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第六章 選ばれた新たな未来

54 友人との時間(1)

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 侯爵家に向かう馬車の中では、エカテリーナとゲオルグと一緒に、たわいのないおしゃべりをしていた。
 そして、ランゲ侯爵家に着くと、エカテリーナが、すぐにゲオルグに言った。

「少し、シャルロッテと話がしたいわ。誰も近づけさせないで」

「配慮します」

 エカテリーナは、そう言うと、近くに立っていた侍女に「サロンにすぐにお茶の用意を。お茶を置いたら下がっていいわ。誰も近づけないで」と言った。
 エカテリーナと一緒にサロンに向かうと、すぐにお茶の用意がされ、エカテリーナと2人っきりになった。

 エカテリーナは、私の隣に座ると、私の目をじっと見つめながら言った。

「きっと気づいているとは思うけど……シャルロッテ、婚約破棄の事を聞いたわ」

 それは、気づいていた。
 そして、今日、侯爵家に招かれたのは、婚約破棄のことを話すためなのだろうとも思っていた。

「うん、気づいていたわ」

  私が呟くように答えると、エカテリーナが真剣な顔をしながら言った。

「つらいなら、何も話さなくていいわ。それよりも、私に何か出来ることはないかしら?」

「え?」

 てっきり、私はエカテリーナに、婚約破棄について、色々聞かれると思っていた。だから、私はどうやって伝えようかと、ずっと考えていたのだ。

「こういう時、普通なら、そっとしておいた方がいいかもしれないと思ったの。でも、シャルロッテは、色々我慢して……ずっと、1人でつらい思いをするのではないかと、心配で……余計なお世話だったら、このまま送って行くわ。私もこういう時どうしたらいいのか、わからなくて……ただ、居ても立っても居られなかったの……」

 いつも、自信に溢れたエカテリーナが、心配そうに眉を寄せて、切なそうな顔をしていた。
 お父様やお母様、シャロンや、エマやエイド。みんなが私のことを心配してくれた。
 そして、たくさん甘やかしてくれた。

 でも、家族以外の人に、これほど心配して貰うのは、また違った嬉しさと感謝と様々な感情が混じって、私は涙を流しているのに笑顔になった。

「ありがとう、エカテリーナ」

「シャルロッテ……」

 エカテリーナは、優しく私の背中をさすってくれたのだった。

☆==☆==

 しばらくして、私は、エカテリーナに向かって言った。

「ねぇ、エカテリーナ。話を聞いてくれる?」

「ええ、もちろんよ」

 自分でも、一度言葉にすることで、心の中を整理したいと思ったのかもしれない。

「ホフマン伯爵が亡くなって、私は、不安だったの。恥ずかしいけど、全く冷静じゃなかったわ」

「それは……当たり前よ」

「でも、ハンスは冷静に見えたわ。伯爵が亡くなって、すぐに今後のことを話合うために、ハンスのお父様に呼ばれたの。その時、ハンスは、『侯爵になるために騎士になる』と、『宝石の仕分けを鑑定士に任せる』と言ったの。私は、その時まで、ハンスがそんなことを考えていたなんて……何も知らなかった」

「え?! 侯爵になるために騎士に?! ホフマン伯爵家は、鉱山を管理しているから、それなりに広い土地を与えられているはずよ? 領地を経営しながら、鉱山も管理して、宝石の管理。さらに騎士ですって?! 無茶だわ……。それに、婚約者のあなたに、相談もせずにそんな重大なことを決めるだなんて……」

 エカテリーナは、信じられないと言う顔で、私を見ていた。

「その時は、『きっと、私が頼りないから、ハンスは私に相談できなかったのだ』と思って落ち込んだの。でも、次の日。婚約破棄をしたいと言われたの。これは、後でエイドが、理由を聞いてくれたおかげでわかったことだけど……ハンスは、騎士として後ろ立てを得るために、私以外の方と婚約するから、婚約を破棄したらしいわ」

「……は?」

 エカテリーナは、無表情で動かなかった。だが、私は、話を続けることにした。

「ハンスは、婚約破棄を言い出す、数日前まで私に『好き』だと言ってくれていたわ。
 ……でも、その『好き』というのは、これほど簡単に手放せる程の『好き』だったの。
 いえ、きっと私は初めから、ハンスに好かれていたわけではなかったのかもしれないわ。
 そう思ったら、ハンスとこれ以上、一緒に居ることがつらくて……婚約破棄を受け入れたの。
 私と婚約破棄をすれば、ハンスは侯爵になって、好きな方と結婚できて、幸せになれるのでしょうから………」

 私が顔を上げると、エカテリーナは私の手を取って、大きな声を上げた。

「本当によかったわ!! あなたが、そんな男と婚約破棄して!!」

「え?」

 私は、予想外の反応に、思わず唖然としてエカテリーナを見つめた。

「サフィールから話を聞いて、ある程度予測はしていたけど……私の想像を遥かに越えた酷さだわ」

 エカテリーナは、怒りを無理やり抑え込めるように、震えながら、いつもより低い声で言った。

「もし、あの男と、あなたが結婚していたとしたら、間違いなく、あの男は『領地経営』も、『宝石の仕事』もあなたに押し付けたでしょうね。それだけではなく、あなたの仕事に口出しもして、あなたを、壊してした可能性もあるわね……」

 エカテリーナに言われて、冷静に考えてみたが、確かにハンスが騎士になれば、騎士としてのお勤めがある。そうなったら、私は領地の経営と、鉱山の管理と、宝石の仕分けをすることになる。

 宝石の仕分けだけでも、大変なのだ。さらに、領地の経営と、鉱山の管理、さらに貴族としての社交、そして、次期領主を育てるための子育て……。そして、その子に宝石の知識を教えるための師になる。それを全部1人で……?

「それは……かなり難しいわ」

「自分のするべきことを全て誰かに押し付け、さらには、ホフマン伯爵が亡くなって、冷静ではなかったあなたを、混乱させてからの、婚約破棄……そんな配慮のない男と別れたのよ。友人として、心からよかったとしか言えないわ」

 私はこれまで、ハンスの心が離れていたことを悲しんでいた。
 私の想いが足りなかったと、私のことなど好きではなかったのだと。

 だが、感情を横に置いて、考えてみると、婚約破棄は必然だったのかもしれないとさえ思えた。
 まさか、自分がこんなに感情に支配されて、物事が冷静に考えられなくなるなんて思わなかった。

 もし、私がハンスと結婚していたら?
 今となっては、そんなもしも話をしても仕方がない。
 けれど、その未来を失ったことは、私にとって、それほど悲観することでないのかもしれないと思えた。

 長い長い沈黙の後、私は静かに言った。
 
「エカテリーナ、ありがとう」

 するとエカテリーナは困った顔をして、微笑んだ。そして、恐る恐る尋ねてきた。

「ねぇ、ゆっくりお菓子でも食べない? シャルロッテの好きなベリーのタルトを用意したのよ」

「嬉しいわ……」

 その後は、エカテリーナと一緒に、美味しいお茶とお菓子を食べなら、穏やかな時間を過ごした。
 エカテリーナが心配してくれたことが、私はとても嬉しかったのだった。


 家に戻る時間になり、エントランスに向かうと、ゲオルグが立っていた。
 私の姿を見つけると、ゲオルグが私のそばに歩いて来た。

「シャルロッテ、家まで送ってもいいだろうか?」

 そう言ってゲオルグが手を差し出したので、私は少し戸惑った後に、ゲオルグの手を取った。

「ありがとう、お願いします」

「ゲオルグ、失礼のないようにね」

 エカテリーナがじっとゲオルグを見ながら言った。

「もちろんです」

「エカテリーナ、今日はありがとう。またね」

「ええ、またね。気を付けてね」

 私はエカテリーナに別れを告げると、ゲオルグと共に馬車に乗り込んだのだった。




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