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第二章 霧のかかった未来
17 乗馬大会にて(2)
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「シャル~~」
笑顔のハンスが、私に手を振りながら歩いて来た。
「ハンス~~!!」
私も手を振り返すと、ハンスが走り出して、私の目の前まで来ると、私の手を取った。
「ねぇ、シャル。どうだった?」
「とても素敵だったわ!!」
これは本心だった。
ハンスは乗馬大会に向けて、本当に努力していた。その努力を知っている私は、ハンスの努力が報われたことが心から嬉しかった。
「本当?! シャルにそう言って貰えると、僕も嬉しいな!! ねぇ、シャル。僕ね、競技が始まる前に、観客席にいるシャルを見つけたんだ」
「え? あんなに離れていたのに?」
私は、ハンスたちの場所から高い位置にある観客席の中段くらいにいたので、ハンスが私を見いたことが驚いた。
「うん。離れていたけど、わかったよ。シャル、両手を合わせて祈るように僕を見てたよね。僕ね、シャルがこんなに祈ってくれてるんだから、絶対に大丈夫だって思ったんだよ。だから、僕が入賞したのはシャルのおかげだよ。ありがとう、シャル」
頑張ったのは、ハンスだ。
だが、ハンスに、そう言って貰えるのは、とても嬉しかった。
「ハンス……。嬉しい」
ハンスの言葉に感動していると、嬉しそうな声が聞こえた。
「ふふふ。旦那様。もう、明日にでも、ハンスとシャルロッテは、夫婦になってもいいんじゃないかしら?」
ハンスのお母様が嬉しそうに微笑みながら言った。
「本当だね~。きっと、ハンスと、シャルロッテ嬢は、互いを支え合う素晴らしい夫婦になるんだろうな~」
ハンスのお父様も嬉しそうに目を細めた。
「もちろん!! シャル、僕、来年も頑張るね!!」
――来年も頑張る。
いいことのはずだ。ハンスには才能がある。
その才能を存分に伸ばすのは、素晴らしいことだ。
――ただ……。
ここ数日、ハンスは乗馬大会があるからと、全ての勉強の時間を削り、乗馬ばかりに時間をつぎ込んだ。
宝石の勉強もせずに、ホフマン伯爵は『後で努力するなら、休むことを認める』とおっしゃっていた。つまり、ハンスは、今後、遅れた分の貴族としての一般的な勉強も、宝石の勉強もすることになる。
史上最年少で乗馬大会入賞という栄誉はそうした、ハンスにとって、とても大切な物を引き換えに得た結果だった。
――それを来年も? 大丈夫かしら?
そんなことを考えている私は、どうしてもハンスに『頑張って』と言えずに、言葉に詰まってしまった。そして、結局「お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」ということしか言えなかった。
☆==☆==
乗馬大会が終わり、私はいつものようにホフマン伯爵と2人で宝石の勉強をした。ハンスは、明日には領に帰るご両親との時間を取るために、町にでかけた。私も誘われたが、親子水入らずの時間を邪魔したくなくて断った。
宝石の勉強が終わり、いつも表情を崩さないホフマン伯爵が眉を下げながら呟いた。
「天命と使命……それが同じとなれば良いのにな……」
私は思わず、ホフマン伯爵を見つめた。伯爵の気持ちはまさに私の思っていたことと同じだったのだ。
才能のあるハンスには、才能をどこまでも伸ばしてもらいたいが、ハンスの将来を考えるとハンスの苦手だという宝石の勉強は避けて通ることができない。私は、小さく頷いたのだった。
☆==☆==
帰りの馬車の中で、私は胸にたくさんのトゲが刺さったようで、落ち着かない気分だった。今日はハンスは不在だったので、1人で馬車に乗っていた。それも良くなったのかもしれない。
次から次への不安が浮かんでは消える。
ゲオルグのつらそうな瞳に、何も言えなかった自分。
嬉しそうなハンスに、心から次も頑張ってと言えなかった自分。
グルグルと考えていると、胸が痛くなった。
ガタッ。
「シャルロッテ様。到着致しました」
ピエールの声にできるだけ笑顔で答えた。
「ありがとう」
私がピエールの手を取って、馬車を降りると、ピエールが困った顔をしながら言った。
「きっと、明日はハンス様と一緒にお送り致しますよ」
どうやら、ピエールは、私が1人で帰ることで落ち込んでいると思ったようだ。
やはり、態度に出ていらしい。
「ええ、そうね、心配かけてごめんなさいね、ピエール」
「いえ。それでは、また明日、お迎えに参ります」
「気を付けて」
「ふふふ。ありがとうございます。それでは」
私はピエールを見送ると、玄関の扉を開いた。
すると、凄い顔のエイドが階段から走ってきた。落ちそうで怖い。
「お嬢~~~~~!! 大変ですよ!! 大変です!! ここ数年で1番か2番を争うビックニュースです!!」
一体どうしたのだろうか?
エイドが、階段から落ちそうで、ヒヤヒヤしながら、私はエイドを待った。
「はぁ、はぁ、は~~~~ぁ!!」
エイドは、私の前に来ると、弾んでいた呼吸を整えた。
「どうしたの? エイド?」
私が尋ねると、エイドが目を大きく開けて叫ぶように言った。
「お嬢に、弟か妹ができますよ!!」
「……え?」
「奥様、現在。妊娠3ヵ月だそうです!!!」
弟か妹?
妊娠3ヵ月……。
「えええええ~~~~~!!!」
私はそれを聞いて、お母様の部屋に走っていた。エイドもそんな私の後ろを走ってついてきた。
あまりのことに、私は先程の、モヤモヤした気持ちは吹き飛び、ただ何も考えずに走ったのだった。
笑顔のハンスが、私に手を振りながら歩いて来た。
「ハンス~~!!」
私も手を振り返すと、ハンスが走り出して、私の目の前まで来ると、私の手を取った。
「ねぇ、シャル。どうだった?」
「とても素敵だったわ!!」
これは本心だった。
ハンスは乗馬大会に向けて、本当に努力していた。その努力を知っている私は、ハンスの努力が報われたことが心から嬉しかった。
「本当?! シャルにそう言って貰えると、僕も嬉しいな!! ねぇ、シャル。僕ね、競技が始まる前に、観客席にいるシャルを見つけたんだ」
「え? あんなに離れていたのに?」
私は、ハンスたちの場所から高い位置にある観客席の中段くらいにいたので、ハンスが私を見いたことが驚いた。
「うん。離れていたけど、わかったよ。シャル、両手を合わせて祈るように僕を見てたよね。僕ね、シャルがこんなに祈ってくれてるんだから、絶対に大丈夫だって思ったんだよ。だから、僕が入賞したのはシャルのおかげだよ。ありがとう、シャル」
頑張ったのは、ハンスだ。
だが、ハンスに、そう言って貰えるのは、とても嬉しかった。
「ハンス……。嬉しい」
ハンスの言葉に感動していると、嬉しそうな声が聞こえた。
「ふふふ。旦那様。もう、明日にでも、ハンスとシャルロッテは、夫婦になってもいいんじゃないかしら?」
ハンスのお母様が嬉しそうに微笑みながら言った。
「本当だね~。きっと、ハンスと、シャルロッテ嬢は、互いを支え合う素晴らしい夫婦になるんだろうな~」
ハンスのお父様も嬉しそうに目を細めた。
「もちろん!! シャル、僕、来年も頑張るね!!」
――来年も頑張る。
いいことのはずだ。ハンスには才能がある。
その才能を存分に伸ばすのは、素晴らしいことだ。
――ただ……。
ここ数日、ハンスは乗馬大会があるからと、全ての勉強の時間を削り、乗馬ばかりに時間をつぎ込んだ。
宝石の勉強もせずに、ホフマン伯爵は『後で努力するなら、休むことを認める』とおっしゃっていた。つまり、ハンスは、今後、遅れた分の貴族としての一般的な勉強も、宝石の勉強もすることになる。
史上最年少で乗馬大会入賞という栄誉はそうした、ハンスにとって、とても大切な物を引き換えに得た結果だった。
――それを来年も? 大丈夫かしら?
そんなことを考えている私は、どうしてもハンスに『頑張って』と言えずに、言葉に詰まってしまった。そして、結局「お疲れ様。今日はゆっくり休んでね」ということしか言えなかった。
☆==☆==
乗馬大会が終わり、私はいつものようにホフマン伯爵と2人で宝石の勉強をした。ハンスは、明日には領に帰るご両親との時間を取るために、町にでかけた。私も誘われたが、親子水入らずの時間を邪魔したくなくて断った。
宝石の勉強が終わり、いつも表情を崩さないホフマン伯爵が眉を下げながら呟いた。
「天命と使命……それが同じとなれば良いのにな……」
私は思わず、ホフマン伯爵を見つめた。伯爵の気持ちはまさに私の思っていたことと同じだったのだ。
才能のあるハンスには、才能をどこまでも伸ばしてもらいたいが、ハンスの将来を考えるとハンスの苦手だという宝石の勉強は避けて通ることができない。私は、小さく頷いたのだった。
☆==☆==
帰りの馬車の中で、私は胸にたくさんのトゲが刺さったようで、落ち着かない気分だった。今日はハンスは不在だったので、1人で馬車に乗っていた。それも良くなったのかもしれない。
次から次への不安が浮かんでは消える。
ゲオルグのつらそうな瞳に、何も言えなかった自分。
嬉しそうなハンスに、心から次も頑張ってと言えなかった自分。
グルグルと考えていると、胸が痛くなった。
ガタッ。
「シャルロッテ様。到着致しました」
ピエールの声にできるだけ笑顔で答えた。
「ありがとう」
私がピエールの手を取って、馬車を降りると、ピエールが困った顔をしながら言った。
「きっと、明日はハンス様と一緒にお送り致しますよ」
どうやら、ピエールは、私が1人で帰ることで落ち込んでいると思ったようだ。
やはり、態度に出ていらしい。
「ええ、そうね、心配かけてごめんなさいね、ピエール」
「いえ。それでは、また明日、お迎えに参ります」
「気を付けて」
「ふふふ。ありがとうございます。それでは」
私はピエールを見送ると、玄関の扉を開いた。
すると、凄い顔のエイドが階段から走ってきた。落ちそうで怖い。
「お嬢~~~~~!! 大変ですよ!! 大変です!! ここ数年で1番か2番を争うビックニュースです!!」
一体どうしたのだろうか?
エイドが、階段から落ちそうで、ヒヤヒヤしながら、私はエイドを待った。
「はぁ、はぁ、は~~~~ぁ!!」
エイドは、私の前に来ると、弾んでいた呼吸を整えた。
「どうしたの? エイド?」
私が尋ねると、エイドが目を大きく開けて叫ぶように言った。
「お嬢に、弟か妹ができますよ!!」
「……え?」
「奥様、現在。妊娠3ヵ月だそうです!!!」
弟か妹?
妊娠3ヵ月……。
「えええええ~~~~~!!!」
私はそれを聞いて、お母様の部屋に走っていた。エイドもそんな私の後ろを走ってついてきた。
あまりのことに、私は先程の、モヤモヤした気持ちは吹き飛び、ただ何も考えずに走ったのだった。
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