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タイムリミットまであと【4日】
しおりを挟む朝起きると、レオンから手紙が届いていた。
レオンからの手紙には、それはそれは美しい文章が書かれていたが、要するに『マジでヤバいから作戦会議しようぜ』というお誘いだった。
私も貴族令嬢として培った手紙技術を駆使して、レオンに負けずとも劣らぬ美しい文章で『了解。家でしようぜ。学園休むからすぐ来いよ』というようなことを書いて送り返した。
レオンは、私が早馬を出すとすぐに家にやってきた。
「突然のご訪問、失礼致します。ロゼッタ嬢」
馬車を使わずに、馬で駆けてきたレオンの額には汗が光っていた。私は、シルクのハンカチを取り出すと、レオンの額の汗を拭った。
「え?」
顔を赤くして、戸惑うレオンに向かって、微笑みながら言った。
「馬を飛ばして来て下さってのですか? ありがとうございます。すぐに冷たい飲み物をご用意致しますわ」
「お気遣いありがとうございます」
私は、レオンを応接室に案内した。話を聞いていた侍女たちは温かいお茶ではなく、冷たいハーブティーを用意してくれた。お茶を飲んで、一息ついたレオンは、私を真っすぐに見ながら言った。
「あなたが侯爵に提言していたことを思い出し、昨日、殿下に頼まれて修道院との連絡の橋渡しをした者がいないかを徹底的に調べました」
ゴクリ。凄い、徹底的に調べてくれたんだ。
私は息を飲んで、レオンの言葉を待った。そして、レオンが辛そうに言った。
「2週間ほど前、アルベルト殿下は、ゲッシュロッセン修道院に一人の令嬢を受け入れるようにとの手紙を送っています」
「え?」
「令嬢が修道院に入る日付は、4日後の卒業式の日でした」
「……」
「送りの馬車も、修道院までの付き添いの人間もすでに手配済みでした。付き添いと馬車の者には、卒業舞踏会の途中で、すぐに令嬢を修道院に連れて行くようにと命じていたようです」
ほらね。やっぱり。
ゲームの展開通りじゃん。
言ったじゃん、ほら、言った通りじゃん!!
やっぱり私、修道院に連れて行かれる予定だった~~!!
「そうですか……」
内心、気が気ではなかったが、そんなことは顔に出さなかった。
レオンは、眉を寄せて怒りの滲んだ声で言った。
「あなたを怖がらせるかもしれませんが、正直に言いましょう。誰にも知られないうちに、あなたをゲッシュロッセン修道院に入れられてしまえば、誰もあなたを探せませんし、修道院から出すこともできませんでした」
「え?」
行先がわかっているのだから、迎えに来くればいいのではないだろうか?
私が戸惑っていると、レオンがとても衝撃的なことを言った。
「実はゲッシュロッセン修道院が厳しいと呼ばれる由縁は、あの修道院は隣国との国境の堺でそれぞれの隠したい人間を秘匿するのに適した場所なのです。あの修道院は不可侵条約があり、例え侯爵家と言えども中に入ることはできませんし、中にロゼッタ嬢がいるかと聞くことも連れ出すこともできません」
「それって……つまり……」
不思議だったと言えば、不思議だった。いくら私が殿下に口うるさく言ったと糾弾して、修道院にいれたところで、私は侯爵家の人間だ。口うるさく言ったという程度ならすぐに出れるはず。そう思っていたが……。なるほど、殿下は私を不可侵条約のある場所に押し込んでまで、私との婚約を破棄したいようだ。
「そうです。婚約者であるあなたの姿が消えてしまうのです。後からではどうすることもできない……完全婚約破棄です。殿下はいい意味でも悪い意味でも自分の意思を強引に貫き通すところがございます。今回の件、冷酷なまでに自分の意思を貫くおつもりなのでしょう。そうでなければ、自分のために幼い頃から、人知れず涙を流しなら王妃教育を耐え抜いた女性にそのような非道な行いができるはずがありません」
え?
どうして、私が王妃教育で泣いてたこと知ってるの??
いつも誰もいないことを入念に確認して泣いてたのに!!!
恥ずかしいんですけど?!
もしかして、自分では、バレてないと思ってたけど、みんな知ってたのかな?
それなら……恥ずかしい過ぎる……。
でも……。
殿下、そこまでしちゃうほどカルラ溺愛なんだ。
へぇ~~~って……怖っ!!
「やはり、それほどカルラさんとのことを本気で考えておられるのですね……」
「そのようです」
殿下がそこまでカルラが好きだというのなら、結婚すればいいじゃん、と思う。ただ……これまで体験したからこそ言うが……王妃教育は――半端じゃなく大変だ。普通の貴族では太刀打ちできない。カルラは伯爵令嬢とはいえ、元は男爵令嬢だ。マナーの授業でも及第点といったところだが、とてもじゃないが王妃教育を受けられる基礎さえもない。この国は先々代の国王陛下が国王が側妃を持つことを禁じた。だから私を王妃にして、カルラを側妃に迎えるということもできない。
「やはり……殿下とカルラさんとの結婚は難しいのでしょうか?」
私が椅子に深く腰かけながら呟いた。するとレオンが私の隣に座って、真剣な顔で言った。
「ロゼッタ嬢、――婚約破棄を受け入れてはいかがでしょうか?」
「……え?」
私は顔を上げて、レオンを見た。レオンは、決意の篭った瞳で私を見つめながら言った。
「実は、秘密裏に陛下との面会を取り付けております」
「陛下との面会?!」
陛下との面会ぃ~~~????
もしかして、陛下に直談判しろとでもいうのだろうか?
そうだとしたら、かなり無理な話だ。
「私を信じて下さい。あなたを守ります」
レオンが怖いほど真剣な顔で言った。顔に熱が集まる。心臓の音が早い。それに、どうしてもレオンから目を離せなかった。
「……わかりました。陛下と面会致します」
「では、2日後のこの時間にお迎えに上がります」
「はい。よろしくお願いいたします」
私が丁寧に頭を下げると、レオンが困ったように笑った。
「いえ」
心臓がうるさすぎて、私から視線を逸らすと、レオンが庭を見ながら言った。
「こちらの庭も美しいですね」
「よろしければ、ご案内致しますわ」
咄嗟に声を上げると、レオンが驚いたように尋ねた。
「ロゼッタ嬢がですか?」
「はい……お嫌でしたか?」
「いえ、お願い致します」
レオンは私のために、修道院のことも調べてくれて、お忙しい陛下の面会まで取り付けてくれてた。
きっと普通の人間ならこんな短期間にここまで動くことなどできない。レオンは余程優秀なのだろう。次期宰相だと言われる彼にとって、きっと今回のことは仕事の一環なのかもしれない。
それでも私は救われていた。その感謝を少しでも伝えたかった。
「この辺り今は一番見頃ですわ」
私はこの時期に屋敷内で一番美しく花が咲いている場所に案内した。
キレイに咲いた花を見てレオンが微笑んだ。
「確かに綺麗ですね」
「ふふふ、庭師が喜びますわ」
レオンの嬉しそうな顔が見れて私まで嬉しくなった。
「提案した私がこんなことを言うのもおかしいですが……ロゼッタ嬢は、本当に破棄をしてもよろしいのですか? アルベルト殿下の事がお好きなのでしょう? 殿下くらいの年頃ですと、一時の気の迷いという可能性は十分にあり得ます」
「……え?」
今の私もそうだが、記憶を取り戻す前のロゼッタも、アルベルト殿下のことが『好き』という感じではなかった。『アルベルト殿下を良き王に』と、それだけを考えていたように思う。
「誰にも言わないで下さいね。私、アルベルト殿下のことをずっと弟のように思っていました」
「弟ですか?」
「はい。アルベルト殿下を王として相応しい方にするために、厳しいことも言って参りました。私が殿下のことを弟だと思うように、殿下も私も口うるさい姉や妹のようにしか思っていないのではないかと思います」
幼い頃からずっと側に居て、苦楽を共にしてきたのだ。
決して嫌いではない。むしろ、こんなことを企んでいたとわかった今でも悲しみや怒りはなくはないが、そこまでして婚約破棄したかったんだ……と同情の方が強い。きっとアルベルト殿下のことは人としては好きなのだろうと思う。
ただ……。
「今だって、アルベルト殿下のお心がカルラさんに向いていたとしても、焦りはありますが、悲しいとは思わないのです。きっとアルベルト殿下のことを心からお慕いしていたら、もっとずっと、悲しいのだろうと思います」
男性として好きかと聞かれれば、――好きではない。
「わかりました。それなら、私も遠慮は致しません」
レオンが、真っすぐに私を見ながら言った。
「え?」
「覚悟……して下さいね」
レオンは私の髪を取ると、髪に口付けをする仕草をした。実際にはしていないが、私は全身が熱くなった。
「それでは、明日お迎えにあがります」
「は、はい」
私は呆然としながら、レオンの後ろ姿を見送ったのだった。
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