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第三章 深まる溝と揺らぐ絆

25 入学式前日

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「シャル、明日は入学式だね。家まで迎えに行くからね」

 今日も勉強が終わり、ハンスに馬車で送って貰っていた。

「ふふふ。ありがとうハンス」

 あれから、6年経ち、私もハンスも13歳になった。13歳になると貴族は貴族学院に通うことになる。そして、明日は貴族学院の入学式だ。

 ハンスはあれから随分とたくましくなった。出会った頃は、とてもキレイな男の子だったが、今では、乗馬大会では、向かうところ敵なしの実力で、今年から行われる一般大会に出ても、上位は、確実だと言われている。また、剣術大会でもいつも、上位の成績を修めている。

「一度、制服が出来た時に見てるけど……楽しみだな~~シャルの貴族学院の制服姿♪」

 ハンスはご機嫌に、腰を抱き寄せて来た。

「ハンス……恥ずかしいだけど」

 私が恥ずかしくて俯くと、ハンスは私のおでこにキスをした。

「どうして? 俺たち結婚するのに……」

 最近のハンスのスキンシップは、少し心臓の負担が大きい。ずっと自分のことを『僕』と言っていたハンスも、『俺』と言うようになったりと、私のことを片手で抱き上げられるようになってしまったりと、随分と成長していた。

「ホフマン伯爵も『節度のあるお付き合いをするように』っておっしゃてるでしょ?」

「はぁ~~~。充分に節度あるよ。むしろ、ありすぎるくらいだよ。耐えている俺を褒めるレベルだよ。でも……シャルは、おじい様のお気に入りだもんな~~。この前も、2人で、宝石の買い付けに行ったしさ~」

「そんなこと言って! ハンスが、剣術大会があるから訓練を休めないって言ったんでしょ? ハンス、少しは現地に行った方がいいわよ?」

「ん~~わかってるよ♪」

 ハンスがまたおでこにキスをした。これは、ハンスが話をするのを誤魔化すためにするキスだ。付き合いがそれなりに長いので、ハンスの気持ちがわかってしまう。

「あ、もうすぐ着くね」

「そうね」

 馬車がウェーバー子爵家に到着した。

「じゃあ、明日ね。シャル」

「ええ。明日」

 またおでこにキスをされて、私は馬車を降りた。ハンスの馬車を見送ると、トタトタと可愛い足音が聞こえてきた。

「お姉様~~おかえりなさ~~~い♡ 会いたかった~~♡」

「ただいまシャロン!! 私もよ~~♡♡」

 私は、大きく腕を広げて膝を着くと、弟のシャロンを抱きしめた。
 シャロンは今年で5歳。
 
「お嬢、おかえりなさい!!」

「エイド!! ただいま~~」

 私は、シャロンを抱いたままエイドにあいさつをした。

「お嬢。エマが制服の最終チェックがしたいそうです」

「そうなの? 今から行くわ」

「はい。あ、そうだ。着たら、絶対に見せて下さいね。絶対に、絶対ですよ。エマだけに見せたら、拗ねます」

「え?」

 すると、腕の中にいるシャロンも口を開いた。

「お姉様、僕も見たい。見せてくれなかったら、拗ねます」

 シャロンもエイドのマネをして、頬を膨らませた。兄弟ではないに、最近、シャロンがエイドに似て来た気がして、思わず笑ってしまった。

「ちょっと、エイド~~シャロン様が、マネするでしょ!!」

 すると、扉からエマの声が聞こえた。

「見せて、あげるから、扉の前で待機。それじゃあ、お嬢様。行きましょう」

「ええ」

 私が立ち上がると、シャロンが、エイドの足にすがりついた。

「エイド~~肩車して~~。お姉様のお部屋の前でタイキ? しよ~~~♡」

「了解です!! 一緒に待機して、お嬢の制服、見ましょうね~~♡」

「うん♪」

 エマが、深い溜息をついた。

「お嬢様、行きましょう。旦那様も、奥様も、制服を着たら、『絶対に見せるように』とのことですので」

「え? そうなの? わかったわ」

 これから、毎日着ると思うのだが、初めての制服というは、それほど気になるのだろうか?
 ホフマン伯爵家から、制服は数十着用意して貰っている。他にも、教科書や、鞄、文房具など、その他ハンカチなどの生活必需品や、冬用の制服にコート。

 過剰な程に準備して頂いて、本当に有難い限りだ。
 
  制服を着ると、エマがしみじみと言った。

「お嬢様、大きくなりましたね」

 エマの目には、涙が溜まっていた。

「え? エマ、どうして泣いてるの??」

「どうしててでしょう? さぁ、みんなに見せに行きましょう!!」

「ええ」

 みんなに制服を見せると、なぜか、エイドや、お父様や、お母様も涙ぐんでいた。私は照れくさくなった。


「シャル。後悔のないように、しっかりと学生生活を楽しんでおいで」

 お父様が、ハンカチを濡らしながら言った。

「ええ!! 充分に楽しんでいらっしゃい!!」

 お母様も涙ぐみながら言った。

 なぜ、お父様とお母様が、『勉強』ではなく『楽しめ』ということを、一番に言うのか、その時の私にはよくわからなかった。
 2人の言葉の意味が分かるのは、もっと、ずっと後になるということを、この時の私はまだ知らなかったのだった。





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