上 下
44 / 97
第五章 言えなかった言葉

43 新しく開いた未来(2)

しおりを挟む




 コンコンコンコン

 皆がウェーバー子爵を見ていると、扉を叩く音がした。

「陛下、大変申し訳ございません。ノイーズ公爵が、至急お目通りをとのことです」

 国王陛下の元に側近が現れて、耳打ちをすると、陛下はゆっくりと口を開いた。

「少し席を外す、しばらくゆっくりと、お茶でも楽しんでほしい」

 その後、陛下と、サフィール王子殿下は退出された。
 ウェーバー子爵は、心を落ち着けるために御手洗いに行くことにした。
 
 御手洗いから部屋に戻る途中で、エイドが子爵に向かって言った。

「旦那様。後見人の件、お嬢に秘書を付けて、お嬢の持っている知識を秘書に伝えてもいいという許可を貰って下さい」

「秘書? だが……誰が」

「俺が、お嬢を近くで支えます。もう、これ以上、お嬢を1人で泣かせたくねぇ」

「エイド……」

 ウェーバー子爵は、エイドに言われて、過去のことを思い出した。
 エマやエイドは、シャルロッテが幼い頃から宝石勉強をしている時、横で宝石を覚えたかどうか問題を出したりして、シャルロッテをずっと支えていた。実は、優秀なエマもエイドも宝石の基礎知識は充分にあるのだ。だから、仕分けなどその他、シャルロッテが家で勉強しなくなった部分をカバーすれば、すぐにでも、即戦力になる可能性もある。
 何より、しばらくは友人の家とはいえ、シャルロッテを1人にはしたくなかった。

「料理作れなくなったり、御者やれねぇは申し訳ねぇのですが」

 エイドは申し訳なさそうに言ったが、伯爵は、エイドの肩を軽く叩きながら言った。

「いや、ありがとう。エイド、シャルを頼むよ」

「はい」


☆==☆==

 2人が部屋に戻ると、ランゲ侯爵が、ウェーバー子爵に楽し気に話しかけてた。

「いや~ウェーバー子爵。実は、私は、チェスには目が無くて……以前、シャルロッテ嬢と対戦させてもらったことがあるのですが……非常に強いですね~~。シャルロッテ嬢には、またぜひとも、お相手をお願いしたいものです。はははは」

 ランゲ侯爵は見た目は、とても気難しい雰囲気なのに、とても気さくに話けてくれる方だった。ウェーバー子爵は、娘を褒められて、少しだけ頬が緩んだ。

「あの子には、もう私も歯が立ちません」

「そうですか!! 近々、シャルロッテ嬢と共に、我が家にお越しください。今後の話合いも兼ねて、娘に会いに来てください。ここのところ試験勉強や課外研究で忙しかったと、娘もシャルロッテ嬢に会えずに寂しがっております。
 それで、よければ、私とチェスの相手をして頂けますと嬉しいですな。そうそう、ステーア公爵も、またシャルロッテ嬢にお相手してほしいと言っていました」

「ステーア公爵が?!」

 ウェーバー子爵は、シャルロッテ顔の広さに、驚きを隠せなかった。
 ステーア公爵と言えば、この国の貴族の中のトップに君臨する方だ。ウェーバー子爵は、お会いしたことさえない。国王陛下と同様にお会いするのが恐れ多い方だ。

 そんなウェーバー子爵を見てランゲ侯爵は、ゆっくりと説明するように言った。

「ええ。Sクラス恒例の行事で、歴代のSクラスのチェス優勝者と現優勝者がチェス勝負をするという行事がありましてな。シャルロッテ嬢は、今年のSクラスの覇者なのですよ。皆、またシャルロッテ嬢と対戦したいと言っていますので、そのうちお誘いがあるではないですかな? 
 あはは。正直なところ、シャルロッテ嬢の後見人なら私でなくとも、ステーア公爵も、ノーイズ公爵家も、ハルバルト侯爵も喜んで引き受けたと思いますよ、随分と彼女を気に入っておられたようなので。しかし、今回私にお話がきたのは、娘とシャルロッテ嬢が、懇意だったからでしょうな~~。いや~~娘に感謝しなければならないな」

 ホフマン伯爵が目を丸くして呟いた。それだけの高位貴族の方々との繋がりがあれば、この国で何かあっても困ることはないと言えるほどの方々だった。

「シャルロッテ嬢は、それほどまでに素晴らしい人脈をお持ちだったのか」

「私も初めて知りました……」

 ウェーバー子爵もチェス大会のことは聞いていたが、シャルロッテが、『クラスのチェス大会で優勝して、たくさんの方々と対戦したの!! 楽しかったわ~~』とあっさりというものだから、てっきりクラスの御学友と対戦したのだと思っていたのだが……。まさか、そのような国を代表するような高位貴族の方々と対戦していたとは、夢にも思わなかった。

 ランゲ侯爵の話に、ホフマン伯爵とウェーバー子爵が呆気に取られていると、陛下と殿下が戻られた。

「待たせた。では、ウェーバー子爵、返事を聞こう」

「はい。陛下、失礼ながら私からもよろしいでしょうか?」

「申せ」

 陛下に見つめられながらも、ウェーバー子爵は冷静に尋ねた。

「はい。後見人に娘を預けるというのなら、娘に秘書を付けることをお許し下さい。そして、秘書にも宝石の知識を教えることを許可して頂きたい」

 陛下は、少し考えた後に、あっさりと答えた。

「よい。ただし秘書となる者には『知識を無断で広めない』と誓約書にサインをさせよ。なお秘書は1名だけだ」

「畏まりました。では、後見人の件、改めてよろしくお願い致します」

 ウェーバー子爵が頭を下げるとランゲ侯爵も「こちらこそよろしくお願いします」と2人は握手を交わした。その光景をホフマン伯爵はまるで白昼夢を見ているようだと思いながら見ていたのだった。

「では、詳しいことは、追って知らせよう。ホフマン伯爵と、ランゲ侯爵は残ってくれ。ウェーバー子爵は、今日は戻って貰って構わない」

 サフィール殿下の言葉で、帰れることになった。

「はい。失礼致します」

 こうしてウェーバー子爵は、無事に、陛下との謁見を終えたのだった。






☆==☆==


 ――ウェーバー子爵邸にて――


 右にはお母様が座って、左には、エマが座って、膝の前には弟がいて……。
 私は現在、全力で家族に甘やかされていた。

「お嬢様、今日のご飯は、何がいいですか? 今日は好きな物を食べましょうね。エイドが作ります」

「シャル、どこか買い物でも行く? 欲しいものはない?」

「お姉様、ちゅ~する? だっこもする? なでなでもしてあげるね」

 エマやお母様や、弟の気持ちは嬉しいが、これは少し恥ずかしい。

「今、帰ったよ~~、私もシャルを甘やかしたい!!」

 お父様まで参戦するようだ。甘やかされるのは嬉しいが、これでは収集がつかない。

「お嬢~~ああ、よかった。先程よりは、顔色が良くなりましたね」

 エイドも部屋に入ってきた。みんなが私をなぐさめてくれるのが嬉しくて、思わず笑ってしまった。

「あ、お父様、エイド。どうだった? 何か罰があったりしたの??」

 私が恐る恐る尋ねると、エイドが、にっこりと笑った。

「俺、お嬢の秘書になりましたので、俺にもお嬢が言ってた『誰にも言ったらダメ』だった宝石のこと、教えてくださいね」

「え?」

 私が驚いていると、お父様が困ったように言った。

「シャル。陛下がシャルにこれまで通り宝石の仕分けを続けてほしいとおっしゃっていてね。今後は、ホフマン伯爵家ではなく、ランゲ侯爵で、仕分けの仕事をしてほしいとのことだ」

「私、宝石の仕事を続けられるの??」

 実は、宝石の仕事は楽しいと思っていたので、続けられることが嬉しかった。

「ああ。でも、ホフマン伯爵家とは、もう関わりを持てないから、代わりにランゲ侯爵がシャルの後見人になってくれたんだ。家ではとてもじゃないが、宝石を守れないからね」

「そうね……ハンスの屋敷はかなり厳重な警備だったものね……」

 ふと私はエカテリーナとの会話を思い出した。





 エカテリーナは、私によく言っていた。

「シャルロッテの家は、ずっと研究や学者の家系なのでしょう? その道を極めているようで羨ましいわ」

「そうかしら?」

「家って、元々は、騎士で爵位を受けたのが始まりなの。それから、騎士として道が悪いと不便だからって街道を整備したのよ。そしたら、その前の代の先祖が、大雨で街道が使えなくなると不便だからって、土砂災害の対策を研究したのよ。そしたら、おじい様は、研究するにも民の教育が必要だって、教育に興味を持って、教育を受けた民は、農作物の収穫の効率化を計るようになって、お父様は、農産物の興味を持って、今は、お父様と弟は、新鮮な野菜や果物を国中に流通させるっておっしゃってるわ。全く一貫性のない家系なのよね~~」

「でも、色んなことを経験してるって、初めてのことにも挑戦できるってことよね。羨ましいわ」

「ふふふ、そう言われるとそうね。本当にあなたと話をしていると、飽きないわ」

 エカテリーナは、ランゲ侯爵が、一貫がないという言い方をしていたが、伝統だけに縛られずに領の状況を見て、必要なことに尽力するというのは素晴らしい領地経営なのではないだろうか。

 あの時にそう思って、感心したことを思い出した。

(確かに、ランゲ侯爵に新しい事業を持ち込んでも、大丈夫でしょうね……さすが国王陛下の采配だわ)
 
 宝石の仕事を1人でするのは不安だったが、エイドが秘書をしてくれて、エカテリーナのお父様が後見人になって下さるのなら、なんとかなるかもしれないと思ったのだった。









しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

今さら後悔しても知りません 婚約者は浮気相手に夢中なようなので消えてさしあげます

神崎 ルナ
恋愛
旧題:長年の婚約者は政略結婚の私より、恋愛結婚をしたい相手がいるようなので、消えてあげようと思います。 【奨励賞頂きましたっ( ゚Д゚) ありがとうございます(人''▽`)】 コッペリア・マドルーク公爵令嬢は、王太子アレンの婚約者として良好な関係を維持してきたと思っていた。  だが、ある時アレンとマリアの会話を聞いてしまう。 「あんな堅苦しい女性は苦手だ。もし許されるのであれば、君を王太子妃にしたかった」  マリア・ダグラス男爵令嬢は下級貴族であり、王太子と婚約などできるはずもない。 (そう。そんなに彼女が良かったの)  長年に渡る王太子妃教育を耐えてきた彼女がそう決意を固めるのも早かった。  何故なら、彼らは将来自分達の子を王に据え、更にはコッペリアに公務を押し付け、自分達だけ遊び惚けていようとしているようだったから。 (私は都合のいい道具なの?)  絶望したコッペリアは毒薬を入手しようと、お忍びでとある店を探す。  侍女達が話していたのはここだろうか?  店に入ると老婆が迎えてくれ、コッペリアに何が入用か、と尋ねてきた。  コッペリアが正直に全て話すと、 「今のあんたにぴったりの物がある」  渡されたのは、小瓶に入った液状の薬。 「体を休める薬だよ。ん? 毒じゃないのかって? まあ、似たようなものだね。これを飲んだらあんたは眠る。ただし」  そこで老婆は言葉を切った。 「目覚めるには条件がある。それを満たすのは並大抵のことじゃ出来ないよ。下手をすれば永遠に眠ることになる。それでもいいのかい?」  コッペリアは深く頷いた。  薬を飲んだコッペリアは眠りについた。  そして――。  アレン王子と向かい合うコッペリア(?)がいた。 「は? 書類の整理を手伝え? お断り致しますわ」 ※お読み頂きありがとうございます(人''▽`) hotランキング、全ての小説、恋愛小説ランキングにて1位をいただきました( ゚Д゚)  (2023.2.3)  ありがとうございますっm(__)m ジャンピング土下座×1000000 ※お読みくださり有難うございました(人''▽`) 完結しました(^▽^)

【完結】 いいえ、あなたを愛した私が悪いのです

冬馬亮
恋愛
それは親切な申し出のつもりだった。 あなたを本当に愛していたから。 叶わぬ恋を嘆くあなたたちを助けてあげられると、そう信じていたから。 でも、余計なことだったみたい。 だって、私は殺されてしまったのですもの。 分かってるわ、あなたを愛してしまった私が悪いの。 だから、二度目の人生では、私はあなたを愛したりはしない。 あなたはどうか、あの人と幸せになって --- ※ R-18 は保険です。

ほらやっぱり、結局貴方は彼女を好きになるんでしょう?

望月 或
恋愛
ベラトリクス侯爵家のセイフィーラと、ライオロック王国の第一王子であるユークリットは婚約者同士だ。二人は周りが羨むほどの相思相愛な仲で、通っている学園で日々仲睦まじく過ごしていた。 ある日、セイフィーラは落馬をし、その衝撃で《前世》の記憶を取り戻す。ここはゲームの中の世界で、自分は“悪役令嬢”だということを。 転入生のヒロインにユークリットが一目惚れをしてしまい、セイフィーラは二人の仲に嫉妬してヒロインを虐め、最後は『婚約破棄』をされ修道院に送られる運命であることを―― そのことをユークリットに告げると、「絶対にその彼女に目移りなんてしない。俺がこの世で愛しているのは君だけなんだ」と真剣に言ってくれたのだが……。 その日の朝礼後、ゲームの展開通り、ヒロインのリルカが転入してくる。 ――そして、セイフィーラは見てしまった。 目を見開き、頬を紅潮させながらリルカを見つめているユークリットの顔を―― ※作者独自の世界設定です。ゆるめなので、突っ込みは心の中でお手柔らかに願います……。 ※たまに第三者視点が入ります。(タイトルに記載)

【完結】婚約者を譲れと言うなら譲ります。私が欲しいのはアナタの婚約者なので。

海野凛久
恋愛
【書籍絶賛発売中】 クラリンス侯爵家の長女・マリーアンネは、幼いころから王太子の婚約者と定められ、育てられてきた。 しかしそんなある日、とあるパーティーで、妹から婚約者の地位を譲るように迫られる。 失意に打ちひしがれるかと思われたマリーアンネだったが―― これは、初恋を実らせようと奮闘する、とある令嬢の物語――。 ※第14回恋愛小説大賞で特別賞頂きました!応援くださった皆様、ありがとうございました! ※主人公の名前を『マリ』から『マリーアンネ』へ変更しました。

あなたが選んだのは私ではありませんでした 裏切られた私、ひっそり姿を消します

矢野りと
恋愛
旧題:贖罪〜あなたが選んだのは私ではありませんでした〜 言葉にして結婚を約束していたわけではないけれど、そうなると思っていた。 お互いに気持ちは同じだと信じていたから。 それなのに恋人は別れの言葉を私に告げてくる。 『すまない、別れて欲しい。これからは俺がサーシャを守っていこうと思っているんだ…』 サーシャとは、彼の亡くなった同僚騎士の婚約者だった人。 愛している人から捨てられる形となった私は、誰にも告げずに彼らの前から姿を消すことを選んだ。

【完結】もう誰にも恋なんてしないと誓った

Mimi
恋愛
 声を出すこともなく、ふたりを見つめていた。  わたしにとって、恋人と親友だったふたりだ。    今日まで身近だったふたりは。  今日から一番遠いふたりになった。    *****  伯爵家の後継者シンシアは、友人アイリスから交際相手としてお薦めだと、幼馴染みの侯爵令息キャメロンを紹介された。  徐々に親しくなっていくシンシアとキャメロンに婚約の話がまとまり掛ける。  シンシアの誕生日の婚約披露パーティーが近付いた夏休み前のある日、シンシアは急ぐキャメロンを見掛けて彼の後を追い、そして見てしまった。  お互いにただの幼馴染みだと口にしていた恋人と親友の口づけを……  * 無自覚の上から目線  * 幼馴染みという特別感  * 失くしてからの後悔   幼馴染みカップルの当て馬にされてしまった伯爵令嬢、してしまった親友視点のお話です。 中盤は略奪した親友側の視点が続きますが、当て馬令嬢がヒロインです。 本編完結後に、力量不足故の幕間を書き加えており、最終話と重複しています。 ご了承下さいませ。 他サイトにも公開中です

私の愛した婚約者は死にました〜過去は捨てましたので自由に生きます〜

みおな
恋愛
 大好きだった人。 一目惚れだった。だから、あの人が婚約者になって、本当に嬉しかった。  なのに、私の友人と愛を交わしていたなんて。  もう誰も信じられない。

処理中です...