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第五章 言えなかった言葉
44 檻から出た獅子
しおりを挟む「サフィール。此度の件、見事な采配であった」
サフィールの父である国王は、宝石の仕分けについての話し合いを終えて、自室に戻ろうとするサフィールを呼び止めた。ここは、廊下とはいえ、王族しか入れない場所だ。少々込み入った話をしても問題ない。
「有難いお言葉です♪ 父上」
サフィールは、先程のような王族の威厳を脱ぎ捨て、まるでいたずらをする子供のように答えた。
そんなサフィールに、国王は呆れたように言った。
「だが、随分と用意がよかったな……まるで、こうなることが、わかっていたかのようだ」
サフィールは「う~~ん」と言って、ニヤリと笑ってすました顔をして言った。
「え~陛下。表向きの答えと、裏の答え、どちらが聞きたいですか♡」
国王は頭を押さえて、溜息を吐いた。
「どちらも話せ」
「え~~もう、我儘だな~。で・も・いいですよ♪ 表向きの答えは、『不測の事態を想定しておくのは私の務めです』どうです?」
「ああ、模範的な答えだそれで? 裏の答えは?」
サフィールはニヤリと笑いながら答えた。
「ホフマン伯爵子息では、完全に役者不足です。大きな損失を出す前に、私の方で彼を、宝石業とウェーバー子爵令嬢の婚約者の座から引きずり降ろす予定でした」
「まさか!! 今回の婚約破棄は!!」
国王がサフィールを見て、青い顔をした。
「いえ、ホフマン伯爵子息は、自分をよくご存知のようで、自らの手で全てを手放してくれました」
国王がサフィールを睨みながら尋ねた。
「本当に、お前は今回の件に関わっていないのか?」
「はい、残念ながら。おかげで、友人に恩を売ることが出来ませんでしたよ」
サフィールの言葉を聞いた国王は、困ったように言った。
「それで、ホフマン伯爵子息の方は大丈夫なのか? あの家が潰れるのは困るのだが」
「問題ありません。相手はナーゲル伯爵令嬢。令嬢はBクラスのトップ。恐らく今年はAクラスになれる実力でしたが、ホフマン伯爵子息のために、Bクラスに残留したのでしょう」
「ほう。ナーゲル伯爵か……まぁ、宝石の護衛もあるからな。随分と都合のいい家とくっついたものだ」
するとサフィールがニヤリと笑った。
それを見た国王は、目を大きく開けた。
「まさか……」
「国王陛下、それでは、私はこれで~~~♡」
「待て!! サフィール!!」
「おやすみなさ~~~い、パパ♡ 残りのお仕事頑張ってくださいね~~♪」
サフィールは国王に手を振りながら、自室に戻ったのだった。
☆==☆==
――ランゲ侯爵家にて――
コンコンコン。
「入れ」
許可と共に、執事がゲオルグの私室に入って来た。
「ゲオルグ様、侯爵がお戻りです。至急、サロンに来るようにとのことです」
「執務室ではなく、サロンに? わかったすぐに行く」
いつもは、執務室に呼ばれることが多い。サロンに呼ばれることは珍しいことだった。
この時間に来客は考えにくいので、家族に共有すべき事柄でもあるのかと思い、ゲオルグは頷いた。
「では、失礼致します」
執事は、静かにゲオルグの部屋を出て行った。
ゲオルグは、もう何度も読んでボロボロになった宝石の本を閉じて部屋を出たのだった。
サロンに行くと、一人だった。誰が来るのかわからないので、とりあえずソファーには座らず待つことにした。
もし、客人であれば、貴族の爵位によって席順が変わるし、年齢でも席順が変わる。
コンコンコン。
「失礼いたします。あら、ゲオルグ」
ゲオルグがしばらく待っていると、姉のエカテリーナが入って来た。
「姉さんも呼ばれたのですか?」
「ええ。ゲオルグもなの?? 馬車の待機所に馬車はなかったから、家族で話し合いね。座りなさい。きっと、この後いらっしゃるのは、お父様と、お母様よ」
「いえ、念のためここで待ちます。姉さんはお座り下さい」
「そう?」
エカテリーナは、そう言うと、席に座った。
すると、すぐにノックと共に両親が部屋に入って来た。
「ああ、今日は家族だけだ。座りなさい、ゲオルグ」
「はい」
家族だけと確認して、ゲオルグは、ようやく席に着いた。
席に着くと、侯爵は、困った顔をしながら言った。
「人の私事を口にするのは、気分のいいものではないんだが……2人にも重要なことだから話をする。ただし、これは他言無用。いいか?」
「はい」
「はい」
エカテリーナと、ゲオルグが返事をすると、侯爵は、少し目を伏せて言った。
「エカテリーナの友人で、ゲオルグと一緒に生徒代表をした、ウェーバー子爵令嬢だが……本日、婚約破棄をされて、ホフマン家から、縁を切られたそうだ」
するとエカテリーナが、怒りに満ちた大きな声を上げた。
「なんですって? シャルロッテが切り捨てるならまだしも、向こうからの縁切りですって? どうして? なぜなのです?? シャルロッテと、ハンス殿はとても、仲睦まじかったはずです!!」
エカテリーナの怒りを含んだすごい剣幕に、ホフマン伯爵は両手を前に出して、エカテリーナをなだめるように言った。
「いや、すまない、婚約破棄をした原因までは、聞けていないんだ。先代ならまだしも、代替わりしてからは、ホフマン伯爵とは話をしたこともないからね。それに、伯爵のあの憔悴した様子から、ホフマン伯爵が望んだ結果ではなさそうだった。婚約解消や、婚約白紙ではなく、婚約破棄だからな……。だが、サフィール王子殿下の言葉から推察すると、伯爵の御子息が騎士になるのかもしれないな」
するとエカテリーナがソファーに沈み込むように座った。
「騎士……そういうこと……。そういえば、ハンス殿は、ナーゲル伯爵家のフィル殿をまるで兄のように慕っていたものね」
「ナーゲル伯爵家と言えば、幼い頃の親同士の決めた結婚でつらい思いをする子供たちを守るために、17歳までは、婚姻届けと婚約届の正式な受理しないという法を整備した方々の派閥ですわね」
侯爵夫人が、思い出したように言った。そして、小さく息を吐いて、話を続けた。
「夜会などでも、『子供は自分の意思で好きな相手と結婚し、幸せになるべきだ』とおっしゃっているわ。
ナーゲル伯爵家からしたら、7歳の幼い子供同士の婚約など、正気の沙汰とは思えないことなのでしょうね。まぁ、実際に法的に婚約者として、届け出を出せるのは17歳からですし……。それ以前の婚約は、全てあくまで個人の契約ということになります。17歳までに、本人が婚約契約を撤回したいと言えば、子供の発言は保護されるわ。シャルロッテ嬢には申し訳ないけれど……。私も7歳での婚約は……早かったと思いますわ」
すると、エカテリーナが大きな声を上げた。
「でも!! シャルロッテの場合、宝石の知識を身につける必要があったから、仕方無かったのよ?!」
「そうね、でも……。普通はそんなこと、知るはずもないわ。宝石の仕分け作業のことなど、王家と高位貴族くらいしか知らないことですし……正直、私も7歳の子供同士を婚約させたと聞いた時は信じられなくて、耳を疑いましたもの。それに、そんな幼い頃の契約ですもの……きっと婚約を撤回できないような条件を付けて子供を縛った可能性もあるわ。王家から任されている事業を守るためとはいえ……幼い子供たちが、気の毒だと、思ったものです」
「それは……」
エカテリーナが沈黙すると、侯爵が口を開いた。
「今ここで私たちが、過去のことを言っても仕方ない。私たちはこれからのことを話し合う必要がある」
すると、先ほどから、ずっと石のように固まっていたゲオルグが、口を開いた。
「これからのこと……つまり……シャルロッテには、『現在、婚約者はいない』ということで、いいのですか?」
「あ、ああ。そういうことになるな」
侯爵が答えると、ゲオルグが大きな声を上げた。
「父上、母上、私は、ずっと幼い頃から、シャルロッテを愛しています。婚姻を申し込みたいです」
「あ~~。知ってる……」
侯爵が渇いた笑いをすると、侯爵夫人は溜息をついた。
「知ってます。今更ですわ」
「そうだね。……知ってるかな」
エカテリーナも困ったように言った。
「では、いいのですね?」
ゲオルグの言葉に、侯爵が真剣な顔をした。
「許可できない」
「なぜです?!」
「いいか? これから、詳しく話すが、私はシャルロッテ嬢の後見人になった」
「後見人?」
ゲオルグが意味がわからないという顔をした。
すると侯爵が、真剣な顔をして言った。
「これまでホフマン伯爵家が行っていた、宝石の流通量を決める権限を、ホフマン伯爵家は、シャルロッテ嬢、個人に正式に譲渡した。
そして、今後は、我が侯爵家で宝石を守りならがら、シャルロッテ嬢の仕事を支えることになった。
ゲオルグ、お前の気持ちはわかる。だが、今の彼女には、お前との婚姻を受け入れる余裕などない。
だから、そんな彼女をお前が支えろ。彼女にお前が必要だと言わせてみろ」
ランゲ侯爵の言葉の後に、侯爵夫人も頷きながら言った。
「そう。女性にとって、婚約破棄ほど酷い仕打ちはないわ。そんな大変な思いをした令嬢にすぐに婚約を申し込むなんて、あまりにも誠意がありません。しかも、後見人となった我が家からの縁談。子爵家が断れるはずがないでしょう?」
「そうだ。だから、シャルロッテ嬢が、お前を必要とするまで、この話はするな。我が侯爵家にとっても、彼女の後見人になるのは、大きな利益をもたらすのだ。彼女とお前の間に、何か問題があれば、すぐにでも、彼女には別の後見人が現れるだろう。シャルロッテ嬢の後見人になりたい人物はたくさんいる。
だから、ゲオルグ。焦るな!! 彼女と結婚したいのなら、自分の力で彼女の心を手に入れろ。
その代わり、陛下にお前にも宝石の知識を伝授する許可を貰った。充分に努力し、彼女から必要とされるのだな」
侯爵の言葉に、ゲオルグが真剣な顔で言った。
「7歳の時、私は絶望の中、それでも彼女を愛すると誓った。彼女に頼られた時に助けられる男になりたいと!!
シャルロッテの隣で、彼女を支えるのが努力だというのなら、そのような幸運、努力でもなんでもありません!!
彼女と共に歩める未来があるのなら、私は、喜んで彼女を支えます!!」
ゲオルグの言葉を聞いた家族は、頼もしそうにゲオルグを見つめたのだった。
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