に行きましょう」

「はぁ……わかりました。では、お言葉に甘えます」

 こうして私たちは、3人で昼食を摂ったのだった。





しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

大好きなあなたを忘れる方法

山田ランチ
恋愛
あらすじ  王子と婚約関係にある侯爵令嬢のメリベルは、訳あってずっと秘密の婚約者のままにされていた。学園へ入学してすぐ、メリベルの魔廻が(魔術を使う為の魔素を貯めておく器官)が限界を向かえようとしている事に気が付いた大魔術師は、魔廻を小さくする事を提案する。その方法は、魔素が好むという悲しい記憶を失くしていくものだった。悲しい記憶を引っ張り出しては消していくという日々を過ごすうち、徐々に王子との記憶を失くしていくメリベル。そんな中、魔廻を奪う謎の者達に大魔術師とメリベルが襲われてしまう。  魔廻を奪おうとする者達は何者なのか。王子との婚約が隠されている訳と、重大な秘密を抱える大魔術師の正体が、メリベルの記憶に導かれ、やがて世界の始まりへと繋がっていく。 登場人物 ・メリベル・アークトュラス 17歳、アークトゥラス侯爵の一人娘。ジャスパーの婚約者。 ・ジャスパー・オリオン 17歳、第一王子。メリベルの婚約者。 ・イーライ 学園の園芸員。 クレイシー・クレリック 17歳、クレリック侯爵の一人娘。 ・リーヴァイ・ブルーマー 18歳、ブルーマー子爵家の嫡男でジャスパーの側近。 ・アイザック・スチュアート 17歳、スチュアート侯爵の嫡男でジャスパーの側近。 ・ノア・ワード 18歳、ワード騎士団長の息子でジャスパーの従騎士。 ・シア・ガイザー 17歳、ガイザー男爵の娘でメリベルの友人。 ・マイロ 17歳、メリベルの友人。 魔素→世界に漂っている物質。触れれば精神を侵され、生き物は主に凶暴化し魔獣となる。 魔廻→体内にある魔廻(まかい)と呼ばれる器官、魔素を取り込み貯める事が出来る。魔術師はこの器官がある事が必須。 ソル神とルナ神→太陽と月の男女神が魔素で満ちた混沌の大地に現れ、世界を二つに分けて浄化した。ソル神は昼間を、ルナ神は夜を受け持った。

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

【完】愛人に王妃の座を奪い取られました。

112
恋愛
クインツ国の王妃アンは、王レイナルドの命を受け廃妃となった。 愛人であったリディア嬢が新しい王妃となり、アンはその日のうちに王宮を出ていく。 実家の伯爵家の屋敷へ帰るが、継母のダーナによって身を寄せることも敵わない。 アンは動じることなく、継母に一つの提案をする。 「私に娼館を紹介してください」 娼婦になると思った継母は喜んでアンを娼館へと送り出して──

【完結】365日後の花言葉

Ringo
恋愛
許せなかった。 幼い頃からの婚約者でもあり、誰よりも大好きで愛していたあなただからこそ。 あなたの裏切りを知った翌朝、私の元に届いたのはゼラニウムの花束。 “ごめんなさい” 言い訳もせず、拒絶し続ける私の元に通い続けるあなたの愛情を、私はもう一度信じてもいいの? ※勢いよく本編完結しまして、番外編ではイチャイチャするふたりのその後をお届けします。

許婚と親友は両片思いだったので2人の仲を取り持つことにしました

結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
恋愛
<2人の仲を応援するので、どうか私を嫌わないでください> 私には子供のころから決められた許嫁がいた。ある日、久しぶりに再会した親友を紹介した私は次第に2人がお互いを好きになっていく様子に気が付いた。どちらも私にとっては大切な存在。2人から邪魔者と思われ、嫌われたくはないので、私は全力で許嫁と親友の仲を取り持つ事を心に決めた。すると彼の評判が悪くなっていき、それまで冷たかった彼の態度が軟化してきて話は意外な展開に・・・? ※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています

処理中です...