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第四章 崩れ行く天秤
33 ハンスの提案
しおりを挟むホフマン元伯爵の告別式は、国王陛下や、王妃様も参列され、多くの方に偲ばれながら終えた。
私は、まだ正式にホフマン伯爵家の籍に入っていないので、親族席には座らずにお父様と一緒に告別式に参列した。
「素晴らしい方だった。我々の恩人だ」
父は涙を流して、ホフマン元伯爵を偲んだ。
「本当に、素晴らしい方だったわ……私、伯爵の元で学ぶことが出来て……幸せだったわ」
私は、ホフマン伯爵が息を引き取った瞬間から泣き続け、もう涙は枯れたと思ったが、実際に教会でホフマン伯爵への献花と共にまた涙が溢れてきた。
お父様の腕の中で泣き崩れながら、ホフマン元伯爵は、すでに私にとっても祖父のようなかけがえないのない大切な方だったことを思い知ったのだった。
☆==☆==
告別式が終わると、私とハンスは、ハンスの父親である、新しくハフマン伯爵の位を受け継いだホフマン伯爵に呼ばれた。
「告別式のすぐ後だというのに、呼び出してすまない。お父上から、『2人はすでの亡き父上と同等の業務ができる』との報告を受けているが、それに間違いはないかな?」
私は、ハンスを見上げたが、ハンスは私と目を合わさずに力強く頷いた。
「はい」
ハンスの瞳には自信に満ち溢れているが、私はこれまで元伯爵の仕事に手伝いのような形で関わっていたので、まだ自信がない。だが、元伯爵は『全てを伝えた』とおっしゃった。それならば、私は、宝石の師である元伯爵の言葉を受け入れるべきなのかもしれないと思い、ハンスと同じように頷いた。
「……はい」
私たちが答えると、ハンスのお父様であるホフマン伯爵は、ほっとしたように言った。
「そうか……よかった。学生の身で大変だろうが……私には爵位を引き継いで、何かとやることが多い。それに、領の方も今は繁忙期だから、すぐにホフマン領に戻らなければならない。父上の仕事は2人に引き続き頼む」
「はい」
「はい。ですが、お待ちください。父上!!」
私が返事をした後に、ハンスが声を上げた。
「なんだ?」
「騎士の件でお話があります」
騎士の件?
私は思わず眉を寄せた。すると伯爵も溜息をつきながら言った。
「ハンス……お前は本気で騎士を目指しているとでもいうつもりか?」
「え?」
私は驚いてハンスを見た。ハンスが乗馬や、剣に多くの時間を割いていたことは知っていたが、騎士になるというのは初耳だった。
「はい。騎士になり上に行けば、侯爵の位を賜ることも可能です」
(え? 侯爵……ハンス……何を言っているの??)
私にとっては、全てが初めて聞く事ばかりだった。
一緒に、この国の宝石の良さを他国に伝えるのではなかったの?
この国の経済を支えるために頑張るのではなかったの?
私は混乱しながらハンスを見つめたが、ハンスとは全く目が合わなかった。
「確かに……我が伯爵家は、宝石などの学問を極めることで王国に貢献してきた家だ。一族から騎士が出れば、爵位の階級が上がることも可能かもしれない」
「ですから!! 私の代でホフマン伯爵家の階級を上げます」
ホフマン伯爵は、溜息をつきながら言った。
「では、勉強と宝石については、どうするつもりだ?」
するとハンスが胸を張って言った。
「学業は、友人にも支えて貰っていますし、問題ありません。それに、爵位を上げれば、成績など話題にも上らない。それに、宝石については、毎日することはありません。たまに私が動き、雑務は人を雇えばいい」
「え? 人を雇う? あの……ハンス、どういうこと?」
私は、思わずハンスに話しかけていた。
「ん? シャルロッテ嬢には相談していないのか?」
伯爵が眉を寄せて、ハンスを見ながら言った。
「はい。シャルはここのところずっと、忙しそうだったので、ここで父上に説明すると同時に説明したいと考えております」
伯爵が申し訳なさそうに私をチラリと見た後に、ハンスを見た。
「わかった聞こう」
「はい。まず、宝石の鑑定はこれまで通り、鑑定士を育てながら、現在の鑑定士に宝石の鑑定を任せます。これまでは、鑑定士が鑑定した宝石を全て、おじい様が確認し、然るべき場所に卸していましたが、これからは、鑑定士にそこも任せます」
「え?!」
私は驚いて、ハンスを見た。ハンスは相変わらず私の方に視線は向けずに、話を続けた。
「そこで、今回、鑑定士の業務が増えるので、鑑定士の補佐を雇います。同時に鑑定士になれるように、鑑定士の見習いという位置づけにします」
宝石の流通経路は大きく分けて3つ。
一つは、王家に管理を任せる国宝級の宝石。
そして、もう一つは、外交を行う家に宝石を回して、国外に流通させ外貨を稼ぐ。
最後は、国内に流通させる分だ。
この仕分けは亡きホフマン伯爵が、一番力を入れていた部分だ。この振り分けで、このホフマン領の、ひいては、この国の財力が変わると言っても過言ではない。
私は、ぎゅっと手を握りながらハンスの話を聞いていた。緊張しながらハンスの話を聞いていると、ホフマン伯爵がこれまで見たこともないほど、鋭い目つきでハンスを見て、低い声を出した。
「それは、誰の入れ知恵だ?」
するとホフマン伯爵の眼光に怯んだハンスが、口を開いた。
「現在お世話になっている騎士団長に相談致しました。ですが!! 現実問題。私とシャルだけで宝石の仕分けを全て行うというのは、負担が大きすぎます!! 父上たちは、助けてくれないのでしょう?!」
ホフマン伯爵は、大きく溜息をついた。
「そうだ。私も妻も、そこを学ぶことが出来なかった」
「でしたら!!」
ハンスは、伯爵に向かって大きな声を出した。
「だが……亡きホフマン伯爵は、全てを伝えたと数年前に伝えてくれた」
「え?」
そういえば、貴族学院に入学する前に、ホフマン伯爵は『もう大丈夫だ。やっと私も妻に逢えるかもしれないな』と呟いていたのを思い出した。
ホフマン伯爵は、私に丁寧に、教えてくれた。私は、これまで私にたくさんのことを教えてくれた亡き伯爵の意思を継ぎたいと思った。だが、実際にこれからのホフマン伯爵家を支えて行くのはハンスだ。私には決定権など……ない。
伯爵は、真剣に私とハンスを見た後に、大きな溜息をついた後に言った。
「これは、我が家でだけで決められる問題ではない。陛下にご相談する。陛下のお考えを聞くまでは、これまで通り、ハンスとシャルロッテ嬢に、宝石の確認と、仕分けをお願いしたい」
「畏まりました」
私は頭を下げて、承諾したがハンスは納得していない様だった。
「話が以上なら下がらせてもらいます。騎士団に稽古に行きます」
「待て!! まだ喪が明けてはいないぞ!!」
「上に行くには、今は大事な時期です。爵位が上がるとおっしゃれば、おじい様なら賛成して下さいます」
そう言って、ハンスは伯爵の部屋から出て行ったのだった。
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